第40話 卒業パーティー
プリシラ視点です。
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「よし、完璧ね」
私はクリーム色のドレスに身を包み、身だしなみを整えた。
今日は、ついに卒業パーティーの当日である。
結局、ラインハルトはドレスを贈ってはくれなかったし、迎えにも来なかった。
そもそも今日は――というかウィンターホリデーの前くらいからは、ここまで小説通りに事が進むなんて思っていなかった。
だから、残念な気持ちもないし、ついに敷かれたレールから外れたような気がして、何故か少し嬉しかったのだ。
今まで書き綴ってきた、『王太子妃プリシラの日記』も昨日で最後のページまで書き終えた。
今日からは新しい日記だ。
表紙に書くタイトルは……
「姉上ー! 用意できましたかー?」
「はーい、今行くわー」
エディが不在の共有スペースで、私を呼んでいるのは弟である。
弟は私の一つ年下で、来年度――すなわち今年の夏から貴族学園に入学する事が決まっている。
学園の見学も兼ねて、今日は弟がエスコートしてくれる事になったのだった。
ちなみに、弟の入学が決まったのは先月の事である。
父の新規事業が徐々に軌道に乗ってきたので、弟の学費も工面できそうなのだそうだ。
ただ、私自身はこのまま学園に通うかどうか少し迷っている。
理由は、エディとの同居が露見したからである。
私も薄々気づいていたのだが、貴族はスキャンダルを嫌う――すなわち、私を嫁に貰ってくれる貴族は今後現れないだろうと言う事だ。
その話は父から聞いたが、私もエディも怒られなくて済んだ。
ただただ、甲斐性のない父を許してくれ、あの頃はとにかく必死で金も気も回らなかった、済まなかった、と繰り返すばかりだった。
それでもエディとはやはりもう一緒に住む事は許されず、エディは以前住んでいた小さなアパートを借り、エディの代わりにここには弟が入居してきたのだった。
私を呼ぶ声がエディでは無い事に何故か私は残念な気持ちになり、もう一週間以上も会っていないエディに、無性に会いたくなったのだった。
夕暮れの街を、弟と二人でゆっくり歩く。
生徒たちが馬車で学園へ向かっているのだろう、貴族街から学園へ向かう道は少し渋滞していた。
私達の家から学園までは歩いて三十分ぐらいだ。
馬車を借りるにもお金が掛かるし、幸い足腰は丈夫だから歩いた方が早い。
「着きましたね。意外と近いんですね」
「そうよ、歩いて正解でしょ?」
「そうですね、姉上。……あ、僕、ちょっとお手洗いに行ってきます。先に控室に行ってて下さい」
「分かった。迷子にならないようにね」
「はーい」
――私はしばらく控室で弟の戻りを待っていたが、入場時間が近くなっても弟は戻って来ない。
迷子になったのだろうか。
だが、探しに行く時間もないしすれ違ってしまうかもしれない。
「どうしよう……誰かに言った方がいいかな……」
「プリシラ」
困った、幻聴が聞こえる。
こういう時、エディが居てくれたらとずっと思っていたからだろうか。
だが、エディがここに居るはずがない。
「一年生の入場の後は二年生が来ちゃうし、もう一人で行くしかないか……」
「プリシラ?」
おかしい、さっきより幻聴がはっきり聞こえる。
私は余程焦っているのかもしれない。
……ラインハルトもいないし、やっぱり今日は一人で……
「プリシラ!」
「えっ?」
三度目は、真後ろから聞こえた。
強めに私を呼ぶ声、はっきりと聞こえる。
私がそーっと振り返ると、そこには……
「エディ……?」
私が誕生日に贈ったスーツを身に纏い、ピシッと髪を固めて、緊張した面持ちのエディが立っていた。
「どうしてここに?」
「お前の弟と交代だよ。今日は俺がプリシラをエスコートする」
「え? え?」
「詳しい事は後で。ほら、お手をどうぞ、お姫様」
「……え……? は、はい……?」
どういう事だかさっぱり分からないが、私は胸が高鳴るのを感じていた。
以前レストランへ行った時にもエディがエスコートしてくれたが、何故かその時より格段にスムーズになっている。
ちらりと横を見ると、キリッとした横顔が目に入る。
私の視線を感じたのか、エディもこちらを見て、柔らかく微笑んだ。
とくん。
私……ときめいてる?
エディに……ドキドキしてる。
何だろう、この気持ち……感じた事のない気持ちだ。
とくん。
鼓動が高鳴る。
今日、ずっと、会いたいって思ってた。
一緒に住まなくなってからは、心にぽっかり穴が開いたみたいだった。
とくん。
私……途中から、小説通りに展開が進むのが、寂しくて怖かった。
どうしてだろうって、ずっと思ってた。
でも、今分かった。
とくん。
エディと、離れたくなかったんだ。
私、エディの事が、好きなんだ――。
********
一年生、二年生の入場が終わり、会場では三年生の入場を待っていた。
三年生は主役だから、少し準備に時間がかかる。
待っている間、エディは何を説明するでもなく、ただ静かに佇んでいた。
……いつからだろう。
五、六年前までは私の方が背が高かったのに、いつの間にかエディは私を追い越してしまった。
でも、私は自分の事ばかりで、そんな事にも気付かなかった。
しばらくして、三年生の準備が整ったようで、順番に入場してくる。
ラインハルトは学年主席だから、最後の入場だ。
エミリアはBの苗字で入場してこなかった。
やはりエミリアはラインハルトと入場するのだろうか。
本来ならここでエミリアを断罪する筈だったのだが、そんな事はもう起こらない。
私の隣には、ラインハルトではなくエディがいる。
それに、今ではエミリアに奇妙な友情すら感じている。
Gで始まる苗字が終わり、次はアレクの入場だ。
「アレク・ハーバート、モニカ・ブラウン」
「……え?」
予想外の随伴者に、私は思わず小声で呟いてしまった。
モニカ・ブラウンと呼ばれた女性は、エミリアに良く似ていた。
金色の髪、青い瞳……だが少し日焼けしていて、エミリアよりも童顔で快活そうな印象だ。
そして、アレクが……あのアレクが、見た事もないような限りなく優しい、満ち足りた表情を浮かべている。
エミリアと一緒にいても浮かべる事のなかった表情に、私は全てを悟った。
――ホリデーでアレクと一緒にいたのは、彼女だ。
それに思い返してみると、アレクはエミリアの事を好きだと一言も言っていなかった。
私が勝手にそう思い込んで、優位に立った気になっていただけだ。
『エミリアの事が好きなんでしょう? ――どこで聞いた』
『俺は王家だけに忠誠を誓っている』
『人には言えない関係とか言ってたな』
アレクとのやり取りや、エディからの情報にもはっきりエミリアとの関係を肯定するものはなかった。
そもそも、エディの名入れしたブレスレットだって、よくよく考えたら彫ったのは二つとは限らないじゃない……。
「……アレクさん、幸せそうだな。俺、聞いたんだ。今まで、婚約していることを発表出来なくて、こっそり付き合ってたんだって」
エディがそう耳打ちしてくれた。
「……ていうか、エディ、アレクと知り合いだったの?」
「……ああ。エスコートの仕方とか、ダンスの踊り方とか、この一ヶ月間、教えて貰ってたんだ」
だからエスコートの仕方も姿勢も格段に良くなっていたのか。
……しかしどういう事情なのか、ますます分からなくなってきた。
エディとアレクは、ただの店員と顧客の関係だった筈だ。
後でちゃんと話を聞かせて貰わないと。
そうこうしている内に、三年生の入場も終盤に差し掛かっていた。
そして、最後の入場者が呼ばれる。
「ラインハルト・ヴァン・レインフォード、エミリア・ブラウン・レインフォード」
会場が、ざわつく。
ゆっくりと入場してきたその二人は、純白の衣装――婚礼衣装に身を包んでいたのだった。
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