発展 3
「・・・まあ、時間を売るっていう発想は確かに斬新で面白いけど、この本の本当にいいところは、そこじゃないよね」
「お、さすがですね。じゃあどこが本当の良さだと感じましたか?」
おどけた様子で先生の真似事をしているようだった。
「僕は主人公の心の描写がこの小説のみそだと思う。
悩んでは進み、立ち止まってまた悩む、そんな一進一退を主人公は繰り返して、読む人によってはまどろっこしくて見てられないかもしれない。
本当に途中まで読むのが苦痛だったよ。くよくよして同じことの繰り返し。
でもさ、でも、人間なんてそんなもんでしょ。結論はここにたどり着く。
やっぱり小説とか作り話って美化されることが多いからリアリティを追求しすぎると物語としては不自然になるんだよね。それに気づけなくて、ずっと違和感を覚えてたんだ。
つまり、この主人公はリアルすぎたんだよ。
実際人の前で本音を出すことなんか滅多にないけど、丸裸にしたら人間そんなもんだと思うんだよね。ちょっとしたことで気持ちの持ちようが百八十度ひっくり返ったり、些細なことが忘れられなくてモヤモヤしたり。
「人間なんてそんなもん」思考が違和感を潜り抜けてこの一言にたどり着いたときに自分の悩んでたことが馬鹿らしくなって、結果この小説に元気をもらっていることに気づく。
なんだ、そこらへんにいる人みんな同じように何かしらで悩んでいるんだってね。
ほんと当たり前のことだけど、目が曇ると忘れがちなこと、それを思い出させてくれる。
そこがこの小説のいいところなんじゃないかな」
「ほぉ、高校生にしてはなかなかいい感性を持っているようですな」
とまたおどけた様子で言ってきた。
「冬野さんも高校生でしょ」
「あ、そうだね。あははっ。・・・でもさ、そんな情けない主人公だけど、残り少ない時間の中で腐ることなく、大半の人は死ぬまでに見つけられない”答え“を見つけ出すんだよね。素敵だと思わない?」
「確かに。それはすごいことだと思う。いつ死ぬかわかってたらみんな見つけられるものなのかな」
「んー・・・どうだろうね、きっとそれでも見つけられない人もいるよ」
彼女の時折見せる切なげな表情が僕の視線をぐっとつかんで離さない。
その小説について、そこから転じて人生について、僕たちは若干高校生ながらに語り合い、気づいたら夜の八時を回っていた。
「やばっ、昇降口締められちゃうよ。早くいこっ、アキト君」
「そうだね、そろそろ行こうか」
冬野はいつの間にか下の名前で呼ぶようになっていた。悪い気はしないどころかむしろ心地よかったのと、冬野自身おそらくその呼び方の変化に気づいていなかったのもあり、あえてそのままにしておいた。
正門を出たところで僕らは別々の方向に分かれた。
「ねぇ、冬野さん、今度は僕がお勧めしたい小説があるんだけど、よかったらまた今日みたいに話せないかな」
「ん-、そうだなぁー。それも悪くないかもね。でも、アキト君の望む感想は言わないかもよ?それでもいいの?」
冬野はクスッと笑いながらこっちを振り返る。
「それこそ小説を語るときの醍醐味でしょ。」
「そっか、それもそうだね。じゃあ、明日その小説持ってきて。また、日が暮れる頃に教室で待ってるから。」
「わかった。じゃあ、また日が暮れる頃に教室で。」
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