声と出会い 1

 結局、僕と壱は新学期早々遅刻した。

 原因はもちろん壱だ。

 駅から学校までのバスはもう来ていたのに突然腹が減ったと言い出し、朝の混雑したコンビニに吸い込まれていった。

 当然バスは発車してしまい、僕はあきらめ一緒にパンを購入して、結局二人でベンチに座り、のんびり食べてから学校に向かった。

 その間に二本はバスを逃していた。

 二人でそそくさと教室に入る頃には新学期一発目のホームルームが終わろうとしていた。

 ドアが開く音で皆の視線が一斉に集まり、そして壱だけを歓迎した。

「新学期早々遅刻とか予想通り過ぎて笑えるわ」とか、

「久しぶりじゃん。焼けたねー」とか、

各々が壱との久しぶりの再会を喜んだ。

 もちろん僕にそのような言葉をかけてくれる人はいない。

 別に、いじめられてるとか嫌われてるとか、そういうことではないが、単純に興味を持たれていない。

 僕自身クラスの半数以上の名前もろくに覚えていないくらい周囲に興味を持っていないから当然のことだが、ここまで存在しないように扱われるのも珍しいと思う。

 このクラスになりたての頃は、僕経由で壱と仲良くなろうとする人が居て多少は話しかけられたが、各々のクラスでのポジションが決まってきてからは、そういうことすらめっきり無くなった。

 僕は窓際の一番後ろの席なので、皆の壱に対する言葉をうまくかわしながら早々と席に着いた。

 そして席まで僕の隣の壱は、皆と言葉のキャッチボールをしながら時間差で自席に着いた。

 壱はすごい。

 いるだけで周囲に活気が出てくる。

 そして壱の登場により騒がしくなったクラスを制すかのように、担任の加藤が大きな咳払いをした。

「おーい、葉山、桐原。

初日から重役出勤かー?

気引き締めなおせよー」

気だるそうに加藤がいうのを聞き、壱は

「へーい」

と、僕が加藤の言葉に反応しないのをフォローするように言う。

 このようなやり取りを聞いてると、なんだか学校が始まった実感が湧いてくる。

 一日中部屋にこもって読書できる日々が終わり、興味もない話を永遠と聞かされるのかと思うと嫌気がさす。

 僕は自分の世界を壊されるのが好きではない。

 一度気に入ったらずっとそれに集中していたいし、他のものを受け入れたくなくなる。

 映画や小説は一度気に入ると何回も何回も飽きるまで観返すようなタイプの男だ。

 「変化を嫌う」という言葉が正しいのかもしれない。

 「いろんな経験をした方がいい」とよく誰もが口にすることから推測すると、それは世間ではあまり良くないことであり、受け入れられないことなのだろう。

 それもクラスメイトから興味を持たれない理由の一つだと思う。

 きっと周囲からすれば僕は亀の甲羅でもまとっているように見えているに違いない。

 誰とも話したくないというオーラがにじみ出ているのではないだろうか。

 そんな自分を変えようと試みた時期もあったが、どんなに頑張っても根底はかわらないこと、素の自分を偽ることはひどく心を消耗すること、そもそもおそらく“変える”ことではなくて“変わる”ものなのだろうということ、様々なことに気づいてしまい挫折した。

 でも今はこのままでいいのではないかと思っている。

 さすがに大人になってからもこのままだと社会に出たとき苦労するのは目に見えているから、ずっとこのままというわけにもいかないが、さっき述べた通り「変わる」ものなのだ。

 このような自分を変えてくれる何かに偶然出会ったときに変われば、それでいいのだ。

 焦る必要はない。

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