#2 質問

「喜福くんと私がいいと思います!」


帰りのホームルーム。


4月も下旬というのに、うちのクラスは学年で唯一クラス委員長が決まっていないの

で、それを決めようとしているところだが。


待て待て待て。


隣の席で賀陽小春が意気揚々と手を挙げて立ち上がり、溌溂とした声で俺を面倒なこ

とに巻き込もうとした。


「おい!」


ぼんやりと先週の異世界での処刑を思い出していた俺は、勝手な提案に虚を突かれ

た。


「いいじゃん出雲くんで! 出雲くんは帰宅部だし」


「私も賛成!」


「特待生で新入生代表のスピーチやってたし!」


クラスの連中が、もっともらしい理由を見つけて、賀陽の提案に賛成し始める。


中学の時もそうだった。なぜだかこういう面倒な役割を担わされる。


「あの、俺」


バイトやんないといけないんだけど。そう言いたかったのに声が続かなかった。


帰りのホームルーム。


周りを見渡すと、最後尾で退屈そうにあくびをする男子や、窓際で机の上に置いたカ

バンに手を伸ばし、たぶんスマホを操作している女子が見えた。


みんな、帰りたいだろうな。


担任の渡辺徹という30中ごろの男は、柔らかそうに見えて意外と厳格な印象があ

る。このまま粘ったって終わりはしないだろう。


あとの役職は、クラス委員長だけ。


俺は、来年の3月までに人間に扮した魔物を殺さないと処刑される。なるべく自由な

時間を作りたい。ラグビー部だって入部を断った。1人暮らしだからバイトもしなき

ゃいけない。


黒髪と目が合う。初めて化け物を見た日、逃げて、と俺に叫んだ女。キリっとした硬

派な目が、断れ、と俺に訴えかける。


「やります」


言ってしまった。


「あんまり仕事できる人間じゃないですけど。1学期だけですよ」


教室全体の期待の眼差しから目を背けることができず、俺は、1年5組のクラス委員長

になった。教室が拍手と喝さいで盛り上がった。


いつもの気遣いで、俺は死の確率を高めることになった。


ラグナから決められた相棒役のルナ・ヘルメス、現世では黒江瑠璃(くろえるり)という名前と籍で通している女子が、殺すような目つきで俺を睨んでいた。






「なに考えてんのよ!」


ホームルームが終わった後、俺も早くバイトの履歴書を書こうと家に帰ると、道中で

さっきの黒髪が目の前に立ちはだかり、俺は襟元を掴まれ河川敷に連行された。車の

通る橋の下で胸倉を掴まれ、壁に強く打ち付けられる。


「すまん」


俺は正直に謝る。自分を叱責している人間に対して「でも」や「だって」は禁句だ。

相手の意見を否定することになる。


とにかく俺は、目の前の女に殺されないことを祈りながら、烈火のような怒りが静ま

るのを待つことにした。


「すまんじゃないわよ! 今がどういう状況か分かってんの!? 魔物がこの世界を

領地にしようとしてるのよ! なのにあんたたち現世の無能は呑気な顔して騙された

ことに気付かない!」


飛び散る唾。一般的に見るとこいつのルックスは美人と評価されるのだろうけど、俺

は女という生き物が嫌いなので全然喜べない。


「ラグナさんの頼みだから、あんたみたいな魔法も使えないお荷物でも受け入れてあ

げたのに!」


そしてこの酷い言い様である。女はすぐにこうやって感情的になる。


「私はあんたと違って暇じゃないの!」


俺が迷い込んだ異世界、こいつやラグナが住む世界には漫画やアニメでよく見かける

魔法や魔力という概念が存在し、魔物を狩ることを生業とした『滅魔』という職業が

ある。彼らが住む国は正界と呼ばれ、負界に住む魔物をと幾度となく戦争を行ってき

たらしい。兵器を駆使して勝利を収めた正界は、負界のほとんどを正界領にしたた

め、俺たちが住むこの現世にも魔物が住む場所を求めてやって来た、という理屈だと

か。


「早く滅魔として、家のやつらに認めてもらうんだから」


こいつは、その滅魔の中でも1000年続いている家系、『滅魔名家』という4家の

うちの1家、ヘルメス家の次女。6歳のころから滅魔を指南され、12歳から士官学

校に在籍。3年生の彼女は、正界4公のラグナから特命で現世に派遣されたが…。


「なのにこんな現世に派遣されて散々よ」


どうやら俺の世界に来るのは不名誉なことらしい。だから速やかに『元凶』を倒して

元の世界に帰りたいのだろう。


「聞いてんの!? なんか言ったらどうなの!? ホンっとムカつく!」


「すまん」


俺はただ、謝ることしかできなかった。全面的に俺が悪い。こいつの邪魔をしてしま

ったのは事実だから。



「ちょっと、中断して」


怒り散らす黒江の後ろで、全身が濡れてうつむく学生が見えた。


俺と同じ学校の制服だが、入学したばかりなので誰なのかは分からない。


「ちょっと!」


後ろからかかる黒江の声を気にせずに、俺はそのまま男子に駆け寄る。


「タオル持ってきてやるよ」


俺は、不憫そうな顔をする彼や、その周りをよく確認してから手を差し伸べてみた。


「いや、いいよ。気遣ってくれてありがとう」


柔らかく断り、再び前を歩く。


俺も、少し離れて、「ああ、余計なおせっかいだったな」と笑った。


「魔物に遣ってやる気なんて、ないよな」


「っ!?」


男子は慌てて振り向いた。


「なにを言っているんだい?」


俺は、容赦なく右手をかざす。


まだ、半径5メートル以内にいる。


周りには人影はない。


処刑保留の翌日に身体に刻まれた微量の魔力と『能力』を、あらためて知覚する。


身体にまとわりつく水滴の一つ一つが生き物のように動くその男子に、狙いを定め

た。


「『真実を述べる』」


教えてもらった討伐法。


「『お前は、魔物だ』」


「なっ!? いきなり!? ぐがっ!」


断言すると、中肉中背だった生徒の全身が風船のように急激に膨らんでいき、


「お、お前は、あの方の!!!」


アニメやゲームでよく聞くセリフを言い残し、奇声を喚き散らしながら爆散した。


飛び散った魔物の肉片は、やがて跡形もなく消滅する。


生物が爆発するところを初めて見た俺は、多少の吐き気を催した。


しかし、空気を読めない金切り声が俺の耳にキンキン鳴り響く。


「ちょっとあんた!」


手柄を取ったからか、それとも話を遮ったからだろうか、黒江は顔を真っ赤にして俺

を睨みつけた。


「なんで、なんで一言も質問しないのよ!!」


俺が手に入れた能力、『20の質問』。


『質問』の過程を飛ばしてさっきのあいつを魔物だと『断言』したことにひどく驚い

ていた。


『断言』したことが真実でなければ、爆散していたのは『質問者』である俺の方だっ

たからだ。

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