第4話「おいルーキー。少しは落ち着け」

「モカロの町が見えてきましたよ」


「おお、やっぱ馬車だとはええな」


「徒歩だとあと1日はかかったな、兄貴」


「あんたも、拾ってくれてありがとな」


「いえ、おかげで命拾いしましたから」



時刻は間もなく夕暮れといった頃合。

街道……といっても土を踏み固めた荒い道だが、幌馬車がガタガタと車輪を鳴らしながらゆったりと走る。


異様なのは、馬車の外側に複数つるされた、軽く血抜きされたブラックドッグの死体。そして荷台の荷物の隙間に腰を下ろす、どう見ても山賊か野盗にしか見えない強面の男。


この時間であれば、荷下ろしした上で宿を取り酒場に行けそうだと思い巡らせる行商人だったが、一つ勘忘れていることがある。アニー、オットーの人となりを知ったため普通に接しているが、その強面が、初見の人間にどう見えるか。



「そこの馬車、止まれ!」



町の門兵、少年と呼ぶに近い若い男と大柄な男が焦った様子で幌馬車を止めた。



「ああ、あんたか。時間、いつもより遅いですね。それにそれ」



門兵が、幌の外側に吊るされた数匹のブラックドッグの死体を眺め、若い方の兵士が確かめるように槍でつつく。



「ええ、道中こいつらブラックドッグの群れに襲われまして」


「うへぇ、最近界隈で暴れまわってる討伐対象じゃん。よく無事でしたね」


「ええ、乗り合いのハンターさんが倒してくださって。命拾いしました」


「あんた、運がいいぜ。のギルドに緊急討伐依頼を出すかって、話をしてたところだぜ。この3匹はそのハンターが?」


「はい。実は他にも。あと中型種の死体も……」



そう言いかけたとき、荷車が揺れ人が下りてくる。そして現れたのは、ハゲ頭に鋲や棘のついた肩当に革ジャンの、どう見ても山賊か盗賊にしか見えない悪人面が二人。



「お前ら、武器を置いて膝をつけ!」



少年に見えた兵士が表情を変え、槍を構えた。もう一人の大柄な兵士もそれに続く。



「なんだァ?」


「ご挨拶だな、おい」


「早く武器を置け! お前ら、最近暴れまわってる盗賊団だな。行商人、まさかあんたグルだったのか!」


「ひぃっ」



唾を飛ばす兵士。そうこうしていると、声を聞きつけたか仲間がやってくる。



「どうした!」


「兵長! こいつら」


「お前ら、盗賊団か!」


「いえ、このお二人は、あの……」


「兵長、このブラックドックの死体……きっとこれで気を引いて俺たちを襲うつもりです」


「なるほど、ということは他に仲間もいるな。まずはこいつらを捉えろ!」


「オス!」



武器を手にアニーとオットー、そして行商人を囲む兵士。



「早く武器を置け!」


「ピーチクうるせぇな」



言いつつ、アニーが武器を置こうと大剣の柄に手をかける。



「うわあああ!」


「おい、やめろ!」



それを見て焦ったか、若い兵士が兵長の静止も聞かずに槍を突き出してしまう。しかしアニーはそれを見て動じるでもなく、その穂先を、なんてこともないかのように器用に掴み取った。



「おいルーキー。少しは落ち着け」



アニーがニヤリと下卑た笑みを浮かべる。新入りの兵士は焦って槍を引き抜こうと力を入れるが、穂先を掴まれビクともしない。



「おい貴様、その手を放せ!」


「兵長さんよ、あんたも落ち着きな。ちょっと遊んだだけさ」



急に手を放され、しりもちをつく少年。盗賊面の兄弟は顔を見合わせると、武器を地面に置き手を挙げた。



「なんだか面倒なことになったな、兄貴」


「いっそ全員ぶん殴って逃げるか」


「それじゃ、本物のお尋ね者じゃんよ」


「訪ねてきたってのにな。ガハハハハ」



笑いあう二人に、警戒を強める兵士たち。一方御者は、震えながら女の兵士に対し必死に弁解を繰り返していた。



「話は取調室で聞く。おい、連行するぞ」


「そんなぁ……」



弱弱しく漏らす行商人と、慣れた様子のアニーとオットーは、兵士に囲まれ連行された。



 ◇ ◇ ◇



「正直に言え!」


「だからよう、俺たちゃただ帰省しただけだっての」


「それにこの通行証もだ! 貴様らのような盗賊がベルクカーラ王の印が押されている証書など、持ってるわけなかろう! 王印の偽造など、死刑ものだ」


「本物だって言ってるだろ」


「ちゃんとしたルートでもらってんだよ」


「王侯貴族じゃあるまいし、そんなルートあるわけがない。バカにしてんのか!」


「バカにはしてるが、本当だ」


「きさま……ッ!」



顔を真っ赤にした兵長がテーブルを叩く。気の弱い行商人は震えあがるが、アニーとオットーは肩をすくめるだけだ。だがここで同席していた兵士の一人がおずおずと口を開く。



「あの、兵長、本当にこいつら、盗賊ですか?」



無口だった大柄な兵士が、ここにきて口を開く。



「なんだ!」


「いえ、別に、こいつら、なにをしたでもないので」


「なにかをしてからじゃ遅いだろう。貴様は責任を取れるのか? 」


「……」


「盗賊団の壊滅は、ルーツネル男爵領の重要事項だ! せっかく尻尾を捕まえたんだ。この俺がアジトを見つけてみせる! 」



口に泡する兵長。そこに冷静さは無い。



(せっかくのチャンスだ。どうにかここで手柄を掴んで、本部に返り咲いてこんな田舎おさらばだ)



彼の頭の中は出世のことでいっぱいで、アニーとオットーを盗賊団と決めつけている。



(兄貴、これ本当に殴って逃げた方がいいかも)


(ああ。もうちょっと様子を見るぞ。なんかオモシレーしな)


(グヘッ、兄貴も人が悪いぜ)



オットーよ、悪いのはお前らの面構えだ。


それはともかく、思惑の透ける兵長の横暴を、アニーとオットーはニヤついた笑みを浮かべ見守っていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――

《あとがき》

4話連続投稿 第4話でした。また明日投稿させていただきます。


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