閑話:北方侵攻③


ラカニシュが封印されていた祠は、丁度旧オルド王国の王都から北西に徒歩で数日程度の距離にある台地に鎮座していた。


自然に囲まれた清閑な地だ。

地脈が毛細血管の様に巡っており、封印術に恒久的な燃料補給を行っている。


どういった術体系にも封印術式のようなモノは存在するが、その殆どは一端封印を施せば半永久的に機能し得るという様な事は無い。


“燃料”を燃やし続けて封印が機能しているのだ。

よって燃料が切れれば通常は封印が解ける。


しかし、地脈を利用すれば人類の基準では半永久と称する事が出来る程度には長く封じる事が出来た。


その地がいまや異形の魔獣、下級魔族兵、そしてそれらを率いる魔将によって包囲されていた。


なぜなら転移門がこの地に開いたからである。

魔族侵攻の際の転移門と言うのは自由にどこにでも開けるというわけではない。

魔王の魔力をもってしてもそれは不可能である。


ならばどうするかといえば、外部の魔力を利用すれば良いのだ。

例えば地脈が集まる地だとか。


魔族が各地の力在る地神を滅ぼそうとするのは、それが潜在的な敵性存在である以上に、そういった存在は大体その地の地脈の中心に陣取っていて邪魔だから、という点が大きい。よって魔族の転移門は大体こういった力ある存在が眠る地、あるいは眠っていた地に開かれる。


ちなみに魔将とは魔族の支配階級、貴族階級である。

その魔将も大別すれば二種に分けられるが、この地を侵攻したのはその下位の者となる。

魔族と一口に言ってもピンキリだ。

魔族兵も魔族には違いないが、魔将と比較するのは余りにもおこがましい。


魔将ヒルダリア


第一次人魔大戦時、黒金級冒険者『禍剣』シド・デインによって葬られた歴戦の魔将オルトリンデの妹にあたる。

魔将とはその魔力の強大さゆえに外見にも禍々しさが表出するものだが、ヒルダリアはそういった面々とはやや異なっていた。


人類の美的感覚からみてもその外見は美しい。


白銀の長髪は一本一本がまるで針金の様に強靭でありながら、麗しさと瑞々しさを一切失っていないように見えた。

細い相貌の二つの瞳の色は鮮烈な氷蒼色をしているが、その色からは寒々しさや冷徹さではなく凛とした意思の強さ、清廉さを感じさせられる。



「力在る存在が封じられているとは思っていたがよもや我等の側に属する存在だとはな。神でもなければ人でもない。ならば魔である。であるならばいざ、我等の元に参るが良い」


ヒルダリアはその提案が当然受け入れられるものと思っていた。

その返礼は独言だ。


ラカニシュは骨と化した両の手を上に掲げ、天にますます何者かに言葉を紡いでいた。



――生きとし、生ける…者。みな痛苦に耐えかね、ただ死を待つ、のみ

――嗚呼、神よ

――吾等、はただ、苦しむ為に生まれて、来たのでせうか



それを聞いたヒルダリアはその端整な顔を顰め、眼前の人骨の如き魔人とは対話が出来ない事を悟った。

独言はなおも続く。


――天に、まします、我らが神、よ

――なぜ、吾等をこの、残酷な世界に創り出し給ふた、か


その瞬間ヒルダリアは声を張り上げ、配下の者達に警戒の檄を発した。

「飛べ!」


――救い、在れ


ラカニシュはまるで祈りを捧げるかのように掲げていた両手を一息に振り下ろした。

同時に2メトルはあろうかという骨の槍が地中より広範囲に突きだされ、反応が遅れた魔族や魔獣を貫き殺す。


いや………


「糞ッ!貴様、やってくれたな!よくも我の配下、を…?」

ヒルダリアは骨の槍に貫かれた者達を見ると違和感に気付いた。


――死んで、いない…?


そう、ヒルダリアの部下達は死んでいない。

生きているのだ。

ただし、二度とは醒めぬ夢幻の内に。


ヒルダリアの部下達は全身を骨の槍で貫かれながらも、陶酔の表情を浮かべながら生きていた。

ラカニシュの手により、彼等は苦痛に塗れる人生…いや、魔生から解放されたのだ。

彼等はもはや人生の最期に待ち受ける忌まわしい死を恐れる必要はない。

この地で永遠に生きていく。


ヒルダリアはラカニシュの所業に強烈な生理的嫌悪感を覚えた。

魔族といえども生物である事には変わりはない。

生物としての本能が、ラカニシュをおぞましき邪悪として忌避しているのだ。


「……貴様は、敵の様だ。魔族だけの敵ではない。私は貴様をこの世界に生きる全ての者の敵と見る」


ヒルダリアの氷蒼色の瞳の奥に冷たい炎が灯る。



腐臭が鼻をつく。


連盟術師ポーは鼻を擦りあげた。


(余程僕と相容れない者がいるのでしょう。想像はつきますが。この地に眠る彼を起こすとは、何という愚行。しかし、我等連盟の負債でもある。僕がこの地を訪れた事にも意味があるのでしょうね)


ポーは宿屋で荷物をまとめた。

“アレ”を相手にするのならば準備が必要だ。


そして自室を出た所で、雇い主…行商のビッタンと鉢合わせた。

ポーは道中でビッタンと出会い、護衛を頼まれて行動を共にしていたのだ。


「おい、ポー!あの黒い雲はなんだってんだ!?って…その荷物はなんだ!?どこにいこうってんだ!?」


「ビッタンさん、命が惜しければ宿を出ない事です。そして僕は行きます。僕は連盟員としては新参ですが、そんな事は関係ない。僕の魂を救ってくれた人が作った小さな家族、それが連盟です。家族殺しをしたならば報いを受けさせなければならない。なにより、報われぬ魂の声が聞こえるのです…不幸が僕を呼んでいる。僕はそれを集めるために旅をしているのですよ。ふ、ふふふ。何の事か分かりませんか?まあ分からないほうが幸せでしょう。それでは」


ビッタンはしばし唖然とし、去っていくポーの背中を見つめていた。

宿から出て行ったポーを見送った彼は、顎に手をあて、何事かを思案する。

そして眉を顰め、外をちらっと見て…宿に閉じこもった。


ビッタンは若かりし頃、冒険者として活動した事がある。

行商などという仕事をやるものは大抵が若い頃その手の仕事をした事がある。

でなければこの殺伐大陸で行商などは勤まらないからだ。


かつてそこそこ有能な斥候であったビッタンの生存本能は、ポーの言を軽んじてはならないと警鐘をカラカラと鳴らしていた。

これが現役時代であるならばその警鐘はガンガンと大きな音を立てていたのだろうが。

ともあれ、勘が鈍ったとはいえ、ビッタンは己の警鐘の音に従う事にした。



ヌラは冒険者ギルドに向かっていた。

変事が起きているのは明らかで、ギルドが何か対応をしているだろうと考えたからだ。

ヌラは元金等級冒険者ではあり、既に冒険者稼業からは足を洗っているものの、まだ繋ぎは残してある。


ギルドは案の定混乱の坩堝であった。

というより術師連中の狼狽が酷い。

魔力を感知する事に長けた彼等はすっかり怯えてしまっている。

なんでもとんでもなく不吉な、おぞましい、邪悪極まる何かの魔力が流れてくるのだそうだ。


――アレに関係あるのだろうな


ヌラは醒めた思考で考える。

封印の地に何が眠っているか、それはヌラも話としては聞いている。

あの黒雲がその封印されていたものなのか、それともまた別口なのかは分からないが、いずれにしても剣呑なモノが起きてしまったのだろう。


ギルドをぐるりと見回す。

見知った顔がいくつかあった。


「あ、ヌラさん!」

「やあ。ヌラ。冒険者に戻る気になったか?」


その時、背後からヌラの名を呼ぶ女性の声がした。

声は二つ。

いいえ、と答えヌラは振り向いた。



―――――――


シドは別作曇らせ剣士を参照です。

メメントモリとも連動させていってます、よろです

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