カードゲームはほどほどに

 カードがテーブルに並べられている。


「あなたの負けね?」


 そう得意気に言うのは、バスク伯爵令嬢。ウェーブした黒髪に妖艶な赤い口紅をいつもつけている。


「じゃあ、あなたの一番大切な物をもらうわね」


 そんなぁと泣き出しそうなのはタイロッド男爵令嬢。

 

 ざわりとざわめく空気も読まず、特大の宝石がついたネックレスを満足気に奪うバスク伯爵令嬢。


 なぜ後宮で賭け事のようなことをしているのかと言うと事は一時間ほど遡る。


 お世話係が、皆の様子はどうか?と聞くために全員がホールに集まったのだ。大した話でもなく、私は特に話すこともないし、めんどくさいだけだった。終わって部屋へ帰ろうとした時だった。


 バスク伯爵令嬢が得意気に言い出したのだ。


「陛下はカードゲームやチェスがお好きだと聞きましたわ。どなたか、わたくしと陛下の趣味を学びませんこと?」


 初耳である。私はどうでもいいわと部屋に帰ろうとしたが、アナベルが難色を示し、私の足を止めた。


「お嬢様、なんだかおかしいと思いませんか?本当に陛下の趣味なんでしょうか?」


 さあ?と私は肩をすくめる。カードゲームやチェスの遊びは貴族たちなら、嗜み程度していることであり、みんな知っている。


 だけどこんな話、誰ものらないだろうと思った……が、意外とみんな暇らしく、部屋に帰らない。また何人かが勝負にのったのだ。


 シエラ公爵令嬢やミリー伯爵令嬢は賭け事など嫌ですわと言って、自分は勝負に参加しないくせに取り巻きの一人に『やってみなさい』と命令している。

 

 半泣きで取り巻きのなかでも下っ端らしい令嬢達が勝負に参加したが、言い出したバスク伯爵令嬢はかなり強かった。勝つたびに、どんどん、令嬢たちの物を奪う。ただの遊びにしては悪質だわ。


「他愛ないですわー」


 オホホホと高笑いするバスク伯爵令嬢。傍観者の私と目が合う。巻き込まれたくないので、咄嗟にサッ!と身を隠したが、それを弱気ととったらしい。失敗した。


「そこのあなた!してみませんこと?それとも逃げますの?」


「いえ、めんどくさいなあって……」

 

「あら?そんなこと言って、自信がないのでしょう?」


 その解釈で良いですと、私はへへっと笑ってごまかす。アナベルがお嬢様助けてあげたらどうですか……とボソッと呟く。ええええ!?怠惰を目指す私が人助け!?


「あなたがわたくしに勝てたら、他の方から貰ったものをお返しするわ。ただし、負けたら、あなたのその靴をもらうわ!裸足で部屋まで帰りなさい!」


 笑い者にするつもり?しかし適当な物しか身に着けて来ていない私の中で欲しい物はないのだろう。


「勝手ねぇ……まあ、いいわ。わかりました。私が勝ったら、皆に物を返して、後宮での賭け事は止めていただくということでいいですか?」


 さっさと終わらせよう。そろそろいつものティータイムの時間になってしまう。


「いいですわよ!」


 相当自信があるらしい。カードが配られる。先手はバスク伯爵令嬢。


 カードを捨てないようだ……私はポイッと捨てて、カードをめくる。


「運も勝負のうちですわ」


 そう言われる。3回ほど繰り返し、勝負に出たのはバスク伯爵令嬢だった。


「オープン!ジャックナイト」


 パラリとカードが並べられた。ざわめく周囲の令嬢達。勝ったわと笑うバスク伯爵令嬢。


「じゃあ、私のを………キングオブソード!」


『えっ!?』


 周囲の声がハモった。一番強い手。


「この手が、そろったところ初めてみましたわ!」


「まさか!このカードをつくれるなんて!」


 私は席を立つ。


「じゃあ、約束通りお願いします」


 さっさと自室へ帰って行く私の背後で、詐欺ですわ!と負け惜しみを言う声がした。


 その話をウィルにすると、目を丸くした。


「陛下は嗜み程度にはするけど、そんなお好きではないよ。それに後宮で賭け事なんて感心しないな」


「二度とないわよ。めんどくさいことをする人だったわ」


 私が読もうと思っている本が取れずにハシゴを持ってこようとすると、ウィルがヒョイッと取ってくれた。そしてアハハと笑う。


「リアンに敵うわけないよなぁ。僕だって昔からずーーーっと勝てない。何度も聞くけど、イカサマじゃないんだよね?」


「失礼ね。違うわよ。なぜかキングオブソードのカードのほうが仲間にしてくださーいって手元に来るのよ」


 強運すぎるよと肩をすくめるウィル。


 私は無言になる……彼はいつまで騙されてくれるのだろう?賭け事はいつも騙し合いだ。いつまでも、ボケーッとした純粋なウィルでいてちょうだいと心のなかで思ったのだった。

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