第50話 灰色の世界のお別れ

…あの日からどれくらいの月日が経ったのだろうか?


1日?1週間?1ヶ月?1年?

まるで時の世界に残されたかのような感覚を彼女は覚えた


あの事件はトラックの運転手の轢(ひ)き逃げ事件として捜査が始まっているらしい。


多分海斗お得意の嘘で騙したのだろう、怪しまれると感情が不安定な彼は発狂したりと警察の方に迷惑をかけながら、罪から逃れたらしい


らしいと言うのは彼女の母親がドア越しに話しているのを偶々聞いたからだ


——————————————————————

コンコンコン


ミュウの部屋のドアがノックされる、その音と同時に彼女は目を覚ます


「………何?」


ボサボサの頭で整えもせず、ずっと放置している

ミュウは部屋から出る事はなく、ドア越しに声をかける


「朝ごはん置いておくから、ちゃんと食べてね」コト


「…うん、…ありがとう。」


ミュウの母親はそう言い残すと食器を置いて下に降りる


トン、トン、トン、と階段を下る音を聞きながら、ミュウは部屋の鍵を開けて朝食を受け取る


瞼(まぶた)はとても虚で、まるで生気を感じさせない

ミュウはまるでロボットの様にご飯を口に運ぶ


「………味が…しない…」もぐもぐ


まるで粘土を食べている様な感じだ

(実際に食べた事はないが)

味覚がなく、どんな物を口にしても何も味がしなかった


(瑛人のハンバーグ…食べたいなぁ)


料理が下手くそな彼女は彼にお願いしてご飯を作ってもらう事がある

今浮かんだのはその中の一品の1つだ


文句を言いながらも彼女の為に作ってくれて彼女はとても美味しそうに食べる

当たり前だと思っていた事が、本当はとても有り難い事なんだと改めてわかる


「…ご馳走様でした。」パン


手を合わせて合掌する

命に感謝して頂く、日本の伝統の1つ

これも瑛人が教えてくれた事だ


ルーティンとなっている事をして食器を部屋の外に置く


そして布団の中に入り、天井を見上げる

既にどれくらい眠れていないかわからない

眠くないわけではないが、別に寝たいとは思わなかった


生理現象が来れば行くし

気がつけば寝ている時もある

お腹もすく

体は本能的に生きたいと思っているのだろう


しかし頭では心では、死にたいとも、生きたいとも思わない、ただ………虚無だった


「貴方のいない世界はこんなにもつまらないなんて。」


全てが灰色で、時間の感覚も狂っている

数分天井を見上げているだけだと思ったら

母親が昼を持ってきてくれた


それを食べてまた天井を見上げ、

夕食を食べて、天井を見上げる


頭の中で浮かぶのは愛する人、瑛人との思い出


「………瑛人…逢いたいよ…」


涙はとうに枯れ果てて、どれだけ胸が苦しくても涙は出ない


瑛人に逢いたい

瑛人に触れ合いたい

瑛人のご飯が食べたい

瑛人の隣に行きたい

瑛人の全てが欲しい


逢いたくて、会いたくて、合いたくて

体がおかしくなりそうだった

身体が彼を求めていた


声が

温もりが

匂いが

存在が

全てが愛おしい


「………私って、こんなにも可笑しかったっけ?」


まるでヤンデレヒロインの様に思考が可笑しくなる、でもそれが嫌な気持ちにならない

寧ろこんなつまらない世界に縛られていた自分に嫌気がさしてくる


「………こんなにも依存してたなんて。」


小さい頃からずっと一緒だった

遊ぶ時も寝る時も、ご飯もお風呂も

彼は嫌な顔もするし、断られる時もあるけど

それでも彼女の為に"仕方ない""今回だけ"と一緒にいてくれた


幼馴染みと言う垣根を超えて、恋人になれた時、腐れ縁と言う呪縛から解き放たれて

やっと結ばれた


アメリカ人…いや、外国人…白人と言う理由でいじめられる時も彼は側にいてくれた

ずっと手を握ってくれた

隣には必ず彼がいた


大人になって家族になって、子供が出来て

独り立ちして、孫が出来て

縁側でお茶でも飲みながら

"幸せでした"と笑い合いながら

ずっと側にいてくれる筈だった


「………逝かなくちゃ」


こんな世界、貴方のいない世界で、自分がこの世にいる理由はない


「待ってて…瑛人、シルフィ…今から…そっちに逝くから。」


そして彼女は………………


——————————————————————

「…あの子、まだ降りてこないわね。」


「仕方ないだろ?あの子ととても仲が良かったんだろ?」


「えぇ、小さい頃からずっとお世話になってるわ。」


「なら待とう、きっと立ち直って前を向いてくれるさ、あの子は強い、きっと大丈夫だ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る