討伐の依頼

「兄ちゃん、乗り心地はどうだい?」


 揺れる馬車の荷台に向かって御者の男が声をかける。

 小さな荷台に乗っているのは、少し幼さの残る一人の青年。

 腰に据えた剣がどことなく淡く光っているように見え、それが青年に異様な雰囲気を与えていた。


「えぇ、とても乗り心地がいいです」


 高級仕様なのか、それとも御者の気遣いなのか。

 青年が座っている荷台の椅子にはふかふかのクッションが置かれてあった。

 そのおかげで長時間の移動でも尻が痛くない。ただ、揺れが酷い道を進むと必然的に背中は痛くなってしまう。

 高級仕様であれば背中にもクッションを……というより、内装を整えているだろうから恐らくこれは気遣いで間違いない。


 それは怒るところではない。

 安い賃金でこうして気遣ってくれるのだ。嬉しいという言葉以外なかった。


「にしても、兄ちゃんは冒険者かい?」

「いえ、これからに通う学生……いえ、まだ正式ではないので違いますね」

「そうか、学園に通うのか! 学園と言えば王都だが……ははっ、まだ道は長いなぁ!」


 王都までは長い道のりだ。

 少なくとも街を三つほど経由しなければならないし、野宿メインの1ヶ月行程を強いられてしまう。

 それでも、難関である学園に入れたのは奇跡と言ってもいい。

 貴族中心の学園で特別枠が与えられたのだ───のち、自分にのしかかるのことを考えれば胃が重いが、憧れである学園に通えるのであれば色々と些事かもしれない。


「でも、兄ちゃん気をつけろよ?」

「何がですか?」

「これから行く街なんだがよ……どうやら近くに盗賊のアジトができてしまったらしい」

「盗賊……」

「知り合いからまた聞きの情報だがな。それでも注意しておいた方がいいぜ……なんでも、その盗賊団は人攫いをしては売り飛ばしたり平気でするような奴らだからな」


 その言葉を聞いて、青年の眉がピクリと動く。


「それは……許せないですね」

「ははっ! まぁ、時期に冒険者が倒してくれるさ! 本当は騎士が派遣されればいいんだがな、あそこにはS級の冒険者が在中しているから大丈夫だろ!」


 御者の他人事のような笑い声が野道に響き渡る。

 それでも、馬車に乗っている青年の顔には険しいものしか浮かんでいなかった。


 ♦♦♦


「盗賊団の討伐ぅー?」


 名残りに名残りを重ねるぐらい名残惜しさを残してソフィアたんと別れたそのあと。

 俺とイリヤは呼ばれた通り冒険者ギルドへと足を運んでいた。


「そうなんですよ……って、今日は顔色がいいですね、イズミさん」

「昨日今日とご飯を食べましたので」

「悲しくなってくるセリフです」


 何故かご飯をご馳走してあげたくなったとでも言わんばかりの目を向けてくる受付嬢であった。

 俗に言う憐れみの目である。ぴえん。


「でも、おかしな話ですよねぇ。こういうのって、B級とかのお仕事じゃないですか? A級とS級に指名依頼を出すって、ちょっと首傾げちゃいます」

「だよなぁ……報酬の羽振りもいいし、やってもいいんだが」

「他の冒険者さんに調査してもらったところ、どうやら大規模のようなんです。それも、この街の近くにできたともなれば確実に……早急に討伐しなければなりません。そういうこともあって、お二人に指名依頼を出させてもらいました」

「なるほどです」


 数人規模の盗賊団であればB級冒険者でも事足りる。

 何せ、盗賊に堕ちてしまった人間などまともな研鑽を積んでいるものは少ない。数多の修羅場を率先して潜り抜けている冒険者であれば相手にもならないだろう。

 しかし、規模が大きく、この街の近くに現れたとなれば話は別だ。

 自分達が襲われてしまう危険も高いし、多勢に無勢であれば実力差をひっくり返されてしまう恐れもある。

 俺達におハチが回ってきたのはある意味当然かもしれない。


「それに───」


 受付嬢が何故か俺にジト目を向ける。


「イズミさん、この街から離れる指名依頼を受けてくれないんですもん」

「ししょー……」

「これは仕方ないことだ」


 推しの顔を見られなくなるのは死活問題なんだ。

 というより、さっきから受付嬢さんの目が色々と辛いよ。悪いことしていないはずなのに。


「そういうわけですので、是非とも受けていただきたいのです」


 受付嬢は俺達に一風変わった依頼書を差し出してくる。

 依頼を受けるのであれば、一番下の枠に自分の名前を書けば大丈夫だ。


「うーん……受けるか、イリヤ」

「その理由は?」

「近くにそんな輩がいたらソフィアたんにも危険が及ぶかもしれん……ッ!」

「はぁ……言うと思いました」


 報酬の羽振りもいいし、これであのガキンチョ共に「タダ飯食らい」と言われなくて済む。

 それに、今日の寄付スパチャも十分に投げられるだろう。

 ……さて、新しい投げ方でも考えなければ。


「まぁ、今更ししょーが盗賊団に殺られるとは思えませんし、別にいいですけど」

「過度な期待してくれるじゃねぇか」

「信頼してるんですよ、私は。ししょーに」


 なんて嬉しいことを言ってくれるのか。

 俺はお礼にイリヤの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 すると「こ、子供扱いはやめてくださいっ!」と言ってくるのだが……これが余計にも可愛い。

 本当に妹とそっくりな反応を見せてくれるのでお兄ちゃんはほっこりだ。


「ありがとうございます、お二人共! では、ちょっと今から盗賊団の調査報告書を持ってくるので少し待っていてください!」


 そう言って、受付嬢はすぐに奥へと行ってしまった。

 なんだか慌ただしい人だなと、少し思ってしまう。


「にしても、盗賊団ですか……こんな街に現れるって、何がしたいんですかねぇ?」

「さぁ? あいつらの気持ちなんて分からねぇよ」


 孤児院が襲われてソフィアたんと主人公が出会うイベントで盗賊団が出てきたが、その時は確か「貴族に依頼されて」とか言っていた気がする。

 でも、孤児院が襲われるイベントはもう少し先のはずだ。主人公も現れている様子もないし、きっと違うだろう。

 故に、何を考えているかなんてさっぱりである。


(ちゃっちゃと討伐してソフィアたんのところに帰るか……)


 そういえば、孤児院が襲われるイベントは堂々だったよな。

 ふと、そんなことを思い出してしまった。


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