#4 強い

「ろえ…黒江! 起きろ!」


目を覚ますと、理科室で出雲喜福がホッと息を漏らした。


「死んだかと思ったぜ」


呑気な顔をして、私の身を案ずるような態度を取る。


「さっきの魔物は?」


意識が鮮明になった私は、先刻の翼が生えた魔物を思い出す。


「あそこ」


指を差した先、グラウンドを自由に飛び回っていた。「あの方には怒られるが、ちょ

っとくらいは良いだろう! 久々にこの姿に戻れたんだからな!」などと言い高揚し

ている。


「教室の窓が割れてるから、お前が死んだって勘違いしたんじゃねえか。とりあえず

よかったよ。早くラグナに連絡して救援を…」


「ダメ!!」


出雲の通信機を慌てて弾き飛ばす。


「なにすんだよ!?」


「私が倒す! 倒すんだから!」


腰からピストルを引き抜き、立ち上がろうとしたが、できなかった。


思った以上に傷は深くて、足は骨折しているかもしれない。


「やめとけって、その傷だろ? ラグナに連絡しよう」


「嫌よ!!」


私の望みとは正反対の行動を取ろうとする出雲喜福に腹が立つ。


「私の」


身体が震えた。


「私の、失態、なんだから」


恥だ。


滅魔なんかとは縁のない現世人に弱みを見せてしまった。


しかし、こんな事態が正界の人間、ヘルメス家の人間の耳に届いたら、私は2度と帰

れなくなる。


ただでさえ、生まれつき魔力が小さくて絶望されているのに。


私は出雲喜福ほどではないが、魔力の量が少ない。だから、20の質問を仕掛けて

も、魔物は平気でうそを吐く。生命の6割を削いでもこいつには勝てる、と、魔物に

も見下される。


努力はしてきた、つもりだ。朝は家の中の誰よりも早く起きて魔法の練習をし、1日

に10時間は魔力を一点に集中させる訓練を行ってきた。


でも、いくら頑張っても認められない。


誰も私のことを強いとか、優秀だとか、そういう言葉を使って評価しない。


魔物にも、なんど嘘を吐かれてきたことか。


目の前の出雲喜福だって、きっと私のことをラグナさんたちと比較して下に見てい

る。


現世人は、私を真っすぐ見て言い放った。


「分かった」、と。


「え」


そして、「ごめん」と深く頭を下げた。


「俺が現世の人間で足を引っ張ってるから、お前にはかなり迷惑かけてる。多分、俺

が想像する何倍もの負担」


「そ、そんなことは…」


予想に反した言葉に私は虚を突かれた。


「だから手伝わせてくれ。俺だって、これくらいならできる」


「ちょ、ちょっと!」


出雲は、私を後ろから抱きかかえるようにして立ち上がらせて、支えるように背中に

付いた。


手を回し、私の手を持ち上げる。


「これなら、狙えるか?」


「うん、ありが、…ちょっとは役に立つじゃない」


「はいはい」と悠々と笑う。この状況になってもどうしてそんなに余裕があるのだろ

うか。20の質問以外で魔物を倒せないのに、怖くないのだろうか。


「呼ぶぞ」


「誰を?」


「なに言ってんだ」


出雲がゆっくり私を窓際へと連れていく。


「あいつだよ」


「あいつって、あいつ!?」


満面の笑みで、「そう」と答える。


「バカじゃないの!? 真っ向から勝負したって、あんなやつ」


「勝てないの?」


「い、いや、そういうわけじゃ」


図星を指されてまともに返事が出来なくなる。


「お前のことは、ラグナからざっくりとしか聞いてないんだけど、言ってたぜ。誰よ

りも努力家で近いうちに国でも指折りの上級滅魔になれるって」


「ラグナさんが?」


「ああ。で、俺もそう思ってる」


そう言って、私の手の平をなぞるように触れる。


「ひっ!?」


「河川敷で胸倉掴まれたときから見えてた。タコなんじゃないかなって。いま触れ

て、確信したよ。お前、相当頑張ってんじゃん」


「だったら、なんなの?」


努力していることを他人に知られたくなかった。そんなに努力をしてもその程度なの

かと罵られたくなかったから。


「お前は強い」


耳元に限りなく近い場所から、背後で受けた評価。滅魔になったばかりの素人、それ

も現世人なんかに言われた一言。


嬉しくなんてなかった、はずなのに。


心の中から、何かが湧き出るような感覚だった。


私は、片手でベランダの窓を開けた。


「おい、魔物!!」


出雲が、大きく息を吸って、空中を飛び回る魔物向かって叫んだ。


「今から俺たちがお前に渾身の一撃をぶつける! 貫いてやるよ!」


そんなこと言ったって、魔物には簡単に避けられるかもしれないと思ったが、意外に

も魔物は、笑ったまま逃げずに立ち向かう姿勢を保った。やっぱり、見くびられてい

る。


「なめられてる方が楽だろ」


「え」


鼻から息を漏らすように笑う男。私は拍子抜けする。


「怒られたり、落ち込まないように頑張るの、めんどくせえし。誰のために努力して

んだよ、てめえのためだろうがって、死刑になりかけてから初めて思ったよ。俺は、

俺が死にたくねえから努力する。法王のじいさんにもお前ら滅魔にも笑われていい。

だって、死にたくねえもん」


「なにそれ」


私も思わず、笑ってしまった。


「ほら! 俺の身体を貫いてみろよ! ひゃはは!」


「ほら、やっぱり真っすぐ来た。俺らの勝ちだな」


魔力を一点に集中する。朝の澄んだ空気の中、何度も練磨した小さな魔力。大きさよ

りも鋭さを、勢いよりも繊細さを。


放った弾丸は、目の前の魔物の脳天を貫く。


人を小ばかにするような翼は静止し、持ち主共々に塵となって消えていった。

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