#10 ぐちゃぐちゃ

バスを見ると未だに昨日の騒動を思い出す俺は、夕焼けの空の下、商店街をゆっくり

と歩く。


中学を卒業してから実家を離れて住み始めたこの街並みにも、少しずつ慣れ始めた。

相変わらず道行く人の数が多くて戸惑うし、俺は人酔いするタイプの人間だというこ

とを教えてくれたこの商店街。


チラリと一瞥した花屋の前に、見覚えのある不良然とした金髪がしゃがみ込んでい

る。


おい、と声を掛けようとして慌てて中断する。


一言で言うと狂人。正界生まれ正界育ちの滅魔に言われたことを思い出す。


立ち止まったまま躊躇っていると、レオが店員らしき女に笑いかけていた。女に媚び

るようなものではない、幼児のような無邪気な笑顔。



「この花、なんて言うの?」


近づいてみると、レオは笑顔のまま女に尋ねた。


「これはね、チューリップって言うのよ」


30代くらいの女が柔らかい面持ちで教える。


「チューリップ、へえ~」


稀少な宝石を見るように目を輝かせながら、レオは制服のポケットに両手を突っ込

み、何かを探していた。


数秒間、同じ動作を継続しながら、次第に表情が曇り始める。


「ほら」


俺は、硬貨を数枚渡した。


「キフク! …いいの?」


「ああ」


俺も空気を読んで笑顔を作る。そして、目の前の無垢な金髪を観察する。


魔物、じゃないよな。


20の質問の『質問』を使って聞いてみようか。質問中に人間だと分かれば『無効』

にすればいい。でも、『無効』にすればあいつにはもう20の質問はできなくなる。


「やったぁー! チューリップっ、チューリップ」


花屋を後にするとレオと一緒に帰路へ歩いていた。


隣にいる少年からは、魔物を何体も殺した昨夜とは程遠い、優しい雰囲気を感じる。

多少乱暴なだけで、本当は良いやつじゃないか。昨日だって、バスジャックは殴った

ものの、人間だと分かったら攻撃を止めたし。


そう思った矢先の出来事だった。


目の前で、小さな4人くらいの人ごみが出来ているのを目撃した。


どうやらうちの学校の制服を着た男子が4人。そのうちの3人は制服を着崩した、い

かにも不良と形容するにふさわしい恰好。残る1人は、ボタンを最後まで閉じ髪型も

適度に短い、学校の規律を遵守した生徒。


不良の3人が温厚な生徒を囲っている形になっている。囲まれた彼は笑っているが、

それは本物の笑顔ではない。


「友達だー」と呑気に笑うレオは、目に見える状況を正しく理解できていない。


そう言えば俺は、ああいう場面を見ては見ぬふりをして過ごしてきたな、と思い出

す。


俺だって暇じゃない。下手に助けたところで、学校でもあの家と同じように暴力を受

けたり支配をされたくなかった。第一、部外者が余計なおせっかいをしたところで喜

ばないだろう。


誰にするでもない言い訳を思いついては、目を背ける。それの繰り返し。今日だっ

て、そうするはずだった。


不良の1人が、大人しい短髪の頭を強く叩いた。


その時だった。


俺の隣に人影が無くなったと気付いた瞬間には、不良生徒の身体が宙をさまよい、書

店の本棚に激突していた。


壁についていなかった本棚は蓄えていた本を吐き出しながら倒れ、なだれ込むように

本が溢れだした。


その衝撃に何事かと周囲の人間が集まる。


「なにすんだよ!」と呆然と立ち尽くした後に事態を把握した不良2人。


「お、おい! レオ!」


俺は慌てて声を掛けるが、見向きもしない。ただその横顔は、激怒に満ちていた。


「アイツ、人間! オマエラも、人間か!?」


「意味わかんねえんだよ!」


2人同時に殴りかかったが、レオは圧倒的な速さで顔面を殴り飛ばす。


見ているこちらからでも伝わる威力。あっけなく倒れる不良たち。


しかしレオの怒りは、収まらない。


不良のリーダー格と思しき男にまたがり、もう一度殴ろうとした。


「お、おい! レオ!」


「オマエなんか! オマエラなんか!! ぐちゃぐちゃにしてやる!! ぐちゃぐち

ゃに!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「レオ!!!」


俺は気付かされた。自分の弱さに。


あの家の女たちから身を守るために得た、観察力と直感。それを20の質問で十分に

発揮してきた2ヶ月間。俺は、滅魔に向いている、強い存在だと勘違いしていた。


目の前の惨状を止められもしないのに。


俺の長所は、自分のためにしか役に立たなかった。他人を守る力はなかった。


微弱な魔力と、擬態術以外には役に立たない力。自分を守るためだけにしか研ぎ澄ま

されない観察力と直感。


他人のために動ける勇気があったら、レオが暴力を振るうまでもなかった。


「やめなさい!」


もがくように手足を動かし始めたレオ。聞こえた男の声に、レオの保護者、サモン・

ソロモンが透明化したまま彼を抑えていることに気付いた。


「うるさーい!!!」


サモンも相当な魔力の持ち主だと感じていたが、それを圧倒する身体能力で引きはが

された。そう、レオは魔力が強いというよりは身体能力が化け物じみていた。


保護者の紳士ですらあいつを止められないと分かり、俺は戦慄した。あの不良たちに

待つのは、死のみ。


人間の頭が、昨日の魔物たちみたいに潰れるのか。


しかし、レオの手はピタリと止まった。


透明化が解除され、意識を失った紳士の方に視線が注がれる。


怒りで硬直した顔が綻んだ。


「…なさい…」


レオの顔から、涙が溢れだすのはすぐのことだった。


「ごめんなさい! ごめんなさい!!」


サモンの肩を力なく揺すり、大泣きするレオ。


「死なないで、死なないで、死なないで、死なないで、死なないで」


弱弱しく涙を流しながら、やがて駆けつけた警備員に、取り押さえられた。

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