第23話 異次元の胃袋

 ともあれ、ディナーの時間である。

 今日の料理は特に気を使ってくれと言う吉田に、料理人たちは不満を露わにした。


「馬鹿言うなよ。客も少なくなったからって仕入れを減らしただろうが。寒くなって食材の量も種類も減っている。今から用意しろったって無理だぞ」

「そこをなんとか」

「今日来た二人組のどこが特別なんですか? 見たところ、傭兵っぽい騎士とその従者ってとこですけど」

「そうなんだけど……」


 本人たちが正体を偽っている以上、彼らが少年王とその従者とは言えないのであった。


 とにかく頼むと吉田の懇願に料理人は答えてくれた。しかし席を見回ると、少年王のテーブルの前菜のビーツのミルフィーユサラダ、ピスタチオのミートローフ等々がそのまま置いてある。向かいの席の大柄な兵の皿は出すなり殆ど一瞬で消えたのだが。

 一口食べて不味かったと言うならまだわかる。全く手をつけないのは理解に苦しんだ。


「別のものと取り換えましょうか?」


 食わず嫌いや野菜嫌いなのだろうか、と検討をつけ申し出ると。


「ああ、丁度良かった。この施設ではマナーの指導もしてるのであろう? 食べ方を教えてくれ」

「はい?! 気になさらずとも良いのでは?」


 彼はこの国で最も高貴な身分である。仮にマナーが見当外れでも、誰も指摘できない立場にある。

 しかし「早くしろ」とせかされ、吉田は無理を言って厨房で同じ料理を用意してもらい、彼らのテーブルに戻った。


「まずはこのサラダですが……」


 説明を始めるとその皿をひったくるように奪い、自分の分と取り換え、話も聞かずに食べ始めた。マナーは当然申し分なかった。次のスープも同様だった。戸惑う吉田だったが。


「毒味なら俺がしますよ?」

「そなたは毒味と言いながら半分以上食ってしまうでないか」


 主従二人の会話を聞いて疑問が氷解した。つまり、毒を盛ると思われているのだ。


「我々は少しでもおいしい料理をお客様に食べていただこうと細心の注意を払っています。例え食中毒でもホテルの信用に関わります。毒なんて盛りませんよ」

「毒を盛る奴はみんなそう言う」


 正直に宣告して盛る犯人はいないと冷めた正論が返ってくる。

 吉田は憤慨したが、少年王はガライ家と敵対し、身内をだまし討ちにに近いやり方で殺されている。警戒されても不思議ではない。


「さっさと皿を片付けろ。並んでいるのを眺めるのは気分が悪い」

「はい、ただいま」


 内心ムカつきながらも命に従う。お客様が神様とまでは言わないが、正義ではある。しかも国家元首、逆らっても良いことはない。

 皿を運ぶ吉田の頭にふと浮かんだのは、彼はいつもこうして警戒しながら食べているのだろうか、ということだった。育ち盛りだと言うのに、少年王はソースに銀を浸して変色しないか確かめながら冷めた料理を少しずつ口に運んでいる。それを見て、何とも言えない気持ちになった。多少の難癖で本人が安心して食べられると言うのなら、と吉田は堪えることにした。


「仔牛のフィレ肉のステーキです」


 ディナーも後半、三皿のメインディッシュを運ぶ。どの皿を食べるかは少年王に任せ、吉田は残った皿を安心の為、彼らの目の前で食べるつもりだった。


 しかし、テーブルに置いた途端、ポールと言う名の護衛兵がうまいうまいと言いながらぺろりと平らげる。


「がっつくな。城で出している食事が貧相と思われるではないか」

「でも俺、こんな旨いもん始めて食いました。王様……じゃなかった、マティアス様は美味しくないんすか?」

「別に食えんとは言っておらぬ。業腹だがここの料理人は腕が良いようだ。家で引き抜こう」

「それは勘弁してください」


 吉田は引きつった笑みを浮かべる。

 

 こんな状況であまり食欲がわかず、吉田は皿に手をつけていなかったのだが、ポールが物欲し気に見つめている。無言で皿を差し出すと、嬉しそうに食べ始めた。微笑ましく思いながらも、一抹の不安を覚える。


「因みに今、腹何分目くらいですか?」

「余は八分目くらいだな」

「三分目くらいでさぁ」


 コース料理は出すメニューが決まってる。だいたい客が満腹になるように設定し、客の様子を見ながらパンのおかわりや量を加減してるのだが……。

 冷や汗が流れてきた。もう残りはデザートだけである。


「少々お待ちください」


 空の皿を眺める兵とゆっくり食べている少年王を残し、吉田は厨房へ急いだ。


「もう一品出せる?!」


 クヴァスは半泣きだった。


「もう食材なんかないですよ。ヨシダさんの分もギリギリ作ったのに」


 元々無かった来客を含め、三人分のディナーを余分に作ったのだ。料理人たちにはよくやったと言わざるを得ない。


「これ以上は無理だろ。明日の朝の分や今後の蓄えに手を付ける気か? これから冬になるのに」

 

 彼は王から冬の蓄えを削るために派遣された刺客ではないか。そんな阿保な考えが頭を過ぎり、「それはない」とセルフつっこみする。彼は職業兵士だ。現役のスポーツマン並みに食べても可笑しくない。


 経費を圧迫せずに客の腹を満たすにはどうしたら良いか。吉田はその解を経験から知っていた。


「粉ものしかない」


 グレードを落とさず、腹を膨らませるのに小麦で嵩増しすると言うのはよく使われる手法だ。


「パンや麺か? どうやって。パン担当も帰っちまったし、今から麺打つとかどんだけ時間かかるんだよ」


 厨房を見回す。小麦の袋に野菜の切れ端、ベーコン、魚介類の切れ端、スープの残り。そこにキャベツがあるのを発見し、吉田は猛然と千切りを始めた。


「どうする気ですか?!」

「小麦を今言う分量用意して!」

「俺はどうしたら良い?」

「至急卵を!」

「またかよ!」


      


 出来立ての湯気の立つ生地にソースを塗り、細く絞ったマヨネーズで模様を作る。鰹節が無いのが残念だが、乾燥した小魚や骨をすりつぶしたもので対応した。


「お好み焼きでございます」


 吉田が差し出した皿に、「見たことのない料理だ」と少年王は訝し気だ。


「こちらの不手際で料理が足りなようでしたのでポール様にいかがかと。必要なら、王さ、マティアス様にもご用意しますが」

「や、遠慮しておく」

「外はカリっと、中はふわっふわしてまっさぁ! うめぇもんだなぁ」

「やはり少しだけもらおうか」


 こうして、何とかディナーを乗り切ったのであった。

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