第5話 働かざる者死すべし
「オテラ? 何ですの、それ」
「ホテルです。どう聞き間違えばそうなるんですか」
翌日。貴人用の馬車に乗り込み、吉田は早速ガライ親子に提案した。ゴムタイヤなどないので、舗装されてない道路で路面は物凄くガタガタする。
吉田はホテルのことを高価な宿泊施設だと説明した。
「単なる宿泊施設じゃありません。高い金を払う価値のある施設です。
例えば、召使に傅かれ、豪勢な調度品に囲まれる貴人たちの生活は庶民にとって憧れです。大金を払ってでも経験したいと思う金持ちもいるでしょう」
「他人を家に泊めるなんてできないわ! 犯罪者だったらどうするの。泥棒されるかもしれない、火をつけられるかもしれない、暴力を振るわれるかもしれない、命を奪われるかもしれない」
夫人の懸念は尤もである。自分の家に全く見知らぬ人間を泊めても良いと言う豪胆な人間はそうそういない。
「ホテルにするのは屋敷の方です。ガライ家の方々は城の方に住んでいただきます」
ガライ家は本拠地となる地方都市に城と数件の邸宅を所有している。その内、中心部に所有している広大な屋敷は室数は凡そ三十、地方から滞在する客のための部屋もある。
「嫌よ、城で暮らすなんて!」
先祖伝来の城は要塞である。敵から身を守るためには最適な場所だが、住むのにはあまり向かない。だからわざわざ街中に別に邸宅がある。
「それに、屋敷を貸し出したらパーティーができないじゃない」
「私が来てからパーティーを行った記憶はありませんが」
「それは喪中だから」
夫人は言葉を濁す。落ち目のガライ家と付き合いたい家は多くはないのだろう。万が一関りがあると思われて王に睨まれたくないはずだ。
「ホテルには様々な客が泊まりに来ます。そう言う名士たちとお知り合いになる機会はパーティーの比ではありません。それに、部屋が開いている時は屋敷を使えます。
建物の維持には様々な費用がかかりますよね? 使用人を雇う金も馬鹿になりません。開いている客間を貸し出すことで、継続的に収入を得ることができるのです。頭ごなしに否定されるほど、悪い話ではないかと思いますが」
「それはそうかもしれないけれど。上手く行く保証はないのでしょう?」
夫人の指摘に、吉田は言葉に詰まる。
「それはもちろん、百パーセントと言う保証はありませんが。このまま座していてもお金が来るわけではありません。どちらにしても博打をうたなければならない。それならば、私の前職であるホテル業は成功率は高いと思いますよ。それに、一度宿泊施設ができれば、王に代金を支払った後も利益を生み出し続けます。
故ガライ卿が残した財産も、食い潰せばいつかは無くなります。お二人とも先は長い」
「万が一失敗したらどうするの?」
「責任をとります。ご子息の代わりに処刑されましょう」
吉田はこの母子の為には命をかけられないが、自分の夢のためにならば命をかけられる。
「ホテルなんて回りくどいことなんかしなくても、最初っからそうすれば良かったのよ。今から引き返して処刑されてきなさい」
「お断りします。私は死にたくありません。もし無理やり処刑台に送ろうと言うのなら、私は王に正直に全てをお話しします。そうすれば、王を謀った罪で、今ならヨシュア殿一人で済む処刑が母君とセット、或いは一族郎党フルセットの処刑ですよ。財産はもちろん没収です」
夫人が簡単に死ねと言うのできつい口調になる。だいたい、吉田が処刑されれば、別人だとすぐにバレてしまう。
「それに、ご子息はどうなるのです。彼はガライ家とは関わりない人物になります。財産を受け継ぐことはできず、身分証明もない。奥様も息子さんを日陰者にはしたくないでしょう?
勿論、あなた方にも協力はしていただきます」
「下々のあなたが高貴な私たちに命令するつもり? 私たちは不労階級なのよ!」
「そんなこと言っている場合ですか。働かなきゃ死ぬだけです」
比喩ではなく、金を稼がなければ処刑されるのだ。
「貴女には従業員の育成をしていただきたい」
この国の言葉は父の母国語であるドイツ語に似ているものの、当初片言しか理解できなかった。それが、夫人の指導で王と対面しても恥ずかしくない程の語学力を身につけた。やや難があるが、言葉や礼儀作法の指摘は的確だ。
「ご子息は……」
吉田は、さっきから他人事の男に『こいつ、何ができるんだ?』と言う眼差しを向ける。
「おいおい考えましょう」
深呼吸する。現代で言う所の大学生、今まで親に何とかしてもらっていたのだと納得させないと納得させないと、自分がこんな男の為に殺されかけたのかと余計にイライラしてしまう。
そうしている内に、ガライ家が拠点としている地方都市、コンツェが見え始めた。遠くに青い山々が見え、川の畔に城壁に囲まれた都市がある。
狭い窓からじっと街を見つめる。ここが、吉田の新たな戦場であった。
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