第24話 女の約束

 ジュリと思われる少女は紫色の髪を短く刈り上げていた。その瞳はレンと同じ真っ黒だった。ジュリはさっきまで肉の皮をむさぼり食べていたようで、片手には皮を持っていたが、それをゆっくりと皿の上に置いた。口元に付いている肉の破片には気づかなかったようで、白髪の少女に指摘されて指で拭った。


 「あんたは確か、レンじゃないか。カーニバルの時に会った良い男だよ」

 「カーニバルってこの間のカーニバル?」


  カノンがアルルを長椅子に座らせながらジュリに尋ねた。レンはジュリの近くに行くと、改めてまたお礼を言った。ジュリはにやにやと笑いながらレンの腕を叩いた。


 「会えたんだね。彼女がそう?」


  レンは黙ってうなずくと、ジュリの向かい側に座る白髪の少女と目が合った。少女は優しそうに会釈をした。カノンの言っていた意味が何だか一瞬だけ分かったような気がした。


 「ジュリに聞きたいことがたくさんあるんだ。その前に彼女の足を治してくるね」


  カノンの応急手当はあっという間に切れて、アルルは痛みで呻いていた。レンはアルルの足に手をやると治癒魔術をかけた。レンの手から漏れだす光は真っ黒だったが、その光はアルルの傷を癒した。

  アルルは悲鳴をあげた。足の骨がゴキゴキと音を立てて、折れていた部分が繋がった。その様子を黙って見ていた女子3人は、無事にアルルの足が動いたのを見てほっとした。


 「レンの光線は真っ黒だけど、凄い優しい魔術だね。私ももっと早くそういう魔術士に出会いたかったよ」


  ジュリが何かを懐かしむようにレンに言った。白髪の少女はレンとアルルの肩に手を置いて、テーブルの椅子に着くよう促した。いつの間にかテーブルには5つのマグカップが乗っていた。

  2人が椅子に座り、温かいお茶を飲み始めたところで、白髪の少女は簡単に自己紹介をした。


 「遠くからやってきてくれてありがとう。私はここの部の長、タンポポよ。私は名前が無くてね。この白い髪が綿毛に似ているってことからそう名付けてもらったの……まあ、私のことは良いんだ。貴方はレン、だよね?ジュリからカーニバルの時に聞いたよ。またもう一度会えてとても嬉しいよ。それで……貴方は」

 「……私はアルルです。私も、レンのことが大好きな1人なんです」


  そうアルルが答えると、3人は微笑んだりうなずいたりした。その中でジュリが少し辛そうな顔をしたことをレンは見逃さなかった。

  タンポポは久しぶりの別世界人だと言って、別世界の事についても色々と尋ねてきた。


 「私達は武器調達をしにカーニバルへ行くぐらいでね。夜の別世界しか知らないし、若い魔術士とは会話する機会なんて無いから……何でも良いよ、色んな話、話せることをたくさん聞かせてちょうだい」


  2人は色んなことを話して聞かせた。他にもチームの仲間が2人居ることを話した時、カノンが口を挟んだ。


 「その仲間2人は何で来てないんだ?寒いのが苦手か?」

 「それは……」


  アルルが答えに困ったようにレンの方を見た。レンは明るく答えた。


 「アルルと2人で過ごせる時間があまり無かったからね。それに向こうの2人もきっと2人で居たいんじゃないかと思ってさ」

 「えっあの2人ってそうなの?!」

 「……ツバサは間違いなくそうじゃないかなって俺は思ってたけど?」


  2人のやり取りを聞いて、また3人はくすくすと笑った。するとタンポポが笑いながら言った。既にタンポポのコップに入っているお茶は冷めてしまっていた。


 「面白い魔術士なのねぇ、貴方達。カノン、アルルを他の小屋の皆のところへ連れて行ってあげて。久しぶりの女の子の訪問だから、野郎共は喜んで武器をくれたりするかもしれないわ。他の小屋には私達の他に女も何人か居るわ。もっと経験豊富のね」

 「……はいよ。私が案内するよ。少しだけど外を歩くから暖かい格好をしな」


  アルルは喜んでうなずくと、カノンの後について他の小屋へ遊びに行った。タンポポの小屋には、タンポポの他にレンとジュリだけになった。タンポポは隣の小屋に用がある、と言って出ていってしまった。


 「流石、長だなぁ。私達を2人だけにしてくれたんだ、話しやすいようにさ」

 「……ジュリは本当にグレイの一族なんだよな?」

 「……早速本題かい。……そうさ、気の毒なことにね。私が元魔術士なことは知ってるだろ?私はね、別世界にいた頃、レジスタンスの一員だった。サングスターの"殺し屋グループ"に対抗する組織だ」



  夜、魔術高校のカフェテリアにて。ツバサとベティは、ルークとリッチェルを呼び出して置き手紙を見せていた。リッチェルは手紙を読んでツバサに返した後一言言った。


 「帰ってくるか分かんないねこの手紙からすると」

 「何でだよ!俺何かしたか?!」

 「まあツバサだったら何かやらかしたってこともありうるわね。意外と抜けているところあるし……」


  ベティがため息混じりに呟いた。まあ元気出せよ、とルークはツバサの肩をポンと叩いた。ツバサはずっと紅茶のティースプーンをかき回している。カップに当たるカランカランという音がカフェテリア内に響き始めた。


 「……ルークよぉ、やっぱチームに入れない?」

 「だから僕はもう団体に所属しちゃってるんだってば。それにお前アルルとレンを切るの早いな!」

 「私が入ろうか、ツバサ」


  冷めたような声でリッチェルが申し出た。ツバサは頭を振り、またティースプーンを回し始める。


 「私のこと馬鹿にしているんでしょう、アース人だって。こう見えても、1級魔法士になる為に訓練してるんだから」

 「1級魔法士?魔法も馬鹿にできないからな……俺は別にリッチェルのことを馬鹿になんかしていないよ?でも君はサークルの皇女だ。サークルの女帝はリアおばさん、すなわちアルルマザーだ。そして監視役は俺の妹。近いんだよ。わかる?色々と、近いの。今後は俺の部屋にノック無しで勝手に入ってこられちゃ困るんだよ。あの馬鹿妹みたいにな」

 「何で入っちゃダメなんだ?」


  ルークが首をかしげて尋ねると、ツバサは気取って答えた。


 「そもそもこのぐらいの歳の男の部屋に無断で入る方が頭おかしいんだよ。何されるか分かんないだろ」

 「それ一体誰に対して言ってんのか分からないんだけど。アスカ?」

 「アスカじゃねーよ。あいつは勝手に人のシャワー室借りる常識のなってない奴なんだよ!」


  自分でも何を言っているのかよく分からない。実はツバサはかなり応えていたのだ。アルルとレンの置き手紙に。レイナに言われた通り、もしかしたらチーム解散の危機なのかもしれない。それに単純にアルルとレンが相談なしに行ってしまったことが寂しくて仕方がなかった。今までのアルルからは考えられない行動だ。レンが悪い……と言いたいところだが、レンは頼りがいがあった。と、思い始めていた頃だったから尚更だ。


 「何か2人のことを考えなくても良いような事、起きれば良いのにな」

 「俺は別に、あいつらの親じゃない。そんな始終考えてないよ普段から!」

 「あらーベティにツバサじゃん。新しいお友達も?」


  聞こえるように舌打ちをしてツバサが顔を見上げると、そこにはレイナと"その他大勢(5人くらい)"が居た。ツバサはレイナのことを思いきり睨みつける。"関わってくるな"のサインだ。


 「やだー何その獣みたいな目。こっわ」

 「俺今レイナに構ってる暇ないんだよね」

 「じゃあ良いわ、構わないから。ねえベティ、レンは居ないの?」


  ルークとリッチェルはレイナ達集団から視線をそらした。ベティは少し間を置いてから淡々とレイナに答えた。


 「……レンはアルルと愛の逃避行中よ」

 「愛の逃避行……?まさか、本当に解散したの?ツバサ。あっツバサに構っちゃいけないんだった。まじで解散?ウケる」

 「さっきからいちいちだるいんだよさっさと家帰れ団体客」

 「ちょっとツバサ、最近調子乗ってんじゃないの?あんたらの方が帰りなさいよ」


  喧嘩腰のトーンになったレイナの変化に気づいたツバサはティースプーンを回す手を止めた。そして両手を顎の下に置くと、落ち着いた声でレイナに提案した。


 「レイナさ、レンとデートしたいんでしょ。じゃあ、勝負に勝ったらレンとのデート権を与えるとかどう?」

 「勝負ですって?」

 「うん。魔術バトルの勝負だよ」

 「だったら私がレイナの相手をしたいな」


  そう言ってベティは立ち上がり、レイナの前に行った。レイナは歯ぎしりをしてしぶしぶうなずいた。


 「勝負するまでも無いけど受けてあげるわ。私が勝ったらレンは貰って良いのね」

 「お好きにどうぞ。お泊まりでも何でもして良いよ。全ては勝ってからの話だけどね」

 「もしレイナが負けたら、私の言う事を聞いてもらうね」


  既にベティとレイナの間にはバチバチとライバル心が煮えたぎっていた。女は怖いよ、とルークがぼそりと呟いた。レイナ集団がカフェテリアから出ていった後、ベティは席に戻りルークとリッチェルと向き直った。


 「いやあ、恐ろしいなぁあの子もそうだけどさ」

 「ベティの逆襲だからな。レイナの時代に終止符を打ってやれ。あいつこそ真の独りぼっちってやつさ」

 「私も当日は応援しに行くよ、ベティ」


  リッチェルが少し期待するような声でベティに言うと、ベティは嬉しくなった。私はもう独りじゃない。そうベティが思った瞬間だった。


 「その日までに2人が帰ってくると良いなぁ」

 「レンを勝手に引き合いに出したから、勝たないとちょっとレンに申し訳ない。ベティだから心配ないと思うけどさ。ベティ、勝ったら俺からもご褒美あげる」

 「……ご褒美?え……う、うん。とりあえず、私頑張ってみるね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る