第3話 待ち伏せ
駿はトンネルの入り口脇にあった手頃な岩に身を寄せ、カモフラージュ用のシートを被っていた。
先行の車が通過して三十分ほどになる。そろそろコンボイが到着するはずの時刻だ。
上空を見るとトビが頭上を旋回していた。姿はトビに見えるが実際には瑠璃が飛ばした超小型のUAVだ。瑠璃の目として機能する。
「来ました。情報の通り先頭に装甲車、四両の多用途車が後続。時速八十二キロで接近中」
駿は岩陰から顔を出さないようにしながら道路の先を覗き見る。
「トンネル入り口まで後二キロ」
瑠璃の声と同時にコーナーから車列が姿を見せた。先頭は鳥カゴのようなスラットアーマーに包まれた装甲車だ。後続は色を除けば大型のSUVに見える多用途車。ただしそれぞれの多用途車の中央天井部分には機関銃を構える兵士の姿が見えた。
「ドーズ・ナウ」
無線を通して由宇の声が聞こえた。駿は胸元の無線機をオフにしてボイスコマンドをつぶやいた。
「コマンド・ドーズ」
駿の心臓脇に埋め込まれた自動投与装置がボイスコマンドに反応して血中にピルミリンを送り込む。
全身の毛が逆立つような感覚とともに頭の中は氷が突き立てられたように冴えてくる。
近づく車列は急に速度を落とし、のろのろと進む亀の列となった。
駿は岩陰から車列の詳細を観察して報告した。
「装甲車のグレネードは前方を向いている。2両目の機関銃は前方右、3両目は前方左、4両目は後方右、5両目が後方左。目標は3両目の後席左に乗車を確認」
巨大な鳥カゴに囲まれた装甲車が駿の横をゆっくりと通り過ぎた。
駿はこれならやれるはずだと確信した。UAVの観測では時速八十キロを超えていると言っていたが、ピルミリンで加速された感覚ではジョギングしている人よりも遅い。
瑠璃が装甲車を確認してから身を隠して射撃しても十分にグレネードを命中させられるはずだ。
多用途車を一撃で仕留められるように、今回瑠璃は対戦車弾を使用できる大型の六連装MGLリボルビング・グレネードランチャーを携行していた。瑠璃の体重の軽さからくる大きなペイロードを生かした装備だった。
五両の車列が通り過ぎると駿はゆっくりと岩陰から身を乗り出し、トンネルの入り口に背を付けた。
「コマンド・モード・フルパワー」
駿がコマンドを発すると、電子音がスーツがフルパワーに移行したことを伝えた。
駿のスーツは車列と変らない速度が出せる。後方を警戒していた機関銃手が駿に気づくと拙い。駿はトンネル内のカーブで車列が見えなくなった事を確認し、トンネルに飛び込んだ。
姿勢を低くして思い切りダッシュする。内蔵が後ろに置いて行かれるような感覚とともに視界が少し暗くなった。全力加速に血液循環が止まり軽いブラックアウトを起こしていた。
速く。早く。
駿は思ったように素早く動いてくれない自分の足をもどかしく思いながら駆けた。周囲の空気がまるで粘液のようにまとわりついてくる。
トンネル内の緩やかなカーブに差しかかると、由宇の声が聞こえてきた。
「グレネード・シュート……、ナウ」
微かな衝撃波ともにドンという爆発音が響いた。
頼む、貫いてくれ。
瑠璃の放った成形対戦車弾が装甲車の薄い上部装甲を貫いてくれなければ、この作戦はその時点で失敗が確定する。
駿がカーブを回りきると車列の後尾が視界に入った。同時に小さな閃光とともに爆発音と銃声が続く。
そして目に入ったばかりの車列は白煙に包まれた。駿の接近を可能にするため由宇がスモークを打ち込んだのだ。
駿は後尾車両の機関銃手が視界ゼロの状態で闇雲に弾をばらまくような素人でないこと祈りながら突進を続けた。
白煙まで残り百メートルほどになると駿も発煙弾が装填されたM203を煙りに向けた。
幸い、銃弾は飛んでこなかった。
白煙に突っ込むとうっすらと車の影が見えた。ちょうどドアが開き、戦闘服姿の兵士が下車しようとしているところだった。中央のターレットに見える機関銃手は駿の姿を見て、その目に驚愕の色を見せる。距離は十メートルもない。
駿は相手が機関銃を振り向ける間も与えずスパスのトリガーを引く。ショットガンは多少のフリンチングが起こっても影響のない効果範囲を持っている。駿の放ったダブルオーバックは二発が相手の顔面と首筋にめり込んで血しぶきを飛ばせた。
下車しようとしていた三人の兵士は、突如後方から響いた銃声に反応して視線を向けようとしていた。だが駿の姿を認めて彼らが反応を起こす間も与えず、駿は続けざまに彼らを撃った。
致命傷にはなっていないと思われた相手に追撃を放つと、空になったマガジンを抜き去り防弾チョッキから取り出したマガジンを再装填する。
そして煙の向こうに居るはずの次の車両を目指した。光が差し込むトンネルの出口方向からは由宇たちが撃つ不規則な銃声とグレネードの爆発音が響いていた。
駿が二両目に近づくとトンネルの出口付近にあった車両がシルエットのように浮かび上がる。その周囲には既に三人の兵士が展開していた。
彼らは後方から響いたショットガンの音に反応して振り返ったところだった。駿は彼らの視線の先に飛び出した格好になってしまう。
幸いまだ銃口は駿に向けられていなかった。だが、駿は同時に三人の敵と対峙せざるを得ない。
一瞬の判断。どの敵から撃つべきか。
だが駿が考えをまとめる前に車の上でトンネルの外を向いていた機関銃が火を噴いた。瑠璃はトンネルの上にいるはずなので、機関銃が狙っているのは由宇か紫苑のはずだった。
駿は彼に背を向ける機関銃手にスパスを向け引き金を引いた。同時に横に飛び、駿に銃口を向けようとしている三人を同じ軸線上に乗せるように移動した。それは彼らが攻撃をし難くすると同時に、次に放つショットガンの一発で複数の敵を仕留めるためだった。
後頭部に複数のダブルオーバックを受けた機関銃手は、前方に吹き飛ばされるように倒れ込んだ。駿は自分を危険にさらす事になっても機関銃手を倒すことを優先した。それでも凄まじい速度で連射される機関銃弾は十発前後が発射されていた。
由宇や紫苑は大丈夫か?
一瞬不安が過ぎるが、今の駿には彼らを心配している余裕は無かった。
スローモーションのように三つの銃口が駿の方向を向く。駿は狙いを付けることももどかしく思いながらトリガーを引き絞った。
低く鈍い銃声を響かせながら駿のスパスが反動を駿の肩に伝えると、手前にいた二人の敵が弾かれたようにのけ反った。駿はすかさず二発目を放つ。人形のように倒れ込もうとする二つの人影が、再び弾かれたように吹き飛んだ。だが奥から駿に銃口を向ける相手は今まさにトリガーを引こうとしていた。
くそ!
駿は心の中で毒づいた。
撃たれる!
そう思った瞬間、敵は顔面から血しぶきを飛ばしながらくずおれた。紫苑の持つ対物狙撃銃で撃たれれば、人間の頭など水を入れた風船がはじけるように飛び散ってしまう。由宇が狙い撃ったのだと分かった。トンネルの出口が近く、スモークが薄かった事が幸いしたのだろう。
次!
駿はすぐさま前方を確認した。
そこにはラジエターを損傷して水蒸気を上げる二台の多用途車と鳥カゴに包まれた装甲車が見えた。
駿は距離にして百メートルもない手前の車に視線を向けた。ちょうど右後ろのドアから二つの人影が折り重なるようにして這い出してくるところだった。
それは今回の任務の目標である王3佐の首に左腕を回して盾としている敵兵の姿だった。由宇と紫苑は駿から見て左から攻撃している。その敵兵は向かって左側に王3佐を抱え駿には側面をさらしていた。
そいつは右の林に逃走を図ろうとしていた。王3佐を盾にしているため、由宇も紫苑も撃てないようだ。
駿は姿勢を下げてダッシュすると、走りながら2発のショットシェルが残る弾倉を捨て去り、ゴム弾を入れた弾倉を装填する。そしてそのまま上に向けて引き金を引き、チャンバーにゴム弾を送り込む。
王3佐を抱える敵兵はその銃声に驚き駿に視線を向けた。
駿はスパスをそいつに向けると走りながら続けざまにトリガーを引いた。ゴム弾は至近距離で撃たない限りターゲットに猛烈な痛みを与えるだけで命を奪うことはない。ショットガンを非殺傷性兵器として機能させる弾薬だった。王3佐にも痛い思いをさせることにはなるが、そんなことは些細な問題だった。
ゴム弾を顔面に受けた敵兵は王3佐の首に回していた左腕を放した。支えを失った王3佐は後手に手錠をかけられたまま道路上に倒れ込む。
駿はもう二人に手が届くほどの距離まで接近していた。駿は王3佐には構わず、彼を完全に敵兵から引き剥がすため、走りながら左腕で敵兵を殴り倒した。それと同時に、殴った左拳に激痛が走った。駿は訓練の時に聞いた神酒の言葉を思い出した。
駿に吹き飛ばされた敵兵は地面に倒れ込む前に頭を銃弾に打ち抜かれた。そして接地すると同時にボディーアーマーごと吹き飛んだ。ほとんど体が爆発したような吹き飛び方は紫苑の50口径弾に撃たれた証拠だった。
駿は周囲を見回しながらスパスを脇に抱えて右手で弾倉を交換する。王3佐を気遣うのは全ての敵を片付けてからでいい。
前方の車両は瑠璃のグレネードを受けてルーフがひしゃげている。それより先には敵兵の死体が何体も転がっていた。装甲車から下車散開したところをグレネードと銃弾を受けたのだろう。装甲車は前方で急旋回したのか駿や由宇たちの位置に装甲の厚い前方を向けて止まっていた。
動くものと言えば車両から立ち上る水蒸気と煙だけだった。それもピルミリンの影響が続いているため、ほとんど止まっているようなものだった。
やれたのか?
そう思った瞬間、揺らめく煙と同じくらいゆっくりと動くものが見えた。
それは巨大な鳥カゴのようなスラットアーマーの上に突き出た砲塔だった。
装甲車に中に生きている敵がいる!
砲塔は由宇と紫苑が潜む森の方向を向いていた。
四十ミリのオートマチックグレネードは瑠璃の持つ六連装グレネードとは比べものにならない凶悪な火力を持っている。それは由宇や紫苑の正確な位置は分からなくとも、あたり一面に破片を撒き散らすことができる代物だった。
駿は痛む左手を胸に下げたペンダントの上に置いた。
そして、王3佐から距離を取りながら道路の中央に踊り出る。
駿はスパスを脇で抱え、身を隠すことなく装甲車に向けてトリガーを引いた。もともと遠距離では効果の薄いショットガンを装甲車に撃ったところで表面の塗装が剥がれるのが関の山だ。それでも続けざまにトリガーを引く。敵の注意を引ければそれで良かった。
「シュン、隠れて」
無線から由宇の悲鳴のような叫びが響く。それでも道路の中央に立ったまま構わずトリガーを引く。あっという間に六発を撃ち尽くすと、ようやく砲塔が駿の方向に向き始めた。
ヨシ。
内心でそうつぶやくと喉からは別の言葉を絞り出した。
「俺が囮になる。由宇は迂回して攻撃してくれ。後方のハッチから侵入すればやれるはずだ」
「そんな無茶な!」
「やれる。グレネードの弾は遅い。この距離なら見てから避けても間に合う。大丈夫、兎ほど速くないさ」
駿の言葉と同時に森とトンネルの上から激しい音が響き始めた。紫苑と瑠璃が何とかなればと攻撃しているのだろう。
「攻撃は止めてくれ。グレネードが見えにくい。それと出来るなら王3佐を確保してくれ。ただし姿は見せるなよ。囮の意味がなくなる」
駿は弾倉を交換すると再び装甲車に向けてトリガーを引いた。駿が六発全てを撃ち尽くすのと砲塔が駿の方を向いて止まるのが同時だった。
紫苑と瑠璃の射撃が止み、奇妙な一瞬の静寂が訪れる。
駿はグリップを握る右手を開いた。スパスがゆっくりと路面に落ちる。
それと同時に砲塔上に閃光が燦めいた。
駿はグレネードの弾道がわずかに右に逸れるのを確認して左に飛んだ。二発目は左に放物線を描く。一発目が着弾すると駿は爆風の中に飛び込むようにして二発目を躱した。
駿は真っ直ぐ装甲車を見据えたまま右に左に飛んだ。オートマチックグレネードの連射は歩兵小隊を一瞬で全滅させる火力を持つ。駿はその攻撃を一発一発見切ることで躱していった。
駿が二十発目くらいを躱すとグレネードの連射が止んだ。もしかすると、敵は死体を確認して次の目標を撃つつもりだったのかもしれない。
敵は土煙の中に立つ駿を見て驚愕しているだろう。駿はそいつの顔が見られないことが残念だった。
由宇だけでなく紫苑や瑠璃も移動しているだろうから今から闇雲に森を撃たれても仲間が怪我をする可能性は低い。だが運悪くということもあり得る。それに王3佐を狙われれば元も子もない。駿を狙い続けてもらわないと都合が悪かった。
だが敵の気を引こうにもスパスは手放してしまったし、グレネードが巻き上げた土煙で路面は見えなかった。
駿は右手を上げて拳銃を持つ仕草をした。距離があるので見間違えてくれる可能性もゼロではない。
駿はかっこだけだな、と思って苦笑した。
砲塔は向きを変えることなく再び閃光を放った。低い発射音が衝撃波となって内蔵に響く。
駿は先ほどと同様に真っ直ぐ装甲車を見つめながら弾道を見切ってグレネードを躱す。しかし駿の反応が如何に素早くとも、動く速度は物理的な限界を超えられない。相手は駿の姿を見ながらそれ以上の範囲にグレネードをばらまいた。
ヤバイな。
敵は今度は連射を止めなかった。三十発以上が連続して着弾する。土煙のおかげでグレネードの弾道が見えにくくなって来た。
閃光の連続は止まらなかった。
駿はグレネードの弾を見失っていた。
マズい!
駿は出たとこ勝負で右に飛んだ。
だが激しい衝撃と共に、至近距離でグレネードが炸裂した。
駿は爆風に飛ばされた。同時に右の上腕に焼け付くような痛みが走る。
転んだら終わりだ!
駿は左足を踏ん張り、必死で体勢を立て直す。
そして装甲車を睨んだ。
次は?
駿は砲塔を凝視した。だが次の閃光が目に入ることはなく発射音も聞こえない。
代わりに由宇の声が無線から聞こえた。
「掃討完了。シュン、無事ですか?」
由宇が心配している。駿は直ぐに返答すべきだと思ったが、咄嗟に声は出なかった。
「シュン、大丈夫ですか?」
駿は生唾を飲み込んで気を落ち着けようとした。その時やっと気がついた。顎がガクガクと震えていたのだ。
足じゃなくて良かった。
そんな事を考えながら、やっとの事で声を絞り出す。
「大丈夫。生きてるよ。ちょっと負傷したようだけど立っていられる程度だ。大丈夫」
由宇を安心させるため念入りに答えた。右腕を見ると腕はちゃんと付いていたし、袖まで血が滴っているわけではなかった。出血さえ酷くなければ腕の損傷で命を落とすことはない。
「了解。警戒しつつ目標を確保。全員、目標の地点で集合して下さい」
「了解」と告げると後方に首を回す。
「ラジャー」、「アイ・サー」と三者三様の声が響いた。
三両目の車両に近づくと車の影から王3佐が姿を現した。瑠璃が隣に立っている。王3佐を車の影に引き込んだのだろう。王3佐の顔は苦痛に歪んでいた。相当の数のゴム弾が命中してしまったようだった。
「名前は?」
「王良一3佐だ」
「大丈夫ですか?」
「ああ、あちこちと痛むがね。君こそ大丈夫かい。負傷しているようだが……」
「ええ。何とか。それより鍵はどいつが持ってますか?」
「運転席の奴だ。多分胸のポケットに入ってる」
瑠璃が鍵を探し出すと手錠を外した。
紫苑も森から姿を現した。
そこに由宇が駆け寄ってくる。
「お父さん!」
王3佐は手首を擦りながら驚きの声を上げる。
「まさか、ユウか?」
フェイスマスクにタクティカルゴーグルを付けていては顔は分からないだろう。
それでも声で判別できるだろうし、それよりも王3佐を「お父さん」と呼ぶ人間は限られているはずだ。
「はい」
由宇は頷きながら答えた。大きな目は明らかに潤んでいた。
「黒ガラス到着まで三十秒」
感動の再会を喜んでいる時間はなかった。
敵が何らかの報告をしている可能性もある。迎撃機が上がってくる前に逃げ出す必要があるからだ。
「シュンもストレッチャーが必要かな?」
瑠璃が迎えのMCー4ステルス特殊作戦機と話しながら聞いてくる。左腕は拳を痛めていたが腕自体は動く。
「いや、ワイヤーを腕で確保すれば大丈夫」
黒ガラスはホバリングしたままウインチで回収してくれる。ケーブルに繋がったカラビナをスーツに繋げて引き上げてもらうのだ。
瑠璃が「オッケー」と言うと東の山影から黒ガラスがその名の通り真っ黒な姿を現した。
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