第4話 赤子、保護者(仮)を助ける

「――あ、赤子? いや、化け物!?」

「なんだ。こいつ、何を――」


 保護対象が危害を加えられそうだったので、ファイア・オブ・プロメテウスの炎で燃やし尽くしてやったが、失敗だっただろうか?

 考えて見れば、一瞬にして燃やし尽くしては、閻魔大王に陳情が伝わらな――いや、閻魔大王の持つ閻魔帳には、死因も記載される。ファイア・オブ・プロメテウスを保有しているのはボク一人……つまり、術式を刻み付けた者たちの死そのものが閻魔大王に対する陳情となる。

 なら問題ないか。

 ボクが笑うと、男たちはパニックに陥り歓喜の声を上げる。


「危ないな……保護対象に危害が及ぶだろう? 獄卒鬼――」


 パニックに陥った男たちが保護対象である女たちを盾にする可能性もある。

 女たちの傍に落ちている葉っぱに遠隔で術式を刻むと、ボクは地獄で隷属した獄卒鬼を二体召喚した。

 獄卒鬼は戦力にも食糧にもなる便利な存在だ。


「う、うわぁああああっ!」

「誰か、誰かぁああああ!」


 獄卒鬼の出現。皆一斉に歓喜の声を上げ、獄卒鬼が女たちの身柄を抑えると共に、女たちは気絶。獄卒鬼が男たちから離れた瞬間を狙い、男たちをファイア・オブ・プロメテウスの炎の壁で囲んでやると、男たちは皆、揃って更なる歓喜の声を上げた。


「ひ、ひいっ――!」

「誰か、誰か助けてぇぇぇぇ!」


 うんうん。心地の良い響きだ。

 地獄故郷を思い出して懐かしい。


「――それでは諸君、そろそろ逝こうか。閻魔大王によろしく言っておいてくれ」


 それだけ呟くと、ボクはファイア・オブ・プロメテウスの業火で男たちを消し炭に変えていく。決して、地獄に還れて羨ましいなんて思っていない。

 ちょっと、火力を間違えただけだ。

 炎が消えると、男たちの遺灰が風に吹かれ空に舞い上がる。

 さて、これで十人の男を地獄に送ることができた。

 上手い事、陳情が閻魔大王の下に上がり、ボクに付与された不死性が無くなるといいのだが……まあダメ元だからな。その辺りのことは気長に考えるとしよう。


「獄卒鬼。この女たちが起きるまで護衛を――と、思ったけど、その必要は無さそうだね」


 術式を解き獄卒鬼を地獄に帰すと、ファイア・オブ・プロメテウスの力を借り、女たちの前まで運んでもらう。

 すると、女たちが目を覚まし起き上がった。


「――う、うーん」

「一体、何が……きゃああああっ!」


 ファイア・オブ・プロメテウスに抱えられたボクを見て、女が歓喜の声を上げる。

 まさか、ボクたちの姿を見て歓喜の声を上げるとは思いもしなかった。

 何気にショックだ。

 そもそも、歓喜の声はそういう時に発するものじゃない。

 まあ、その話は置いておこう。


「体は大丈夫か? 痛い所は?」

「「へっ?」」


 ボクがそう問いかけると、女たちはポカンとした表情を浮かべる。

 あれ?

 おかしいな。意思疎通はできているようだが、致命的ななにかが噛み合っていない。

 とりあえず、もう一度だけ問いかけてみる。


「頭に異常はないか? 体に異変はないか?」


 そう問いかけると、女たちは唖然とした表情を浮かべる。


「あ、赤ちゃんが喋った?」

「流暢に言葉を?」


 なるほど、こちらの世界で赤子は流暢に喋らないらしい。

 流石は地上の地獄。

 文明が遅れてる。地獄の獄卒鬼は優しいからな、あっちじゃ赤子だって流暢に言葉を喋る。

 例えるなら、この世界は地獄の悪い所だけを寄せ集めたかのような世界だ。

 地獄では、何度死んでも生き返ることができるが、この世界では一度死んだら生き返ることはできない。

 地獄では、食事を摂る必要はない。しかし、この世界では、食事を摂らなければ死んでしまう。


「……赤子だって喉が発達していれば流暢に喋りもする」


 当然の理を当然に言ってやると、女たちの目ががん開きになる。

 面白い顔をする奴らだ。そんなにボクを笑わせたいのだろうか。


「――そ、そういえば、あの男たちはっ!?」

「そ、そうよ! 早くここから逃げ――」


 あの男たちと聞き、ボクはポンと手を打つ。

 そういえば、この女たちは気絶していた。

 だから、ボクが賊を地獄送りにしたことを認識していないのだろう。


「安心するといい。男たちは皆、閻魔大王の所に送った。もう。逃げる必要はない」

「「――はっ??」」


 賊は皆、地獄送りにしてあげたよと教えてやると、女たちはあんぐりとした表情を浮かべる。

 いや。それはもういいから。そろそろ帰ろう。商人が地面でうつ伏せになりながら君たちの帰りを待っている。

 そう伝えてやると、女たちは顔を見合わせ、なぜかボクを抱え上げた。


「――本当に君が私たちを助けてくれたの?」

「ああ、男から妻と娘を助けるように願われたからね」


 ボクを育てるという対価と交換で願いを叶えたのだ。恩に着る必要はない。

 そんなことより腹が減った。なにか赤子でも食べることのできる美味しいものはないか?

 無ければ、獄卒鬼を召喚して血を啜るから放してくれ。

 というより、抱っこは止めて欲しい。

 今、何歳だと思っているんだ。千歳だぞ?

 少なくとも女たちの二十倍は生きている。

 年下に抱っこされるのは恥ずかしい。

 そうぶっきらぼうに言うと驚かれた。


「――そうですか。でも、ありがとう」

「うん。君のお陰で助かったよ」


 その言葉を聞き、ボクは目を丸くする。

 感謝の言葉を言われたのは初めてだ。地獄でそんな感じの言葉を受け取ったことは一切無かったからな。

 大体の言葉が罵詈雑言だった。


「礼はいらない。代わりにボクの世話をしてくれ」


 実に心温まる言葉だが、それだけでは腹が膨れない。

 この世は飢餓地獄より厳しい。

 すぐに腹は減るし、食べなければ死んでしまう地獄の上位互換のような世界。

 しかも、この世界では脳や体を休めるため、睡眠を取らなければならないらしい。

 睡眠を取っている間は無防備な状況に置かれ死ぬ危険性があるというのに、睡眠を取らなければ死ぬ可能性があるとか意味がわからない。閻魔大王め。なんて、厄介な世界に転生させてくれたんだ。


 恨みごとをつらつら頭の中で範唱していると、とてもいい名案を思い付く。


 よく考えてみたら、この世界が無くなれば、転生させられることもなく地獄に居座り続けることができるのではないだろうか?

 もの凄いことに気付いてしまった。

 そうだ。その手があったではないか。


 ボクが地獄に帰る際に、この世界を滅ぼそう。二度とこの世界に転生されないために……その際、この世界に住む生き物全員に地獄行きの術式を刻み付け、地獄で新しい生活を送ってもらう。

 うん。皆、ハッピーになれる最高の案だ。確か、閻魔大王の書類仕事を手伝った際、見た資料によればこの世界は惑星だったはず。

 つまり、何とかして、この惑星を爆散させればボクは未来永劫地獄に居座ることができるということだ。

 そうでなくとも、転生させられる度にその世界を潰していけば、いずれ転生できる世界は無くなり、転生させられることもなくなる。なんで気付かなかったのだろう。


 ファイア・オブ・プロメテウスにこの世界を爆散できそうか聞いてみると、やんわりと拒否された。どうやら、ファイア・オブ・プロメテウスの力を以ってすれば、爆散することは可能らしい。

 否定ではなく拒否されたということはそういうことだ。

 しかし、ボクの提案(惑星爆散)を拒否するとは……どうやらファイア・オブ・プロメテウスは、平和主義者らしい。相容れぬ存在だ。

 だが、現状、ファイア・オブ・プロメテウスの力なくしてこの惑星を爆散させることはできない。

 ボクの力が足りないばかりに不甲斐ない限りだ。

 ファイア・オブ・プロメテウスを説得しようか悩んでいると、半壊した店に到着したようだ。

 女はボクを地面に降ろすと、ボクを放置し、地面に倒れた店主の下へ向かっていく。


 ……あいつら、このボクを放置して行きやがった。

 そんなことを思っていると、女たちの考えが頭の中に響いてきた。

 どうやらボクは倒れている男よりも優先度が低いらしい。

 賊を簡単に倒せるのだから、別に問題ないだろうと思われていた。

 なるほど、確かに言われてみればその通りだ。

 まあ、納得はしないが……。

 その場に放置されたボクは、目元に大粒の涙を浮かべると思い切りギャン鳴きしてやった。

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