第6話 猫の集会所

 三年後、また私は転勤になった。今度の職場は実家からの方が近い場所だったので、私は実家から通うことにした。

 ボケは実家にはときどき連れ帰っていたので、父母には懐いていた。特に母の膝の上はボケのお気に入りの場所で、母も嬉しそうだった。


 それから九年後に父が、十年後には母が亡くなった。こうして実家には私とボケが残った。


 翌年の確か三月頃の朝、私は隣家の前で寒そうに佇んでいるトラ猫を見つけた。どこか具合が悪そうに見えた。

 私は入ってきてくれないかなと期待して、家の一番前の部屋の外扉を少し開けて、エサを置いておいた。ときどきガラス戸から部屋の中を覗いて見ていたら、トラ猫は入ってきてエサを食べていた。そしてそのあと、棚を経由してキャビネットの上に上って寝ていた。


 やはりどこか具合が悪いのか、随分長い間寝ていたようだ。私が部屋に入っても、慌てて逃げるでもなく、薄目を開けてこちらを見るだけで、かまわず寝ていた。ときどきくしゃみをしていたので、風邪を引いていたのかもしれない。


 とりあえず私は、その猫がいつでも部屋を出入りできるように、外扉を少し開けたまま、カーテンを引いておいた。

 動物病院に連れて行こうかとも考えたが、野良猫なので、まず無理だろう。捕まえようとすれば、反撃に遭うだけだ。


 二、三日様子をみているうちに、トラ猫は元気を取り戻したようだった。それまでほとんど部屋の中にいたが、とうとう部屋を出て行った。


 それでもまた来るかもしれないので、外扉はそのまま少し開けておいた。すると、少ししてトラ猫は、二匹の猫を連れてまた入ってきた。白地の多い大きな猫と、少し毛が長めの猫だったように思うが、実は正直いってよく覚えていない。その頃私は仕事が忙しかったせいか、細かい記憶が定かではないのだ。


 ただ覚えているのは、トラ猫がまるで「ここでご飯が食べられるよ」とでも誘ったかのように、二匹の猫を連れてきたことだ。大きさと毛の長さが違ったので、同じ時期に生まれた兄弟とは思えなかった。


 兄弟でないのなら、これは非常に珍しいことだ。猫は親子以外で群れをなすことはまずない。そして同じ時期に生まれた兄弟であっても、子猫時代を除き、行動を共にすることは滅多にない。

 あれから今に至るまで、こういう例はほかに見たことがないのだ。


 三匹は頻繁に家に来るようになった。私は部屋で用を足せるように、猫トイレを買ってきてその部屋に置いておいた。

 一週間程して、トラ猫は来なくなったが、あとの二匹はちょくちょく来ていた。そして、他の猫も顔を見せるようになった。


 その頃、一軒おいて隣の家の前によく猫が捨てられて、野良猫化していた。その家では、猫を飼っているのが道路側からガラス戸を通して丸見えだったので、捨てれば世話してくれると思った人がいるのだろう。


 そしてその捨てられた猫たちが、近所の畑に糞をするのが問題視されていた。


 そこで私は、猫たちが来ている部屋を猫の公衆便所にしようと考えた。そうして猫トイレをさらに三つ買ってきて置き足した。


 こうしてその部屋は、猫の集会所みたいになった。

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