蛇は幼子を喰らう

 ―――ウィルバート、いつでも王座を代わってやろう。


 それは王家の中にいて、怯える幼いオレにとっては、甘い甘い誘惑の声に聞こえた。


「惑わされてはなりませんよ」


 そう流れるような美しい金の髪をした優しい母が厳しい顔を見せたのはエキドナ公爵の名をオレが口にした時だった。


 なぜだかその時、幼かったオレにはまだわからなかった。エキドナ公爵はお優しい方だった。


「ウィルバート、おまえが好きだと言っていたお菓子を持ってきた。後で食べるといい」


「ありがとうございます」


 頭を撫でてくださり、ニコニコと笑いかけてくれる。オレや母のことを見下し、嫌な言葉を吐いてくる人がいるなかで、とても親切だった。


 だけどそのうち、エキドナ公爵の持ってきたものを口にすると、決まって具合が悪くなることに気づいた。


 気づいたのは、母が亡くなる3ヶ月ほど前のことだった。


「ウィルバート様の熱は下がったの?」


「まだみたいよ。今回はさすがに無理かもしれないとお医者様が……」


 ベッドの中でメイドたちが、そう話す声が聞こえた。目が開けられない。呼吸が苦しい。度々、起こす発作のような病気の原因はなんだ?と父王が探るが、医師も答えられなかった。


 それからオレは疑いたくないと思いながらもエキドナ公爵から貰ったものは決して口にしなかった。


「後を継ぐ者が、こんなに身体が弱いとなると兄上も心配でしょう?」


 ある日、エキドナ公爵が父王にそう言った。その瞬間だった。父王が睨みつけたのは。


 父はオレを睨みつけた。バシッと殴られる頬。まだ小さかった体は簡単に床に叩きつけられた。あまりの痛みに頬や打ち付けた腕を抑えた。


「王座に弱い者はいらない」 


 そう吐き捨てて行く。……弱い者はいらない。その言葉と痛みが残る。


 呆然とした。父王に大丈夫か?体を大事にしろと優しく声をかけてくれることを期待していた。


 だが、逆だった。


 メイドたちが心配し、ウィルバート様!と慌てて、介抱してくれるが、頭の中は真っ白だった。


 城の中は敵だらけ。父ですら見捨てる。


「あのような言葉を言わなくても良いのに、可哀想なウィルバート。辛いだろう?どうだ?王家から出ては?」


「王家から出る?それはできません。母を置いていけませんから」


「そうか……母親が足枷か……」


 ふぅんと笑ったエキドナ公爵。そうだ母が亡くなったのはオレとエキドナ公爵がそんな話をしたすぐ後だった。

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