第18話:転生者(モブ)の憂鬱な休日
異世界にも祝日というものは存在する。
王の生まれた日などの記念日やら、魔物が騒がしくなるからという異世界らしいものまで様々。 そして今日から七日間、日本でいうゴールデンウィークが始まった。
「なーんもやる気起きしないなあ」
趣味はある、やりたいこともあるはずなのにどうしてか全てが面倒くさい。 おまけに日本とは違って、脳死で楽しめる娯楽もないから虚無感がより強い。
貴族ならパーティーしたり、別荘に行ったりしてるだろう。 しかし我がラブル家のような低位貴族にそんなイベントは存在しない。
「カリストロは忙しそうだし」
異世界でも休日というのは商家にとって稼ぎ時というのは変わらないようだ。
「どっか行くか」
俺は一人ポータル広場へやってきた。
持ち物は財布とナイフや食料の入った背負い袋など、まるで異世界に転移した主人公が神に持たされるような初心者パックだ。
「さて異世界ごっこの始まりだ」
行先は異人種が多く暮らす国だ。 パレット王国とはだいぶ様相が変わるので、より異世界気分に浸れるだろう。
言ってしまえばただの旅行だが、ちょっとだけ物語のプロローグのような高揚感を感じながら俺はポータルの門をくぐった。
〇
視界に広がる色が緑だ。
自然と調和するベスティア国は木の上に家が建ち、多様な人種が暮らしている。
「とは言っても普通に言葉は通じるし、治安もいいんだけど」
普段見かけない獣人やエルフに感動したのも一瞬。 彼らに物語のような設定、異常な差別や排他的な性格なんてものはない。 見た目が違うだけで中身は普通だ。
「うん、普通に観光しよう」
装備が異世界セットとはいえ、都合良くトラブルなんて起きないことは分かっていたことだ。
適当な食事処に入って名物のジューシー肉を食らう。
「ん~ジューシー!」
使われている肉はパレット王国で食べるものと変わらないのに、噛むと果汁のように脂が滴る。 特別な調理法は門外不出だ。
「俺もこういうので現代知識チートしたかったな……」
そう呟いて昔を想い出して少し虚しくなった。 この世界で主人公ムーブをキメることは諦めているとはいっても、ふとした時に淡い期待が顔を出す。
「どっかに困った美少女落ちてないかな……」と呟いてすぐに自分の馬鹿さにため息を吐いた、その時
「助けてください!!!」
都合よく目の前に美少女が現れた。
そして後ろから柄の悪そうな男が数人やってくる。
「ついに始まったか……?」
「お兄さん、私あの人たちに追われてて」
「おい、兄ちゃん。 俺たちはな」
何やら外野が騒いでいるが、この美少女と柄の悪そうな男たちのどっちが悪者かなんて明白だ。
「もう大丈夫、俺が守るから」
「お兄さん……」
美少女が潤んだ瞳でこちらを見つめている。
そうだ、俺が欲しかったのはこれだよこれと退屈だった気分が高揚していく。
「兄ちゃん、話を」
「彼女には指一本も触らせない」
俺は高らかに宣言して拳を構えた。
「いや、あーわかった。 もういいわ、後悔すんなよ」
意外にもあっさり引いていく男たちに拍子抜けした気分になりつつも「ありがとう!私の勇者様!」と微笑む美少女の言葉に違和感が霧散した。
「それで何があったんだい?」
話を聞いてみるとこの美少女はとても不幸な目にあっているようだった。
なぜか差別を受け、食事処へ行けば追い出され、ただ町を歩くだけでも襲われることがあるらしい。
「それは大変だったね」
この世界にも不幸な美少女はちゃんといた。
この子がヒロインだと俺は確信した。
ようやく俺の物語が始まる、そんな予感がした。
「ねえ、私泊まるとこがないの……」
彼女が悲しげにそう言ったので、もちろん泊めてあげた。 ちなみに彼女の希望で同室である。
「今日何も食べてないから」
お腹が鳴ってしまい、羞恥で顔を真っ赤にした彼女に俺はもちろんご馳走してあげた。
「こんな美味しいもの初めて!」
喜ぶ彼女が愛おしい。
彼女は絶対に俺のヒロインだ。 俺は彼女を絶対に守り、そしていつか――
「あれ」
唐突に目が覚めた。
記憶が曖昧だ。
確か昨日、ご飯を食べているうちに眠くなって、それで彼女に肩を貸してもらって部屋に戻ったような気がする。
「いない……?」
横で寝ているはずの彼女がいない。
先に起きて身支度でもしているのだろう。
「あれ?」
彼女を待たせるわけにはいかないと、荷物を纏めようとして気が付いた。
背負い袋がない。
「いやいや」
あれには金やらナイフやら身分証やら必要な物が全て入っているのだ。
もし本当に失くなっていたとしたら、
「帰れなくなる……!?」
ぼやけた意識が完全に覚醒した。
部屋中探すがどこにも見当たらない。
「……とりあえず彼女を探して、事情を話さないと」
俺は深呼吸して、宿の受け付けに向かった。
「あの同室の女性がいなくなっていたんですが、見かけませんでした?」
「あー、朝早くに荷物を持って出てったよ」
「いや、そんな馬鹿な……」
「兄さん、やられたんじゃないか?」そう言う受け付けの店員を睨みつけようとして、その後ろに視線が吸い寄せられる。
『Wonted!!美少女盗賊!見かけたら詰所まで』
それは写真ではなかったが、悪い笑みを浮かべた彼女の絵が載っていた。
「まじかよ」
金も身分証も失った俺はポータルで帰れず、キャンプしながら陸路で帰ることになった。
着ていた服を売った金で最低限の荷物を揃え、意図せず冒険しながらパレット王国を目指す。
街道で焚き火をぼんやり眺めながら、後悔が押し寄せる。 そして再確認した。
「やっぱ異世界はクソだあああ」
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