第2話 ドアを隔てた先に

 目が覚めたら知らない場所にいました。この世の終わりです。

 

 ベッドに転がっていたので、誰かが見つけて病院に運び込まれたのだと思いましたが天井からして違うようです。

 

 木造ですし、梁が剥き出しですし、もしかすると山の近所の民家とかなのかもしれません。

 

 親切なおじいさんかおばあさんが助けてくれたとか。

 

 そう思いましたが、起き上がって窓の外を見ると全く知らない所に居ることがハッキリとわかりました。

 

 ファンタジーゲームに出てきそうな可愛い街並みが見えます。

 

 角度的に僕が居るのは2階のようですが、見える限り全ての建物は1階建てです。

 

 町娘とか言われるキャラが着ていそうなワンピースや、騎士とかが着ていそうな鎧を着た人、軍服の人なんかも居ますし、魔法使い風な人も居ます。

 

 ここは、どこなんでしょうか。

 

 困惑する僕をよそに、下の階から楽しげな話し声が聞こえてきます。

 

 断片的に聞こえてくる単語は、都合の良い勘違いでなければ日本語です。

 

 人が居るなら、目が覚めたと声をかけるべきでしょうか。

 

 それとも大人しくじっとしているべきでしょうか。

 

 迷っているとドアが開きました。

 

 入ってきたのはクリーム色の髪、ピンクの目の女の子と、同じ髪の色、赤い目の男の人が1人ずつ。

 

 女の子は柔らかい三つ編みを2つ肩にかけています。

 

 男の人は長い前髪を軽く右目にかけ、後ろ髪をひとつまとめに。

 

 2人とも作り物のように美しく儚い顔立ちですし、黒い軍服のような服を着ているので物語から飛び出してきたような印象を受けます。

 

「おっ、目が覚めたんだな」

 

 儚い顔に見合わないチャラけた言葉が男の人の口から飛び出てきました。

 

「あ……はい」

 

 ギャップがすごくて脳が一瞬処理を拒み、反応がかなり遅れてしまいました。

 

「良かった良かった。ルネが連れて来た時は叩いても揺すっても反応しなかったもんだからさ、心配してたんだよ」

 

 ルネ、という言葉に反応して女の子が小さく礼をしました。

 

 ルネさんとチャラ男さんが近付いてきて、僕は気付きます。

 

 ルネさんの関節が、球体関節人形のそれでした。

 

 球体関節人形というのはその名の通り関節が球体になっていて、自在なポーズをとらせることが可能な人形です。

 

 好きな人は好きで、ウィッグや衣装、本体等をコレクションしたりするようなものです。

 

 説明としてはざっくりしすぎかもしれませんが、球体関節人形を含むドールと言われる存在を所有している人をドールオーナーと言ったりします。

 

 榊さんもそうですし、かくいう僕もドールオーナーです。

 

 ですが、さすがに自力で動く球体関節人形ドールは見た事が有りません。

 

「……大丈夫か? 顔色悪いぜ?」

 

 チャラ男さんが心配そうな顔をして、ルネさんが僕の顔を覗き込むような仕草をします。

 

 ルネさんの顔は、ドールらしい無機質な、そして繊細な作り物の顔でした。

 

 チャラ男さんも確かに作り物のような顔をしていますが、作り物ではありません。

 

「……なるほど。兄ちゃん、よそから来たんだな」

 

 なにかに納得した様子でチャラ男さんが頷きました。

 

「俺はアンリ・プティ。色々説明してやるから、兄ちゃんの名前だけ教えてくれないか?」

 

 僕はモサくて野暮ったい陰キャですが、良い人か悪い人か、見る目は有ると自負しています。

 

 アンリさんらチャラいですが、良い人です。だってほら、こんなにも人の良い笑顔を浮かべてます。

 

「僕は、古郡 大和ふるごおり だいやです。えっと……大和が名前で……古郡が苗字……」

 

「ダイヤか! よろしくな」

 

 笑顔で差し出される手を握ると、勢いよくブンブンと振られました。

 

 顔だけ見たら儚げで、王子様とかそういう雰囲気なのに。顔と性格があまりにも違います。

 

「うしっ、まずは俺の店の紹介をしよう。俺の店っつーか、俺の家の1階を貸してるだけだけどな」

 

 豪快に笑うアンリさん。顔と性格が違うんだと早く割り切らないと、ずっと混乱し続ける事になりそうです。

 

「ダイヤと同い歳くらいのよそから来た姉ちゃんが開いたドールショップなんだ。『揺るがないモコ』っつー、この辺のヤツらは誰でも知ってる店なんだぜ」

 

 わざわざ馬車を走らせて来るような客も居るんだ、と自慢げに話しているアンリさんですが、僕の心はそれどころじゃ有りません。

 

 なぜって、皆さん、好きな人の苗字について調べたりしますか? 僕は調べました。

 

 たまたまテレビで「さかき」という苗字のルーツを紹介していたので、そのついでに。

 

 榊という木の花言葉には「揺るがない」が含まれています。

 

 僕と同じくで、くらいで、って、それは——

 

「あの!」

 

「それでルネも見ての通り……なんだ? そんな顔して、ルネはやらんぞ?」

 

 どうやらルネさんの自慢をしていたようで、話を遮ってしまいとても申し訳ないですが、そんなの些細なことです。

 

「その、よそから来た方というのは榊 望心さかき もこさんですか?」

 

 アンリさんが驚いた顔をしています。

 

 この顔は、やっぱり!

 

「ダイヤお前、モコの知り合いか!」

 

 大きく何度も頷くと、アンリさんは納得したように笑いました。

 

「ダイヤって名前、聞いた事あると思ったんだよ」

 

 榊さんが僕の話をするとは思えないので、それは社交辞令的なソレだと思いますが、もし話に出ていたとしたら嬉しいです。

 

「ちょっと待ってろ、ルネのパーツが完成したら上がってくるはずだから」

 

「パーツ……? あっ! そうですよ、ルネさん……は、なんで動いてるんですか? ここ、どこですか? パーツってなんですか?」

 

「おいおい一気に聞くな、ちゃんと説明してやるから」

 

「あっ、すみません」


「順を追って説明しよう。……っと、その前に」

 

 ドアがノックされました。続いて声が。

 

「アンリ、ここに居るの? パーツできたよ」

 

 間違えるはずがありません、この声は榊さんです。

 

 ドアを隔てた先に、榊さんが居るみたいです。

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