第2話 赤子、現世に再転生する
――うん? ここはどこだ?
何だか暗いな……。
えっ? 暗いのは目を閉じているせいだって?
ああ、なるほど……それじゃあ目を開けてって……。
――あ、痛たたたたっ……!
何だこれっ!?
死ぬ。死ねないらしいけど、何かに圧迫されて死ぬっ!?
なんだかよくわからないんだけど、暗いし怖いし呼吸ができないっ??
というより、なんか粘性の水の中にいるみたいなんですけどっ!?
「――さあ声を出してっ!」
そんな苦痛に耐えていると、急に圧迫が治まる。そして、明るい場所に引き摺り出されたかと思えば、何者かに声をかけられながら宙吊りにされた。
えっ? っていうか誰っ? なにやって……。
訳がわからず宙吊りのまま、ポカンとしていると、ケツに平手打ちが飛んでくる。
バンッ!
――ぎゃっ!? 何しやがるんだこの
そう非難の声を上げようとするも喉が未発達なせいか思うように声を出すことができない。
「――ほら、泣くんだよっ!」
声を出さなかったからか、何者かはもう一度手を振りかぶり、非情な声と共に平手打ちをケツに見舞う。
パンッ!
――ぎゃっ!? 止めて、もうケツを叩かないでっ!
バンッ!
――ぎゃっ!? 止めろって言ってんだろ! この
「うえっ……」
あっ、何だかよくわからないが声が出た。声が出たからもうケツ叩くのを止めて下さい。
しかし、振りかぶった手は止まらない。平手打ちが再びケツに直撃する。ボクは思わず悲鳴を上げた。
バンッ!
――ぎゃっ!? 止めろって、言ってんだろうがこの
「――あ、あぎゃあっ! あぎゃあっ! あぎゃあっ!」
涙を浮かべながら鳴き声を上げると、何者かは安堵の声を上げる。
「おめでとうございます。元気な赤ちゃんが生まれましたよ!」
ううっ、ぐすっ……!
いや、元気な赤ちゃんが生まれましたよじゃねーよ。散々、ケツぶっ叩きやがってっ!
赤ちゃんの痛覚なめんなよっ!
大人の数倍あるんだからな。ケツが割れたらどーすんだっ!
えっ? 元々、割れてる?
それじゃあ、仕方がないな。割れてるんじゃ仕方ない。
うえっ……。
しかし、なんだか体がベタベタして気持ちが悪いな……。
体に付いた匂いも最悪だ。なんか臭くね?
――うん? ちょっと待て……。声は出ないけど思考はできる。
――と、いうことは?
もしかして、ボク……地獄よりも地獄見たいな世界に産み落とされてしまったってこと?
薄っすら目を開けてみるも、ぼんやりとした風景しか認識できない。
仕方がない。視覚野から情報を得るのは一旦諦めよう。
幸いなことに、閻魔大王に書類地獄に突き落とされた際、手に入れた知識により、人間たちが話す言葉は理解できる。
あれ?
そういえば、一緒にこの世界に連れてきた火の原初精霊はどこに行ったんだ?
感覚で辺りを探ってみると、近くに火の原初精霊がいるのを感じることができた。
どうやら、ボクのことを守ってくれているようだ。
しかし、なんだか存在が小さく感じる。
地獄にいた頃は、もっと大きい存在だったはずなんだけど……。
ボクを宙吊りにしてケツを叩いた人間は、動けぬボクをベッドに置くと、ボクを産んだ女性の下に戻っていく。
ああ、意外とまともな所に生まれることができたんだな。ちょっと、安心した。
しかし、どうやって地獄に戻ろうか。閻魔大王によると、ボクの体には不死性が付与されてしまったようだ。
そんなことを考えていると、先ほど、ボクのことを宙吊りにしてケツを叩いた人間が素っ頓狂な声を上げる。
「た、大変ですっ!? 奥様のお腹の中に、二人目の子が――」
へっ? 二人目?
双子だったってこと?
目まぐるしく変わる状況に、出産現場が慌ただしくなる。
そして、しばらく待っていると「あぎゃあ」という声が聞こえてきた。
どうやら、本当に双子だったようだ。
しかし、双子か……。
そういえば、ボクの前世の死因もそれだったような……。
それにしてもなんだか眠いな。
こんな状況にも係わらず、急に眠気が襲ってくる。
ダメだ。眠い。眠たすぎる。
一旦、眠ろう。ちょっとだけ眠ろう。
これが地獄と現世との違いか……。
急に眠気に襲われるとは、なんて恐ろしい世界なんだ。地獄ではそんなことなかったのに……。
その思考を最後に、ボクは絶対的ピンチの中、意識を失った。
◇◆◇
魔法使いの由緒正しい家柄であるインリード家。
二人の赤子を前に、男と老婆は深刻な表情を浮かべていた。
男の名は、ジェン・インリード。老婆の名は、エリザベート・インリード。
インリード家の当主と祖母に当たる者である。
「まさか、忌み子が生まれるとは……」
「……畜生腹じゃ、畜生腹じゃ。だから、あの女は止めておけと言ったのじゃ」
畜生腹とは、動物が、一回に二匹以上の子を産む所から派生し、女性が一回の出産で二人以上の子供を産むことを罵った言葉。
つまりはクソみたいな性格をした老婆の戯言である。
インリード家に生まれたのは男と女の双生児。
この世界で男と女の双生児は、前世で心中した者の生まれ変わりとして忌み嫌われていた。
「……そう言っても、産まれてしまったものは仕方がないだろう」
「ではどうするのじゃ。由緒正しいインリード家に生まれたのが忌み子だと知れたら大変なことになるぞ?」
未だにそういった価値観が蔓延っていることは確かだ。それが原因で虐められ跡取りを無くした家も数多く存在する。
老婆の懸念に男は少し考え込む。
「……仕方があるまい。お家の方が大事だからな……赤子もきっと許してくれるだろう。忌み子は最初から産まれなかったことにする」
「それで、どちらの赤子を残すのじゃ?」
「男の方だ……家系を途絶えさせる訳にはいかないからな。可哀想だが、この子は生まれなかったことにする。リーチェも納得してくれるだろう」
「ふむ……まあ、それがいいじゃろ」
老婆はそう言ってほほ笑むと、赤子に視線を向けた。
◇◆◇
あー、やっぱりこうなったか……。
ボクの名前は、ステラ。ステラ・インリード。由緒正しい魔法使いの家系、インリード家に生まれた忌み子だ。
なんで、ステラなのかって?
そんなことは決まっている。いつの間にか森に捨てられていたからだよ。
捨てられたから、ステラ。自虐が利いていい名前だろう?
え? そんなことはないって?
というより、お前、女の子だったのかだって?
そうだよ。どこからどう見ても女の子だろ。それも超絶可愛らしい森ガールだ。森に捨てられていたしな。まつ毛とか超長いんだぞ? 羨ましいだろ。
そんな超絶可愛らしい森ガールが何をしているのかって?
決まっている。火の原初精霊、ファイア・オブ・プロメテウスに世話してもらっているんだよ。
ファイア・オブ・プロメテウス?
火の原初精霊の名前だよ。火の原初精霊なんて呼びにくいじゃないか。
プロメテウスは天界の火を盗んで人類に火をもたらした存在。今のボクが火の原初精霊に名付けるのにピッタリの名前だろ。現に閻魔大王からパクってきたんだし。
いや、そんなことはどうでもいいんだよ。
こちとらまだ産まれたばかりの赤子だぞ?
筋肉が発達していないから思うように動ける訳が……と思ったら動けたわ。
それ所か二足歩行で歩けるみたいだわ。なんで?
ファイア・オブ・プロメテウスに視線を向けると、思念が飛んでくる。
どうやら閻魔大王が一度寝たら地獄にいた頃の体に戻るようセッティングしてくれたらしい。
普通は魂を母体に宿らせ転生させるが、ボクの場合、魂の強度が強過ぎて魂だけ転生させることができなかったようだ。
余計なことを……。
まあ、でも理解はできる。
地獄にいた頃の強靭な体じゃ産まれるのに苦労しそうだからね。主にボクを産む母体となった女性が……。
それこそ、メルエム(腹の内側からパンチ)しないと腹から出ることができなくなってしまう。
まあやらないけど。
それじゃあ、声も出せるのかな?
「あー、あー。テステス。あっ、喋れるわ。歯がなくても結構いけるな。それじゃあ、ファイア・オブ・プロメテウス。ここにお湯を持ってきてくれる?」
そうお願いすると、ファイア・オブ・プロメテウスが薪と桶を持ってくる。
えっ?
何でそんな物を持っているのかって?
決まっているだろ。実家からパクってきたからだよ。なんなら服もタオルもあるぞ?
火の原初精霊であるファイア・オブ・プロメテウスはお願いに弱い。
実家から子育てに必要な物を取ってきてってお願いしたら、すぐに盗ってきてくれた。
ファイア・オブ・プロメテウスは桶にお湯を満たすと、ボクの前に桶を置く。
手をお湯に浸すと、丁度いい湯加減だ。
大体、百度位だろうか?
血の池の温度と比べるとかなり温いが、地獄生まれの新生児が沐浴する温度としては丁度いい。
流石はファイア・オブ・プロメテウス。
ボクのことをよくわかっている。
えっ?
普通の子供が間に受けるから悪質な冗談言うのをやめろって?
いや、冗談じゃないし?
血の池に浸かったことのあるボクなら余裕だし?
ならお前はあるのか?
血の池地獄に浸かったことがあるのか?
ないだろ。ないよな?
ボクはあるぞ?
それにフィクションかノンフィクションかも分からないような人なんて流石に……。
あれ、いるかもしれない?
じゃあ、この話は止めておこう。ボクの基準を本気にされたら大変だしな。
マジレスすると普通の赤ちゃんを沐浴するなら39度位が丁度いいぞ。閻魔帳にそう書いてあったから間違いない。
まあ、ボクにとっては冷水みたいな温度だが……。
桶に張られたお湯にゆっくり浸かると、体の汚れを落としていく。
地獄にいた頃は、歓喜の声を上げる時以外、老廃物なんて体から出なかったからなんだか新鮮な気分だ。体がサッパリする。
しかし、困ったな。これからどうしよう。
閻魔大王の余計な計らいにより地獄に戻るためには、付与された不死性を取り除く必要がある。しかし、現状、それを取り除く手段はない。
さて、どうしたものだろうか……。
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