暴き—魔物を殺す、20の質問—

ヒラメキカガヤ

プロローグ


4月15日。22時くらい。


俺が住む世界ではそれくらいの時間だろうか。


いつ死んでもいい。


そう思っていた。


今、この瞬間までは。


「魔界に侵入した現世の人間は、正界の法により処罰する」


いかにも厳格そうで冗談の通じなさそうな男の老人が判決を下す。


立ったまま両手を拘束された俺は、従者のような奴らに膝を地に着かされ、頭を下方

に押さえつけられる。


「斬首、構え」


老人の声が落ちるとともに、視界の隅に、大きな斧のような形をした影が映った。


俺は、涙を流していた。


先ほどまで威勢よく異議を唱えていた声が、今となっては掠れて出てこない。


迫る死に、隠せない恐怖。


鼻水とよだれ、小便が垂れていることに恥じることなく、ただただ、死にたい気持ち

でいっぱいだった。


「異議ありー!」


静粛に包まれた空間に差し込まれる、若い声音。ピタリと、首の寸前まで降ろされた

斧の刃先の影が止まる。


「殺すのはちょっと早計じゃないですか~? 法王殿ぉ」


軽薄な声だった。


今のこの状況を楽しんでいるかのような、倫理や道徳をドブに捨てたようにふざけた

声色。


しかし、俺に助け舟を差し出したのは確かだった。


「ええと、名前は?」


次は近くで聞こえた声。俺の方へと歩み寄ってきたのだろう。


「いっ! 出雲(いずも)! 出雲、喜福(きふく)っ!!」


縋り付くように涙声で叫ぶと、「喜福」ね、と親し気に俺の名前を呼ぶ。


「俺は、ラグナ。ラグナ・マーリン。ラグナでいいよ」


ニコリと笑っているのが想像できる。


「好きな食べ物は鶏卵。現世にはお世話になったことがあってね。オムライスが一番

おいしかったかな~。ああ、あとはあれもおいしかったな」


「ラグナ・マーリン!!」


関係のない話に痺れを切らせた法王の怒声。俺はまた、びくりと肩を震わせる。


「何のつもりだ。法に逆らう気か?」


「いえいえ、そんなつもりはありませんよ」


ラグナ・マーリンと名乗った男は、怒声に怯むことなく飄々とした態度で続けた。


「ただね、この子にチャンスをあげたらどうですかって話。頭の固い老人ばっかりで

囲ってさ、情けないとは思わないの?」


「若造が。何を言い出すかと思いきや、この魔力のない現世の人間にチャンスなどを

与えても何も利益などないだろうに」


笑止、と嘲笑を下した法王に対抗するかの如く、ラグナは大笑いした。


「なにがおかしい!?」


「目も衰えてるんだなーってさ。じゃあ、その利益とやらがあるかどうか、確かめて

みよっか。出雲喜福くん」


「はい…」


俺は、問いを投げかけられる。そして多分、その問いを間違えたら今度こそ本当に死

ぬ。直感した。


「ここに連行されるまで、魔物は何体いた? ちなみにそいつらはどこにいてどんな

やつらだった?」


声色が真剣なものに変わる。やっぱり、間違えたら死ぬんだ。


「こんな魔力のない、しかも現世のガキに分かるわけがない」


法王の笑い声を浴びながら、俺は淡々と答えた。


「合計で3体。この城(?)に連行した時に甲冑を着た2人の男に取り押さえられた

んだけど、そのうちの1人が魔物。多分、背中の2か所が等間隔にそれぞれ同じサイ

ズで穴が開いてるから翼が生えてる魔物とか、かな。あとの2体は、今ここにいるや

つら。さっき連行したやつらと同じ甲冑を着てたけど、頭を抑えつけてるやつは岩み

たいに硬くて痛いから、武具を持ったりするための手の平はちゃんと稼働できるよう

にしないといけないし…。真後ろのこいつは岩、あるいは金属系の魔物? もう一体

は明らかに斧が大きすぎるし、影の手足の部分から何か針のようなものが見えるけ

ど、ゆらゆらと揺れてること、甲冑を着ていることから、はみ出ているのは体毛みた

いなものだと思う。犬か猫の、いわゆる獣人、みたいなやつら…、だと思います」


自分でも驚くほどにすらすらと回答すると、再び場が沈黙に包まれた。


それと同時に、何かの内部が凄まじい勢いで弾ける音がいくつか聞こえた。


「だいせーかーい!!」


金属の拘束具から解かれ、上げられるようになった頭を上げると、目の前で、自分と

年ごろが近い茶髪の少年が、バタンと倒れた2体の魔物の死など気にもせず、白い歯

を見せて大笑いした。


「これからは俺が君の面倒を見るから、よろしくね! 役に立つだろ? 法王殿」


「調子に乗りおって。無条件ではないぞ。現世に潜伏する魔物どもの『元凶』を討伐

すること。それが守れぬなら、法の下で再び処刑を執行する。猶予は出雲喜福の世

界、現世の暦で来年の3月31日」


「へーへ。そう来ると思ったよ。まあ見てなよ。俺と、俺が選出した優秀な人材と、

たった今加わった喜福が、絶対やっつけて見せるからよ」


なっ、と笑顔を向けるラグナは、俺の視線と考えを察して説明する。


「心臓と脳みそをつぶした。俺の魔法、生物の急所が分かるんだ。んで、俺が視野に

入れたことのある生物なら、その急所をいつでもどこでも潰せる。人間も例外じゃな

いから」


「だから俺は逃げられないってことか」


「せーかい! 逃げても心臓ドッカーン!」


指を差された俺の心臓が、再びせわしなく胸を叩いた。


そんな、悪夢のような出来事に遭遇したのは、この処刑から3時間と数分前の出来事である。

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