第3話 そんな簡単に解雇ってマジですか?
「知らない、天井だ」
なーんてな。
良く知ってる、職場の仮眠室だ。
どうやら俺はぶっ倒れて仮眠室に運ばれていたらしい。
時計を見るともう15時だ。2時間くらい寝ちゃってたか。
なんか薬も横に置いてあるし、たぶんユキちゃん辺りが医者を呼んでくれたんだろうな。後でお礼しとかないと。
それよりも2時間も寝ちゃってたってことは、くそー、今日もまた残業確定だ。
俺は今度は本当に調子が良かったので、勤めて明るく、
「皆ごめん、心配かけた!」
と元気に事務所のドアを開けた。
するとどうした事だろう。事務所の全員が静かにうつむき、神妙な面持ちで座っている。
「お、おい。どうした?何かあったのか?まるでお通夜じゃん!」
俺がそう言うと、職場の全員が気まずそうな表情を浮かべている。
ユキちゃんが申し訳なさそうに口を開く。
「あの……タクト先輩……実は……」
「いや、ユキちゃん。俺から言うよ。いいか、タクト、気をしっかり持てよ!」
いやいやいや。随分大げさだな。
「え、なに?なんか無茶な仕事入った?またデスマーチ?」
「デスマーチで済むなら……ほんと良かったよ……」
「えっ!?デスマーチよりひどい事?え?何々?早く教えて!」
「……タクト……お前クビだ……」
「あー……クビ……クビ……クビ!?」
「あー、解雇された。今日づけで解雇」
え?どういう事?待って待って?思考が追い付かない。
「え?……なんで?なんで俺クビ!?」
職場のみんなは興奮する俺を刺激しないようにゆっくり話してくれた。
俺がぶっ倒れたあとユキちゃんはすぐに医者を呼んだ。
俺の診断は過労。「少なくとも8時間は寝かしとけ、命に別状はない」と医者が言うのでみんなはとりあえずホッとして、俺を仮眠室に寝かせて仕事を再開した。
するとその直後、運の悪いことに本部からうち支部の仕事ぶりの調査に、お偉いさんが来たらしい。
お偉いさんは一通りみんなの仕事を邪魔しながら事務所を回った後、トイレに行くと言って席を外した。その時仮眠室で寝ている俺を見つけたらしい。トイレは嘘だったのかよ。
「仕事中に寝ているとは!」とか言ってめちゃくちゃ怒鳴ってたらしいけど、俺は全然起きなかったらしい。
みんなは仮眠している理由を何度も説明したらしいけど、お偉いさんの怒りは収まらない。
「こいつは今日付けでクビだ!俺の権限でクビにする!」
そうして俺はめでたく無職になったらしい……。
「え?噓でしょ?そんな事ってある?」
みんなは同情のまなざしで俺を見ている。
「今日視察に来たのは、ゴールズさんという方で……」
ゴールズ!?ギルド創始者の息子で、うちのトップ5の一人じゃねぇか!?
「なるほど……そのクラスの幹部なら、独断で平社員をクビにするくらい余裕だわな」
「ははは」っと乾いた笑いが思わず口をついた。
呆然としている俺に誰も声をかけられないでいると。
「ただいま戻りました」
と、この支部で一番偉い支部長のウラン部長が出張から帰ってきた。
ウラン支部長は男の俺でも惚れてしまいそうになるほどのイケメンで、仕事もバリバリの超エリートだ。
次期幹部と噂されるウラン部長だが、何故かこんな小さな田舎ギルドの部長職を今はしている。
「……みなさん、どうしました?何かトラブルですか?あとこれお土産です。皆さんで食べてください」
「あの、ウラン部長、実は……タクトさんが今さっきクビになりました……」
「えっ?」
冷静な部長が表情を崩したところを初めてみた。そんな場合じゃないのは分かっているがちょっと面白い。
落ち込んでいる俺を見て支部長はお土産をガサゴソして、俺にお菓子を手渡しした。
「食べてください」
「あ、ありがとうございます」
みんなはウラン部長にさっきした経緯をもう一度話した。
何度聞いてもひどい話だ。
ウラン支部長は話を聞いている間、ずっと唇を噛みしめていた。
話を聞き終えた部長はまたお土産をごそごそしてお菓子をもう一個取り出した。
「タクトさんには二個あげます」
「ありがとうございます」
ウラン支部長はすでに就業時間が過ぎているのにも関わらず、
「ちょっともう一度本部に行ってきます」
「部長、私も行きます!」
「俺も!」
「私も!」
職場の全員がそう言った。
俺のために本部に直談判に行こうというのだ。
「や、やめてください!そんな事したらみんなまで処分受けちゃいますよ!」
ウラン支部長はみんなをたしなめる。
「タクトさんの言う通りです。それにあなたたちがいなくなったら明日から冒険者たちはどうなるんですか?ただでさえタクトさんがいないせいで、明日は激務になるでしょう。私たちが一番考えなくてはならないのは、冒険者たちの安全です。そのためにあなたたちがいるのです」
それを聞くと、みんなもあきらめざるをえないだろう。ユキちゃんだけはまだ行きたそうにしていたけど、他のみんなは残業する覚悟を決めたようだ。
「タクトさん。心配しないで下さい。あなたをクビになんかさせません。全力を尽くします」
「ウラン部長……」
俺は職場のみんなに愛されている。それだけで嬉しい。
「みんな、ありがとな!支部長、もういいんです、俺。大丈夫ですよ!またすぐ仕事見つけます!さよなら、みんな、ほんとに、ありがとう!」
俺はみんなにお礼を言って、抗議しに行くウラン部長を引き留めて、泣きじゃくるユキちゃんをなぐさめて、職場を去った。
「あー無職、無職……」
一人になると、その言葉が重くのしかかる。
すぐ仕事を見つけるとは言ったが、別にあてがあるわけでもない。
「……とりあえず、ドラゴン。リナの様子でも見てくるか……」
仕事ではない。個人的に知り合いのドラゴンの様子を見に行くだけだ。
結果的に南の洞窟の様子を見に行き、みんなの仕事が少し楽になるかもしれないが、これは別に俺が好きでやっていることだ。
俺は南の洞窟に足を向けた。
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