アシャラ①
■
アシャラ都市国家連合。
大森林に面した自然豊かな都市国家群の総称だ。
アシャラとは都市国家群が存在する地域全体を指す。
かつてアシャートというエルフの男性がこの地域の森を切り開き、農地や牧草地を広げていったとされていることによる。
都市国家群全体で農業技術が非常に発達しており、食料自給率は非常に高い水準にある。
また工業面でも発展している。
中核となる都市国家は、そのまま地域の名を冠したアシャラ。
アシャラ都市国家連合と一言でまとめた場合、通常はこの都市国家アシャラを意味する。
大森林は自然の恵みが豊富でまだまだ発見されていない様な新種の植物等も多く生育しているだろう。
ただし、大森林に気軽に足を踏み入れてはならない。
危険な野生動物、毒虫の類、はては魔獣といった存在もいるのだから。
もしどうしても興味があるというのなら、現地でガイドを雇うべきだろう。
…と、そんな事を俺は目の前の老夫婦へ話していた。
馬車の同乗者である。
今は移動中だ。
屋根付きで大きく、居住性は高い。
金に物を言わせて乗車したのだ。
彼等はアシャラに住む孫に会いに行くらしい。
「よくご存知なのですね、学者様ですか?」
奥方が質問してくる。
はて…?学者…確かに術者とは学者の側面もある気がするのだが…似ている様でいてそうでもない様な。
いや、やはり違うな。
「どちらかと言うと哲学者に近いでしょう。ところで虫除けは持っていますか?」
俺が聞くと、老夫婦は素っ頓狂な表情を浮かべた。
「アシャラは大森林に面していると言いますか、大森林に埋もれていると言いますか…兎に角自然が豊富過ぎるのです。従って、虫の類もかなり多いのです。これからの時期は段々暑くなって来ますから虫除けは持っておかないと、翌朝起きた時には虫刺されで全身真っ赤という事にもなりかねません。勿論都市内でも購入は出来るでしょうが、余所者には高額で売りつける者も多いですよ。もし宜しければ銅貨15枚程でお譲り致しますが?薬の類ではありません。虫除けの呪を掛けてある硬貨です。というのも少々術を嗜んでおりまして…」
俺がそう言うと、老夫婦は悩んでいる様子だった。
当たり前だろう。自分でも詐欺師にしか聞こえない。
一応聞いて見ただけだ。
「それは…本当に効果があるのでしょうか…?」
主人の方が聞いてくる。
勿論ある。
ただし証明がし辛い。
なぜなら効果が出ている内は虫が寄って来ないからだ。
俺がそれを伝えると、確かに、と夫婦2人で笑い合っていた。
やがて、うん、と頷き合うと主人が口を開いた。
「では買いましょう。都市の事を教えて下さいましたし、そのお礼の意味も込めて、銅貨20枚ではどうですか?」
いつかの商人とどうしても比較してしまうな。
アレは冒険者が1人殺されるまで金を出そうとはしなかった…
ああ、勿論今回の件については商談成立だ。
俺は銅貨を1枚ずつ老夫婦へ握らせた。
「元々術は掛けておりますが、折角ですので掛けなおしましょう。ええ、その銅貨を掌に置いて、そうです。広げて下さい」
手帳から絹鈴菊を押してあるページを開く。
絹鈴菊は小さい紫色の花だ。
乾燥させていなければ葉全体から目が覚めるような爽やかな香りを放つ。花の方はやや癖があるが…。
「あら、かわいらしい」
奥方には気に入って貰えた様だ。
絹鈴菊の押し花を彼等の手の平の硬貨の上へ添える。
そして人差し指と中指を当て…
━━小さき鬼よ、枯れ果て落ちよ
すると、ぽろりぽろりと紫の小さく丸い花弁が落ちていく。
その色は茶褐色に変色しており、術が正しく機能した事を示していた。
「あらあら…まあ…」
「おお…うむむ…」
旅を慰める余興にはなったか?
この術には虫除けの他にもちょっとした副次的効果がある。
それは所持者に対して小さい危害を為そうとする者の運が少しだけ悪くなるというものだ。
勿論、術の適用範囲を超える危害には効果が無い。
小さい危害とは、例えるなら…買い物の時、釣り銭をごまかそうとした相手の体調が少し悪くなるとかだろうか…。
余りにも微妙かもしれないが、道端で摘んだ花を乾燥させただけの触媒ならそんなものである。
それに虫除けにはきちんとした効果を発揮するので問題は無いはず。
絹鈴菊。
花言葉は「悪を遠ざける」。
「効果は大体1カ月です。銅貨を香ってみてください。清涼感のある香りがしませんか?その香りがしなくなれば効果切れです」
「ありがとうございます、学者様。大切にしますね」
俺は浅く頷くに留めた。
学者ではないからだ。
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アシャラへのクッション回
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