第三章 完走した感想(激ウマギャグ)

 世界が炎に包まれた、と言う表現がこれほど正しい情景は無いだろうとリフィールは確信した。


 聞く者の鼓膜を突き破るかのような衝撃と爆発。そして巻き上がった噴煙や破壊の際に生じた様々な元構造物の破片は、まるでチェーンソーのようにまだ無事な構造物へと容赦なく襲いかかり、さらなる破壊を生む。


 爆心地から周囲五キロはもはや無人の荒野と化し、鳴動する大気が時間経過とともに収まって静かになる頃には、生命体の一つもいない死の大地と化した。


 そしてそれが世界各地、特定四箇所にて同時に起こった。


「これはひどい………」


 映像越しで起こったあまりの惨劇に、リフィールは思わず顔を覆った。


「よっし。開放完了。次は本丸だ」


 そしてそんな地獄が如き状況を作り出した鳴神はイイ笑顔で次のタスクに移ろうとしていた。


「いえ待って。ちょっと待って」

「何だよ?」

「イベントは?面白おかしい珍道中は?ドラマチックな出会いとか胸が踊るような冒険は!?」

「ある訳無いだろそんなもん」

「おかしいでしょー!?異世界ですよ!?ファンタジーですよ!?剣とか魔法とかでやー!とかたー!とかしないんですか!?厨二感あふれる必殺技とか、大魔法とかは!?」

「あるにはあるし、やれるはやれるが不便だろ。わざわざそんな中世仕様面倒臭いじゃん」

「だからってこんなもん用意しますか!?」


 そう叫んでリフィールが指差す先には、直立する鋼の塔が整然と立っていた。この世界の人間ならば、きっとそう表現するだろうが、鳴神と同じ世界出身者ならば間違いなくこう言うことだろう。


 あれロケットじゃね?と。


 そして軍事に詳しい人間が見たならば更にこう付け加えることだろう。


 正確には大陸間弾道ミサイル、と。


 鳴神は自身のアイテムストレージから機械人形や機材と共にそれを取り出して、離れた位置に設置させると徐ろに発射した。それも四発。


 解き放たれた四発はそれぞれ東西南北へと向かい、大精霊が封印されている封印の地へと到達し爆発。邪神が配置した部下や封印ごと纏めて吹き飛ばしたのである。


 鳴神が好んで使うスキルに『幻想侵食』というものがある。


 これはファンタジー要素が現実に侵食してくるのではなく、リアル要素がファンタジーに侵食するという言葉遊びのような効力を持ったスキルである。詳しい説明をすると長くなるので割愛するが、要は作り上げるものを知っていれば知っている程、緻密なイメージを重ねれば重ねるほど、古今東西あらゆる存在を魔力を代償に作り上げることが可能というものだ。


 無機物限定ではあるし、産業革命すら起こっていない世界では無用の長物なのだが―――鳴神のようなゲーマーに掛かると途端に凶悪な代物に化けてしまう。


 大抵のゲーマーは自分が好むゲームの装備とか用語とか、知らなければ調べる。昨今はインターネットがあるから特に。ライト層はそこまでいかなかったり、あるいは調べただけで止まるが―――マニアだとかオタクだとかいう人種はその武器の来歴から仕組みまで調べてしまったりする。


 特に昨今、戦争モノのFPSなど巷に溢れすぎている。勿論、鳴神もその手のゲームも好んでいた。だから兵器関連の知識は非ゲーマーよりかなりあった。


 結果、勇者の膨大な魔力を以て、現代兵器が異世界に現出―――いや、侵食したのである。


「って言うか一歩も動いてないじゃないですか私達!」

「楽だろ?戦いは数だって言うし、人類史を振り返るといつの時代もアウトレンジ戦法が最強なんだわ。いやーこの世界が意外と小さくて助かった。魔力強化改造した弾道ミサイルでも3万キロしか届かないからさー」


 因みに、強化なしの場合だと5000kmだそうで。


「そうかもだけど!そうかもだけど!ほら、大精霊達も困惑してるじゃないですか!きっと助けられたらこう、雰囲気出して、RPG的な仲間になってみたいなこと考えてたんですよコレ!大精霊だから無事だけど、周辺更地になってますよ!?」


 映像越しに大精霊さん達が荒れ果てた自分の担当地に困惑していらっしゃるが、鳴神は助かったんだから文句言うなよとばかりに肩を竦めた。


「いやだって、自前の装備もスキルもあるのに今更いるか?四大属性程度の仲間とか」

「ヤダこの勇者温もりがない………!」

「人様攫って剣闘士奴隷が如く異世界で戦わせるドライな神様に温もりを説かれてもなぁ………」

「ぐぅ………!」

「自覚あるなら気軽に呼ぶなよ」


 どうしてもそこがウィークポイントとなってしまう駄女神様は、臍を噛んでぐぅの音しか出なかった。


「さぁて、今ので邪神は弱体化しただろうが………お、邪神の映像が来たな」


 言い返せなくて項垂れるリフィールをさておいて、鳴神は宙空のウィンドウに視線をやる。


 弾道ミサイルの発射の片手間に機械人形をパイロットにして戦闘機を飛ばし、邪神化した魔王が座す城へ派遣していた。そして積んでいた光学迷彩搭載ドローンを切り離して潜入させていたのだ。この映像は、そのドローンからの中継である。


 映像の中で、角の生えた浅黒い肌の巨漢が自らの手を見つめ、わなわなと震えていた。忙しなく周囲を見回し、自らの状況に困惑しているように見えた。


「確かに弱体化してますけど、邪神、超戸惑ってません………?」

「我が世の春が如く力に満ち溢れて浮かれてたら、前触れもなくいきなり弱体化だもんな。そりゃ戸惑うだろうさ」

「そう考えると大分理不尽ですよね………」

「とは言え、元々のポテンシャルが高かったんだろう。まだ結構強いぞ、コレ」

「邪神にまで進化する個体ですからね。一筋縄ではいかないでしょう」


 どうするんです?とリフィールが尋ねると鳴神は一つ頷いて。


「―――決まってる。まずは質量兵器だ」




 ●




 邪神デルガリミデは困惑していた。


 魔王の血脈に生まれ、才気溢れていた彼は世界に覇を唱え、今や彼が率いる魔王国はこの世の大半を手中に収めていた。未だ抵抗勢力はあるにはあるが、取るに足らない規模であるし、部下にも手柄を立てさせてやろうと彼自ら直接乗り出すことはもうなくなっている。


 それよりも世界を征服した先を見据えていた。


 即ち、別世界のことだ。


 この世界では以前から勇者なる異世界の人間が送り込まれてくることが多々あった。デルガミリデ自身も出会ったことはあるし、その全てが魔王を殺すために送り込まれてきているので、明確な敵対者として戦った。


 彼等に曰く『神に頼まれた』らしいので、神とやらが存在する世界へと殴り込む必要性を常々感じていたのだ。だからこそ、人間との戦争は部下達に任せ、彼自身は異世界へと渡る方法を模索した。


 そして、遂にその方法を見つけた。


 この世界には、大精霊と呼ばれる存在がおり、彼等は世界のパワーバランスを崩しかねない魔力の淀みを管理、封印している。それを自らに取り込む古の邪法を発見したのである。その邪法を用いれば、世界を渡ることも可能であると。


 デルガミリデはすぐさま大精霊の元へと赴き、彼等を倒して封印を解除して回った。大精霊は生命体ではなく、倒したところで時間が経てば復活するようなので部下を派遣して封印させて、更には厳しい管理下に置いた。


 こうして、魔王デルガミリデは邪神と呼ばれるほどに強大な力を手に入れた。


 手に入れた、のだが。


「何が………何が起こったのだ………!」


 それは余りにも唐突に起こった。身に宿す魔力が急速に抜けていくのが分かる。まるでダムの決壊の如き勢いで、急速に弱体化―――いや、正確に言うのならば魔王だった頃まで戻っている。


「は………?」


 だが、魔王として生きた彼とて無能な訳では無い。彼がいる魔王城。その上空に強大な魔力を感知して、疑問の前にまず障壁を張った。


 だが。


「なっ!」


 その障壁を貫通して鉄の棒が謁見の間に到達。


「がっ!」


 追加の障壁を最大規模で展開し、鉄の棒を防ぐが。


「ぐぬっ!」


 次々と、まるで雨のように鉄の棒が魔王の居城へと降り注ぐ。


 魔王もどうにか凌ぐが、弱体化した彼ではこれを防ぎ続けることは不可能だった。ゾッとするほどの勢いで、保有魔力が減っていく。


(こ、こんな!こんな事があって………!)


 挨拶もない。名乗りもない。誰がやったのかもわからない。


 だが、理不尽なまでの驚異は現実としてここにあり、彼の城を破壊し尽くしていく。


 そして。


「あっ………」


 彼が最後に見たものは、長さ6メートル、直径30センチ程度の鉄の棒―――その底面だった。




 ●




 神の杖、と呼ばれる衛星兵器がある。


 実在は未だしていないようであるが、理論だけは先行してネットで広まっており、鳴神も存在を知ってからは色々と調べた。


 タングステン、ウラン、チタンなどの合金で全長6.1メートル、直径30センチの棒を作り、そこに小型ロケットブースターを取り付けて上空1000キロの低空軌道上の宇宙プラットフォームから地上へと打ち出すというもの。落下速度はマッハ9に達し、諸説あるものの、その激突の威力は核爆弾に匹敵すると言われている。


 邪神デルガリミデを襲ったのはコレである。


 流石に宇宙プラットフォームを作るのが面倒だった鳴神は、ここで手抜きをした。ロケットブースター付きの鉄の棒を用意し、先頃ドローンを運んだ戦闘機にスポッターの役割をさせて座標を固定。そして鉄の棒を『転移魔法』で魔王城上空に運んで点火。


 一発だけじゃ不安だったので、取り敢えずあるだけ叩き込もうと都合378発を魔王城に叩き込んだのだ。


 それを見たリフィールは。


「ミンチよりひでぇよ」


 遠くを見つめてそう言ったとか。


 そんな女神の様子など眼中にない鳴神は次のタスクへと進む。


「よし。死亡確認。お次はっと………」

「え?まだ何かやる気ですか………?」

「前の世界でな。死んだってのにアイテムで生き返った邪神がいてさ。しかも、体力と魔力全回復で」


 だから死体蹴り、もとい死亡確認は必須だと彼は言う。検死ナイフって重要だろ?と。


「どの道帰りの帰還ゲートが現れるまでは時間があるから、ここは入念に殺しておかないと。帰った後でまた生き返ったとかで呼び出されちゃ敵わんし、それを理由にもう一回別の世界よろしくとか押し付けられるからなあのクソ女神の場合」

「うっわぁ………先輩ならやりかねない」


 それから彼は手持ちの大規模爆風爆弾をアイテムストレージから取り出しては、『転移魔法』で魔王城跡地に叩き込んでいく。


 やがてデイジーカッターの異名のままに、魔王城跡地を雑草一つ生えない不毛の大地へと変えて鳴神は満足したように頷いた。


「よし、こんなもんだろ。日本人の情けで核は使わんでやる」

「むごい………」


 あまりのオーバーキルに、何だか死んだ邪神にすら同情の念を覚えたリフィールは南無南無と手を合わせることになった。


「お、帰還のゲートが出た」


 そうこうしている内に、彼等の背後に光り輝く扉が出現した。


「結局、一時間も掛からず世界が救われた………」

「自由落下から計算して47分29秒。自己ベストだな」

「最後までゲーム感覚!と言うか測ってたんかい!」

「では完走した感想だが―――」


 鳴神は帰還ゲートを潜りながら、こう締めくくることにする。


「―――異世界召喚は、やっぱりクソゲーだと思う」


 有り余る理不尽で異世界をクソゲー化させた勇者の、あんまりに無体な言葉であった。

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