坂巻羽菜の現世での最期

「こんなん終わるはずねぇっす!!」


 坂巻羽菜は自分のデスクに突っ伏していた。


 部長から任された仕事は羽菜が一人では到底終わらない案件であり、現実問題ここ一ヶ月間は家に帰れてもシャワーを浴びてすぐに会社に戻るを繰り返す日々を送っていた。


「いじめっすよ! い・じ・め!」


 部長からの扱いが悪くなったのは入社1週間が過ぎた頃に「飲みに行かない」と誘われた直後「おっさんとは行きたくないっすね!」と本音をど直球で叩き込んだのが原因なのだが羽菜は全く気がついていない。


 同僚の女性達からは称賛を浴びたが、部長からの対応は日に日に酷くなる一方であった。


「仕事辞めたいっす……でも辞めたら生活が……」


 羽菜には家族がいない。


 いや、いなくなったと言った方が正しい。


 高校生の時にいつものように家へ帰ると一通の置き手紙が置いてあった。


『会社が倒産し多額の負債ができた。私達は遠くへと逃げるので羽菜もこれからは自由に生きろ』


 最初に考えたのは「今晩の晩飯どうするっすか!」だったが置き手紙の隣に少額ではあるがお金が置いてあったので近くにあったセルフのうどん屋で釜玉うどんを食べてその日はそのまま寝た。


 次の日から強面な人達が家に来たりしたが家の権利者の父親がいないので両親が見つかるまで、そのまま家に住んで良いことにはなったのだが、毎月決まった金額を支払う事を約束された。


 それまでしていた部活を辞め、明け方と夜にアルバイト漬けの日々を送り支払いを行い、どうにか高校を卒業して今の会社に就職したのだが、現状は今である。


「我が人生、いいことないっすねぇ……」


 回らない頭で本日20本目のハイエネルギードリンクと縦横無尽打破を二本一気飲みした時に体に強い違和感を感じた。


「いででででででっす!」


 今までに感じたことのない身体の痛み。

 どこが痛いのか、なんで痛いのか全く検討のつかない。

 頭が。心臓が。腹が。足が。つま先が。


「うぅ……」


 身体に力が入らなくなってゆく。

 デスクにもたれ掛かった身体から力が抜けていき、デスクチェアが滑り身体が床に放り出される。

 不思議と今までの身体の痛みが遠ざかっていくように感じた。

 薄く睡魔にも似た物が身体全体に覆いかぶさっているようだ。

 まるで……上から布団を掛けられたような感覚。

 羽菜はゆっくりと目を閉じる。


「あぁ……これで……ゆっくり……寝られるっ……す……ね」


 そのまま坂巻羽菜の現世での人生は幕を閉じた。

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