第22話 ふたり

「デート?」

「うん。やだ?」

「私と?」


  ベティは落ち着いた声で尋ねてきた。ベティが真面目な顔で聞いたのを見て、ツバサも思わず首をかしげた。


「うん」


  ベティの頬は少し赤くなる。ベティは俯いて恥ずかしそうにもじもじし始める。ツバサは食事を再開し、食べながら言った。


「何赤くなっちゃってんの」

「……は?!何なのあんたさっきから意味わかんないんだけど!」

「で、デート行ってくれるの?」

「デートって言い方……まあ、良いですよ」

「何で敬語……俺なんか変なこと言った?」

「言った……」

「なんて言ってた?」


  ベティは質問に答えず、黙って食べ始めた。無自覚なのか、この男は。自分はからかわれているのか何なのかよく分からないが、とりあえず恥ずかしい。仕方なく2人は店を出て、学校付近のカフェへ入った。ちゃんと2人で向き合って話したことは今までに一度も無かった。そこで個人的に気になっていたことを、ベティは直球で問うてみた。


「ツバサ、ってさぁ」

「おう」

「好きな人とか、居たの?」

「ベティは?」

「質問に質問で返すのずるいよ。私は、まあそもそも友達も少ないし、いたかどうかよく分かんないけど」

「友達が少ないことと、好きな人の有無は関係ないよ」

「……それとなく話そらさないで!」

「うーん」


  ツバサはわざとらしい声を出して、考えるふりをして見せた。好きな人と言われてツバサは変なことを思い出していた。


 "ツバサやめて!何でこんなことするの?どうかしてるよ……ツバサなんか、大嫌い……帰ってよ"


  アルルの髪は乱れて、洋服は破れていた。そう確か、アルルからレンの話を始めて聞いた時だ。ツバサは気持ちを押さえきれずにアルルを押し倒した。アルルの首筋に唇を近づけた時、しっかりと名前を呼ばれて我を取り戻したのだ。その時ツバサは何を考えたのか、泣く泣くアルルに向かって記憶を消す魔術をかけた。自分の記憶も消そうと何度も思った。でも、そうしたらまた同じことをして、またアルルを傷つけることになるかもしれない。それだけは嫌だ。

 その1件から、別世界で色々な出会いの場に顔を出して、半分気を紛らわせるために色んな人と出会った。今では顔すらあまり覚えていないが、少しの間付き合っていた人も居た。


  "あんたって私の事別に好きじゃないんでしょ"


 彼女にそう言われても、不思議と悲しくも何ともなかった。濡れた髪を魔術で乾かしながら、彼女はまた口を開く。


 "ま、私も好きなのはあなたの顔だけなんだけどね。もう会うのやめよ"


 顔だけって酷いなあ、俺は君のこと好きだったよ、と苦笑して答える。何も心が動かない言葉だった。でも、これからは唯一の幼なじみが別世界の学校にやってくる。もう1人でいる必要は無くなるのだ。

  アルルがやってくる少し前、ツバサは学校である光景を目にした。

 正論で突っかかる少女、それに反発する少女。今まで出会ってきた人達より、ずっと地味な少女だった。だというのに、今でもその子が反発して叫んだ言葉が忘れられない。


 "私だって、なりたくて魔術士になったんじゃない!"


 その子は走っていった。なんて真っ直ぐな言葉なんだろう、と思った。強く共感したからなのか、心臓がきゅっと痛くなった。ツバサはずっとその子に声をかけることができなかった。あんなに簡単に他の女性には声をかけられたのに、その子にだけは何て声をかけたら良いのかずっと分からなかった。

  どこか一点を見つめてぼーっとしているツバサに、ベティは声をかけた。


「どうしたの?」

「……いや、何か変なことを思い出しただけ」

「変なこと?」

「うんー。ベティには内緒ー」


  自分でもびっくりするくらいベティの心臓はバクバクとしていた。ツバサは正直誤魔化すのが下手である。何かを隠していることはすぐに分かった。そして、それが"好きな人"に関することだということも。狩人事件の朝方のことは、もう忘れてしまおうと思った。

  ツバサがふとローブのポケットに手を触れると、記憶のないものが手に当たった。取り出すと、それは一通の手紙だった。


「えーっと……しばらく二人で旅に出ます。探さないでください。レン・アルル……何だこれはーーーぁぁぁ!!」

「探さないでください?!家出?!」


  ベティも身を乗り出して手紙を覗き込んだ。そこには丁寧な字体で簡潔な文が書かれていた。


「駆け落ち?」

「まじかよ……しばらく俺達2人だけってことじゃん……依頼も2人で行くことになるのか」

「でもあの2人って結構冷静だし感は鋭いし戦力になるし頼りがいあったから残念ね」

「そんなに俺って頼りない?!」


  何故急にアルルとレンが旅に行ったのかなんて、2人は知る由もなかった。

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