第80話 死にたがりの魔王

ノエル視点


「ステータスオール1。赤ん坊じゃないよね?なんであれで生きてられるんだろ」


私はそのままスキルを確認する。


「スキルは聖槍?」


見たこともないスキルだ。


「なるほど。スキルのおかげでステータスに常に能力上昇がかかっている。でもスキルの能力が強すぎて成長が阻害されている」


たぶんこいつは10歳になる前に死ぬ。スキルの力に耐えられず体が崩壊する。


メソメソ泣いてるし。情けないやつ。


私はそのままその場を離れてしまった。


しばらくはその世界最弱の男の事なんて思い出しもしなかった。


しかし、数年後のある日ふと思った。


「そう言えばあの世界最弱の男、死んだかな?」


特段やる事もなかったので、私はタクトをまた見に行く事にした。すると……


「成長点を超えたか。ステータスが一気に上がっている」


レベルも上がっている。常人の数倍の努力が必要だっただろう。

少しこの人間に興味が沸いた。


直接力を見てやろうと思った。

結果は期待外れな物だった。

強くなったと言っても魔眼を使う必要もない程。

これなら街をぶらついていた方が楽しかった。


帰ろうとするとタクトが言った。


「あ、明日も来いよ!また、遊ぼう」


そう言われたが行くつもりは無かった。

もっと面白いことがたくさんあった。

でも何故か私の足はタクトがいる場所に向いた。

雨の日も、風の日も。


「タクトはリンゴみたいだ。でもリンゴはいくらでも木になっているけど、タクトはここに一人しかない」


「なんだそれ?まぁでもリンゴは旨いよな」


「すごく旨い」


くだらない話をいくつもした。

喋り方も私から僕に変えさせられた。

結婚の約束もした。

幼馴染の女と別れた時にメソメソとまた泣いた。そんなタクトを見るとなんだか胸が熱くなってむしゃくしゃしたので、特訓と称してボコボコにしてやった。

そんな日々がいつまでも続けばいいと思っていた。そんなある日……


いつか僕がリンゴをもいだ木があるリンゴ農園が魔族によって焼かれていた。

流星を見るために登った美しい塔が、魔王軍によって破壊されていた。

村が焼き払われ、僕に詩を歌ってくれた吟遊詩人が血を流し、もう二度と歌えなくなっていた。


その光景を見て、ザワリと血が騒いだ。


最後に、タクトに会いに行った。


「しばらく会えなくなる」


「えっ、なんでだよ!あと少し、あと少し強くなれば大聖堂にも入り込めるぞ」


「もう1人で特訓しても大丈夫だよ、タクトは強くなった」


「ああもう、言い方が悪かった。別に特訓して欲しいからじゃない。お前がいなくなったら寂しいだろ!行くな、ノエル」


タクトがそう言うとキュッと胸が締め付けられた。


「タクト、ごめんね」


僕は魔眼を使い、タクトの記憶を消した。

この方がいい。下手に僕の事を知っていれば、タクトに火の粉が降りかかる。


こうして僕はタクトの元を離れて魔王軍を滅ぼし、パズズを殺した。

パズスを殺した瞬間、自分が魔王というものになったのを悟った。


最強の僕に、ますます力が溢れてくるのを感じた。


清々しい気分だった。

無性にリンゴが食べたくなった。

ここに来て初めて食べたリンゴ。


なんの気なしに初めてリンゴを貰った村に行った。

するとあの時の女がやっぱりリンゴを持っており、僕を見て笑顔で近づいてきた。

まさか覚えていたとは。

僕は嬉しくなった。

女は僕にリンゴを渡そうとした。その瞬間女は気を失いフラリと倒れた。


その時僕は悟った。

魔王になった自分は強すぎた。

人間など近寄らせることも出来ないほどに。



僕はその場から逃げ出した。


いっそこのまま人の住む世を破壊してやろうかとも考えた。

だがそれが出来ないくらいに、僕は既に人に染まっていた。


なるべく生き物が住まない森に移り住んだ。

森にはリンゴがあったのが嬉しくて喜んで食べた。


「ぺっ。なんだこれ」


思わず吐き出した。

瘴気に晒されたリンゴは、魔界の木の実と同じ味がした。


自分で何度も死んでみた。

しかし、次の日には何事も無かったように蘇っていた。


年々自分の力が上がっていくのを感じる。

森の瘴気が広がっていく。


ちゃんと死ぬ方法を探した。

そこで分かったのが、ロンギヌスの槍、聖槍のスキルだ。

聖槍で貫かれた魔王は復活する事なく消滅する。

魔王の称号も受け継がれずに消えさる。



運命だと思った。


私は急いでタクトの居場所を探した。


タクトは鷹の爪というギルドで働いていた。

ステータス確認。まだ駄目だ。もっと強くならないと私を殺せない。

僕はタクトの妻だから、タクトが立派に私を殺せるようになって英雄になれるようにちゃんとサポートしなきゃ。


タクトだけが私を永遠に続く苦しみから解き放ってくれる。

そう思うとタクトへの愛が溢れ、止まらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る