第10話 苦い経験 過去
「吉本さん、何か勘違いしてるんじゃない。確かに君は上手だけど、合唱コンクールなんだからそれだけで準優勝できるわけないだろ」
怒りとも、呆れているともとれそうな声で、田村さんを
「そんな、私はただ……」
上手だったって言われたかっただけなのに。
「君が、一人で練習するからと帰ってしまったとき、代わりにソロを歌ってくれたのは後藤さんだし、パートごとに毎日同じところを何度も練習を重ねて来たんだ。皆で喜んでいるのに、水を差す発言は止めてくれないか」
「そんなに後藤さんが良ければ、彼女に歌わせたらよかったでしょ。そうなっていたら準優勝はできなかったかもしれないけどね」
「はっきり言って、君の我儘に何度もソロを交代した方がいいんじゃないかって話が出ていたけど、君を推薦したのは私だからって、佐藤さんが何度もみんなを説得してくれたんだよ」
「別に、説得なんてしなくたってよかった。私は初めからソロなんか歌いたくなかったんだから」
こんなことを言いたかったわけじゃないのに、憎まれ口は止まらない。クラスメイトの冷たい視線に耐えられず、教室を飛び出した。
私はやりすぎた自覚はあるけれど、卒業まで陰口を言われ、無視された。
しまいには4人で分担してソロを歌っていたら優勝できたんじゃないかと言う奴までいて、責任が私にあるような空気感になってしまう。
勿論味方になってくれる人もいた、でも、人の悪意は気にしたくなくても心を傷つける。
頑張ったのに……。
それから、人前では歌わないことに決めた。
*
異世界に来て、もうそろそろ3カ月が過ぎようとしている。
鈴木は、あの、案内人の所で仕事と魔法を教えてもらっているとかで、サラリーマンの様にきちんと毎日いそいそと出勤していく。
「ひとみ、今日はアランが商会に来るようにって言っていたから、食事の片づけが終わったら一緒に行こう」
食堂でサムが朝から大量の肉を飲み込みながら、あのへんな服は止めろと付け加える。
サムはいっとき、人が変わったようにひとみに優しくしてくれていたのに、また初めの厳しい管理人に戻ってしまった。
いや、初めとはちょっと違うか。がみがみ怒ることも減ったし、いかつい顔もそれほど怖くなくなった。
セーラー服はいまだに気に入らないらしいけど。
「何だろう」
また、何かしでかしたか?
「もうすぐ3カ月だから、給金をくれるって話じゃないか?」
独り言のつぶやきに、サムが律義に答えてくれた。
おお!
お給料。
シナの生活ぶりから、それほど多いものではないだろう。でもこの世界に来てから初めての給料だ。
アランに会うのはちょっと憂鬱だったけど、給料の話ならしかない。
自分でも意外なほど、うきうきした気分になる。
「じゃあ、ちゃっちゃと片付けちゃうね」
私はセーラー服に着替えて案内所に向かう事にした。
だって、制服は女子高生の戦闘服なんだから。
「ああ、来たな。サムから様子は聞いていたが、元気そうだな」
アランはチラリと私に目を向けただけで、すぐに執務机の書類に視線をもどした。
私には全く興味がないよね、別に給料さえもらえればいいけど。
「もう少しで終わるから、ちょっとそこに座って待ていなさい」
ん?
何だか以前あったときと何か違うような。
水色のちょっと長くなった髪を後ろで束ねているせいで、うなじが妙に色っぽいし、おくれ毛がなんとも悩ましく、長いまつ毛は頬に影を落としている。
どんだけまつげ長いのさ。アニメ以外で始めて見たよ。
どこからどう見てもイケメンに、少しの隙もない。
あまりにじっと見つめてしまっていたようで、殺気でこちらを見るなという空気が伝わってくる。
怖!
目もあわせないのに、どこからの威圧なの?
私は仕方なく、出されたお茶を一口すすって待った。
「待たせたな」
というほどにはまっていないし、アランも悪いとは思っていないような軽い言い方で、目の前のソファーに座り脚を組んだ。
足、長すぎじゃない?
と思ったのと同時にまた違和感。
うーん、どこだ?
「今日来てもらったのは、今後についてだ」
「はい」
私は曖昧な違和感を考えるのを止めて、初めに書くのを拒否した履歴書でも契約書でも何でも書く気分で返事をした。
食べるところも寝るところも、この世界で困ることがないのはすごく幸運だとわかったけれど、やっぱい少しはお給料をもらって、草のベットをなんとかしたいし、もう少し可愛らしい服も買いたい。
勿論ケーキも食べたいし。
しかし、アランの話は想像したものとは違った。
「実は、宿泊所だが3カ月前と比べるとだいぶん人数が減った」
そういえば、ある程度大きい子たちは商会の経営する農場に働き手として移動して行った。
「
「え、うそでしょ」
「なんで俺が嘘を言う必要がある」
冷たい言葉に私はしばし言い返すことができなかった。
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