影に潜む蛇

 すぐ帰れると思ったが、コンラッドと話をする必要があり、その後も何日か滞在した。


 その中で、コンラッドは少し躊躇いながらもオレに伝えたことがあった。


「ウィルバート、気になる事があったんですよ。父の執務室を探っていたら、こんなものがでてきました」


 オレに見せた物は双頭の蛇の紋章がついたボタンだった。小さなボタンに美しく刻まれた蛇の紋章は見覚えがあった。蛇は王冠をかぶっている。思わず息を呑む。


 コンラッドが眉をひそめる。


「これをなぜ……ユクドール王が持っていた?もしや……」


「気をつけてください。我々は踊らされていたのかもしれません」


 その言葉にオレはゾッとした。冷や汗が出てくる。


「エイルシア王国で、この紋章を見たことがあると思ったんですよ」


 そうだ……確かにエイルシア王国のある貴族のものだ。


「調べてみる。教えてくれて助かった。関係ないといいのだが、限りなく黒に近いな」


 コンラッドはウィルバートがそう感じるならば、たぶん、そうでしょうと同意する。


 早く……早く国に帰らないと。帰って、リアンを守らないと……この蛇の紋章の相手は一筋縄ではいかない。リアンが狙われたらどうしようかと頭の中がいっぱいになる。


「陛下、落ち着いてください」


 セオドアの静かな声にハッとした。額に浮かんだ汗を拭う。


「あ……ああ。悪い」


 コンラッドも知っている貴族ゆえ、察している。オレにボタンを差し上げましょうと言い、渡す。オレの様子がおかしいことに気づいている。


「力になりたいところですが、これからユクドールの王家内もしばらくは荒れるので……ウィルバート、お互いに頑張りましょう」


「コンラッド、新しい王になるんだな。その覚悟はできてるのか?」


「もちろんです。幼い頃から、王になるために育てられてますから」


 ニッコリ笑ったコンラッドは王になることに迷いはまったくなさそうだった。すごいな……とオレは単純にそう称賛したくなる。


 オレは王になりたくなくて、ずっと逃げたかったのに……コンラッドは強い。


「ユクドール王となり、エイルシア王と対面できる時を楽しみにしてますよ」


「コンラッドとの戦はもうしたくないな」


「もう二度としたくないですよ。しかしエイルシア王国との戦はこちらも利用させてもらいましたし、石化した兵たちも帰路につき、エイルシア王国とは悪感情を持たずに済んだので、助かりました。これから他の国との信頼回復が待ち受けていると思うと憂鬱です」


 したたかに、逆境をものにしたコンラッド。玉座を奪えと、もちかけたのはこっちだった。コンラッドはずっとユクドール王の領土拡大に反対し内政の荒れ具合も把握していた。進言すれども聞き入れる王ではなかったと言う。王という座に長く君臨するとき、周囲の正しい言葉を聞き入れる度量を持ち続けることは難しい。オレも他人事ではなく、気を付けなければならないと思う。


 そしてエリックを通して、オレとコンラッドは繋がっていた。ユクドール王は気づかなかったが、ずっとやりとりをしていた。


 そしてこのタイミングを待っていた。うまくいったが、これからコンラッドはしばらく茨の道を歩くだろう。ユクドール王の尻拭いは大変だ。


 コンラッドはわかっているが、今は冗談っぽくニヤリと笑って、ふざけたようにこう言った。


「あの王妃様を相手にするのは、もう懲り懲りです」


 その言葉にオレもハハッと笑った。新たな道を歩むユクドール王の国が始まる。


 そしてオレの方は、この蛇と対峙することになるだろう。そんな予感がした。


 双頭の蛇……怖い。そして憎い。

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