第5話

??「イテテテテ」








モーガン「ごめんなさい。大丈夫・・・って、姉さん?!」


ネリー「モーガン!?」




二人の目が合った途端に、モーガンは勢いよく抱きつかれ、そのまま背中を地面に打ちつけて顔をしかめた。ネリーのこげ茶色の髪が耳から流れ落ち、二人の横顔を隠した。驚きと痛みに目をぱちくりさせている間にほっぺを両手で挟まれ、ずいっと瞳を覗き込まれる。

その距離、わずか10センチ。



ネリー「モーガン! いったい今の今までどこに行ってたの?!  全然連絡つかないし、家にも帰ってこないじゃない!! もう、心配したんだから!」



耳をつんざくような大音量。再会の喜びも束の間、モーガンはたまらず上にのしかかってくる肩を押し離した。手をついて身を起こし、己とほとんど瓜二つの顔と向き合う。





モーガン「姉さん、久しぶり。ごめん、いま仕事でちょっと忙しいから、今度またゆっくり話そうね」





ネリー「む〜、そんなのないでしょう? パパもママも、またあぶない目にあってるんじゃないかって、不安がってたんだから。ほら、このまえも、獣人の反乱でケガしたって聞いてから、それ以来ずっと・・・」




モーガン「うん、分かった、分かったから。私も話したいのは山々だけど、仕事とかいろいろ忙しくて・・・」





ネリー「そういって! ずぅ〜と家にも帰ってこないじゃない。今日だってそうよ、いったい今までどこに行ってたの?! また危ない仕事してるんじゃないの?! 」





どうしよう。このままじゃこのネリーは両親とピンク色と家族と最近の話題とファッションとピンク色について喋り出し、で絶対に離してはくれなくなる。こちらは届けなければならない重要な情報がある。一国の運命と個人の事情。優先すべきがどちらかは火を見るよりも明らかだ。

モーガンはいつもの様に少し困った顔で笑顔を作った。





モーガン「姉さん、ごめんね。でも、仕事だから」






モーガンは、ネリーの着ている制服に目を向ける。白を基調とした青いラインの入ったベスト、ピンクのフリルのついたスカート、ピンクのブレスレット、ピンクの髪留め、ピンクの靴下、そしてこれまたピンクの手提げカバン。(何故そんなにピンクが好きなの? ピンクって大腸菌の色でしょ?)軍人として働いているモーガンとは違い、ネリーは今大学院生だ。決戦が終わった今、軍人かマフィアにでもならない限り、血腥い環境にいることはない。



もともと、軍に入るのは家族からも反対されていた。姉のネリーは殊に、“決戦”が終わってようやく取り戻した家族の時間を手放してしまうのを嫌がっていた。

だから


 



ネリー「あのねモーガン、もうわたしたちもう戦わなくていいんだよ。今までに失くした分を、これから一緒に取り戻したいの。だからお願い、帰ってきて、モーガン」





私の仕事の事となるとネリーが必ず“決戦”や家族の話を持ち出すのも、毎度のことだった。それはモーガンが最も触れられたくない類のものだった。




ネリー「大学ここなら、モーガンの知り合いも大勢通ってるし、“決戦”で生き残ったひとも今は辛くて悲しい過去を乗り越えて、みんなもう前を向いてる。モーガンも昔のことは忘れて、そろそろちゃんとしよう? みんなもう自由なんだよ?!」




モーガン(昔のことは忘れて?)


自分と瓜二つの顔で真剣に見つめられ、詰め寄られるのだ。モーガンはまるで自分自身にそう言われているかのような錯覚に陥り、気まずくなる。

それと同時に、過去の禍々しい記憶が蘇ってきて、眉間に深いしわを寄せる。









昔のことは忘れろ? 











乗り越えて前を向け?



















何も知らないくせに。








そう思って、ハッとした。思わず開きかけた口を閉じる。まさか口に出してしまったかと、ネリーの顔をうかがう。双子の姉はじっとモーガンの返答を待っている。よかった、言っていなかったみたいだ。

一瞬湧き起こった怒りでネリーを深く傷つけてしまいそうになった自分に、今度は憤った。そのまま自己嫌悪に陥りそうになる。

けれど、今は状況が状況だ。押し問答に時間を空費している余裕はない。ここは一歩、こちらが譲歩すべきだ。





モーガン「わかった。ちゃんと時間を見つけて家には帰る、必ず。けど、今は仕事が優先。こっちを片付けたらゆっくり話そうね?」




ネリーは暫くブツブツと小言を言っていたが、やがて顔を上げて、うなずいた。モーガンはありがとうの代わりにネリーの頬にキスをすると、立ち上がってショートカットを揺らしながら走り出した。




ネリー「気を付けてね!」



モーガン「姉さんも!」


















走り去るモーガンの背を見送るネリーに一人の人影が近づく。

ネリーの数は手前まで近づくと、声をかける。




???「やあ、ネリー君。どうかしたのかね」




ネリー「あっ、ルーキス学長。今、モーガンに会ったんです」




ルーキス・オールドマン。この数百年続く魔法大学の学長を務める男だ。

顔のシワ、特に眉間は刻み込まれたように深く、日に光る銀髪と髭。黒いローブなどそれら全てが彼の威厳を十二分に表していた。




ルーキス「なんと、そうか。行方知らずだったと聞いていたが、無事だったのか」





ネリー「はい! わたしも久しぶりに会えて嬉しかったです」





ルーキス「そうかそうか、それは良かった。君たち2人は大学始まって以来の逸材。無事生きて戻ってきてくれて私も嬉しいよ」





ネリー「はい、でも今は忙しいみたいで、またすぐに仕事に行っちゃいましたけど・・・・・・」






ルーキス「そうか、それは残念だな」




ルーキス「・・・・・・」





ルーキス(まさか生き延びていたとは、一応、想定はしていたが、これでは計画に支障が出てしまうか? ・・・・・・いや、引き続き利用させてもらおう)


ルーキスはニヤリと笑みを零した。去ったモーガンを見送るネリーがそれに気づくことはなかった。



















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