狙われるリアン

 黒の王妃のベルは戴冠式でのコンラッド様はすばらしかったですわと熱く語る。そして私に信じられないことを言いだした。


「リアン様もここの後宮にいらしたらいかがですか?」


「え!?私はもうエイルシア王国の後宮にいますけど?どういう意味ですか?」


 そう私が言った時だった。ドアが無遠慮に開かれた。そんなことができるのはただ一人。この後宮の主であるユクドール王、コンラッドだった。


「黒の王妃、リアンをよく後宮に連れ込んでくれ感謝する。どうも他の場所ではウィルバートの視線が気になるんです」


「どういうこと?」


 ベルがにっこり微笑む。


「コンラッド様のお役に立ててうれしいですわ。今度、わたくしのところへ来るお約束、きちんと守ってくださいます?」


「もちろん。賢い女性は好きなんです」


 二人の会話からして、私はつまりなにか目的があって嵌められた!?ベルと仲良くなれたと思っていたのだけど、どうもコンラッドの言い方では後宮におびき寄せたかったってこと!?


「リアン様と話す。黒の王妃、下がっていい」


 事務的な淡々とした声音で言うコンラッドに少し寂しげな顔になるベル。


「リアン様、羨ましいですわ。コンラッド様から唯一お名前で呼んでいただける存在ということにお気づきですの?」


「え!?外交相手だからでしょ!?他の女性のことも名前で呼んでいるわよ!」


「ここは後宮で、コンラッド様のための女性が集められたこの場で名を呼ばれる者はおりません……きっとこの先も……」


「この先!?」


 そう私に冷たい視線を送る。先程までの親しげな姿は嘘だったの?黒いドレスを着たベルは背中を見せて、フイッと行ってしまう。なんだか、この雰囲気はまずい。すごくまずい気がするわ。鈍い私でも気付くわよ。今回に限ってアナベルを連れてこなかったのが悔やまれる。他国の王と二人っきり、そしてどうやら相手は私に好意があるらしい気がしてきた。気のせいだと思いたいけど。


「えーと、なんというか……」


 コンラッドが私の動揺する姿を見て、クスクス笑う。


「強気のあなたも好きですが、そうやって困ってると普通の女性のようで、そんなギャップが良いですね。ますます気にいってしまいますね」


 コツコツと近づいてくる。思わず後退りしてしまう。距離が近くなる。私の背中は壁にぶつかる。手を伸ばせば触れられる距離に汗が出てくる。


「これ以上近づいたら、ウィルバートに言いつけるわよ!?」


「……子供ですか?」


 ………確かに今のセリフはそれっぽかった。私はうっと言葉に詰まる。コンラッドは手を伸ばす。私の金色の結っていた髪を外して触れだす。パラリと長い髪が流れるように落ちた。


「ちょっ!なにするのよ!」


「美しい髪の色で触れてみたいなぁと思っていたんです」


 目の奥が楽しそうに笑っている。王となって、少し雰囲気が変わった気がする。以前までの甘い部分がなくなった?……私の髪に唇をつける。ゾッとする。


「やめて!これ以上触れるならば魔法で一撃かますわよっ!本気よ!」


「怒らないでください。あなたはかなりの魔力の持ち主と聞いてますし、やめておきましょう。ウィルバートにも怒られたくないですし」

  

 パッと髪から手を離す。そして本題ですと笑った。本題!?


「リアン様、どうです?ユクドール王国は?この国に住んでみたくないですか?この国のために働いてみませんか?」


「えっ?スカウト!?」


 な、なんだ……そういう話なのね。それなら、こんな至近距離で触れるようなことをしなくても良いと思うんだけど……からかわれているのかしら?


「エイルシア王国と同じように後宮にいてもいいですし、王宮内で働いてもいいですし、どちらでもかまいませんが、我が国に欲しい人材です。自分の力を試したくはありませんか?この大国でなら、実力を十分発揮でき、楽しめますよ」


「働く……私がここで……」


 能力を影ではなく表で存分に使って……それは魅力的なことではあった。確かに、私は後宮へ入る前、それを望んでいた。


 コンラッドが悪くないでしょう?とジリジリと私の顔に近づいてきた瞬間だった。バタバタと廊下から足音とお待ち下さい!という騒がしい声がした。


「あ、もうバレてしまったのかな?」


 悪戯がバレた子どものように笑ってドアの方を向くコンラッド。バンッと開け放たれたドアから飛び込んで来たのはウィルだった。


「リアン!迎えに来た。帰るぞ!」


 そう怒った顔でウィルはコンラッドと私を見る。


「我が国にスカウト中だったのに残念です」


「勧誘はオレのいるところでしか許さない!コンラッドでも……これ以上リアンに近づけば容赦はしないぞ!」


 低い声に青い目で睨みつけるウィルはピリピリとしている。逆にコンラッドは余裕の表情を浮かべている。


「優秀な人材を得たいのは誰もが思うことです。誘うだけなんですから、いいでしょう?リアン王妃、どうかこの国があなたを望んでいることを忘れないでいてほしいです」


「私は名前も呼んでもらえず、こんなふうに女性を道具の一つとして使う所には行きたくないわ」


「そうですか?あなたも似たようなものでしょう。あなたが利用したのは女性ではありませんが、あのように戦場で大胆に策を使うことができる者は兵をボードゲームの駒としか見ていないからこそできるんですよ。命がかかっていると思うと普通の人間は怖くてできないものです。非難しているのではありません。そんな割り切り方ができるリアン王妃が僕は好きなんです」


 駒だと私は思って……いたかもしれない。そう思うと何も言い返せなかった。相手の兵数、地形、配置などを頭に入れて策を作り上げていく。人を使うということが怖かった。だけどできてしまった。私は人を道具だと思っていた?……ぐっと唇を噛む、そんな私を見て、コンラッドは追い打ちをかけるように言った。


「しかも石化させて人質にするなんて、なかなか残酷な策じゃないでしょうか」


 私を残酷な女だと言いたいのだろうか。違う!と言い返せなかった。ただ……重い気分にさせられたのだった。

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