第17話 プリシラの幸せ
プリシラ視点です。
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「お茶会ではドレスを貶された……腹が立つわ、あんなに頑張って裾直ししたのに、縫製が甘いだなんて! プロじゃないんだから出来る訳ないじゃない! それに誰!? あんな危ないところに紅茶を置いたのは! いえ、きっとエミリアね、わざとだわ! そのせいでシミができたじゃない!」
私は、日記を書き殴っていた。
やっぱりエミリアは嫌な女だ。
美人だし、上品ぶって話すし、何かと涙を武器にするし!
それにひきかえ、ラインハルト殿下はやはり最高の殿方だ。
今日のお茶会の後、私を慰めてくれた。
一言一句、きっちり正確に思い出せる。
忘れないうちに、私は日記に書き記したのだった。
「えっと、次はぁ……流れ星よね。でも流星群がいつ来るのかわからないのよねぇ」
アレクにも次の予定を聞かれたのだが、私は新聞も取っていないし、まともに話せるのも同居人のエディしかいないから、流星群がすぐに来るのか数ヶ月後なのかも分からない。
今思えばもしかしたらアレクは知っていたかもしれないから、聞いておけば良かったと思う。
「とりあえずラインハルトに会いたいから、明後日バイト先に来てもらえるように頼んだけど……忙しいだろうし、小説に出てくるイベントじゃないし、期待はしないで置こうっと。ふふふん、でも、頑張って働いてる姿を見せたら好感度上がっちゃうかもー!!」
よし、と気合を入れて私は日記帳を引き出しにしまう。
そろそろ夜ご飯の支度をしないといけない。
お茶会が終わったのでバイトは休日だけ入るようにしたから、最近は少しだけ時間に余裕がある。
バイトに精を出している間に遅れてしまった勉強は、あまりやる気にはならないが、そのうち取り戻せるだろう。
ただいまー、とエディの声が聞こえてきて、私は自室を後にした。
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「ふんふふーん♪」
私はご機嫌で店の掃除をしていた。
このどら焼き店『さん爺のおやつ』は人気店である。
売り切れ次第閉店するので、夕方にはもう店じまいだ。
今日は、会えないかと思っていたラインハルトに会えた。
ラインハルトはアレクではなく、何故か体格のいいおじさんと一緒だった。
アレクがエミリアを連れて歩いている後ろ姿を見かけたので、エミリアはラインハルトよりアレクを優先したのかもしれない。
嬉しくなったので、予定にはなかったがラインハルトにエミリアとアレクの関係を伝えてみた。
今日は私を拒絶したが、これからラインハルトは悩み、そのうちエミリアよりも私を選ぶようになるだろう。
掃除をしながら考えに耽っていた私に、店の奥の居住スペースから声がかかる。
「おーいプリちゃん。タマちゃん見なかったかい?」
店主の爺さんは、私のことをプリちゃんと呼んでいる。
ちなみにタマちゃんは爺さんの飼い猫である。
「知りませんよぉー。さっきまで縁側で日向ぼっこしてましたけど、暗くなってからは見てませんよぉ」
「どこにもいないんじゃよ。困ったのぅ」
「タマちゃんの行きそうな場所に心当たりはないんですかぁ?」
「行きそうな場所は全部探したんじゃがのう。すまんが今日は掃除も明日の仕込みもいいから、探すの手伝ってくれんかのぅ。残業代出すから」
「残業代出るんならやりますぅ」
「今日は何ちゃら座流星群が見られるらしいから、タマちゃんと一緒に眺めたいんじゃ。頼んだぞー」
そう言いつけると、店主の爺さんは厨房に入っていってしまった。
「……流星群? 今日!?」
なんと、流れ星イベは今日だったのか。
それならわざわざアレクに無理言う必要なかったじゃない。
まあおかげで私の恋路もアレクの恋路も進展したんだからいっか。
それはさておき、今日が流れ星イベということは、タマちゃんはあそこにいるはず。
そしてラインハルトも――。
私は急いで化粧直しをして、学園へと向かったのだった。
「タマちゃーん、どこぉー?」
どこにいるかは分かっているが、不法侵入者扱いされては困るので、声を出しながら真っ直ぐ校舎へと向かう。
途中、理科準備室に明かりがついているのが見えたので、先生に見つからないようにその近くでは声を出さず、静かに通り過ぎた。
屋上近くで私は再び猫の名を呼ぶ。
「タマちゃーん、どこにいるのぉー?」
屋上に出ると、探していた猫と会いたかった人が一緒にいるのが見えた。
ラインハルトがタマちゃんを抱き上げている。
た、タマちゃんが羨ましい……!
だが、いつまでもラインハルトに抱っこさせておく訳にもいかないので、私はタマちゃんを呼んだ。
タマちゃんを抱き上げると、ちょっぴり暴れだす。
この猫もラインハルトの方が好きらしい。
うーん、動物好きアピールはラインハルトに有効かなぁ?
私は残業代と好感度目当てで、探しに来たタマちゃんを可愛がっているフリをする。
「あーん、タマちゃん、良かったねぇ。殿下に遊んでもらってたのぉ?」
ラインハルトは無反応だ。
お礼を言うとその返答はあったが、そこまで猫が好きな訳でもなさそうだ。
まあ、もともとクールで感情表現が乏しいタイプだから分かりにくいが。
ラインハルトの笑顔を見る日はいつになるのだろうか。
だが、流れ星を見るために一緒にいたいとお願いしたら、少しなら、とお許しが出た。
私に背を向けたのは、照れからだろうか。
もう少し近寄ってみよう――。
私は、タマちゃんを抱っこしたまま、ラインハルトの背中に頭をもたげた。
「……やめろ」
ラインハルトはそう言ったが、私を振り払うような素振りは見せない。
本当に嫌がっている訳ではないだろう。
「少しだけ……少しだけですから」
香水だろうか、良い匂いがする……。
私は目を閉じてラインハルトの背中の温度を堪能したのだった。
くすぐったいのだろうか、ラインハルトは少し身じろぎしている。
少しして、改めて離れるよう言われたので私は頭を上げて一歩下がった。
その時――
「あ……流れ星が」
私達を祝福するように、一つの星が夜空を流れていったのだった。
「ふふ、願い事しちゃいました。殿下が振り向いてくれますようにって。叶うといいなぁ」
願いは、きっと叶う。
何故なら、そう決まっているから。
その時、腕に抱いていたタマちゃんが大きく身を捩り、腕から脱走してしまった。
もう少し一緒にいたかったが、仕方ない。
「殿下ぁ、また学園で会いましょうねぇー! お店にもまた寄って下さいねぇー! さよーならぁー……待ってぇ、タマちゃーん!」
私はタマちゃんを追って、校舎の中に戻ったのだった。
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私はタマちゃんを今度こそ捕まえて、爺さんのところへ戻った。
タマちゃんを溺愛している爺さんは残業代を弾んでくれて、私はホクホク顔で帰宅した。
いつもより遅いから、エディの方が早く帰っているかもしれない。
「ただいまぁ」
「お、おかえりー。今日遅かったなー」
「爺さんに頼まれて猫探してた。毛だらけだからご飯の前にお風呂入っちゃうね。もうちょっと待てるー?」
「あー、今日は俺用意するよ。たまにはゆっくりしなよ」
「え、珍しく気が利くじゃん。どしたの?」
「いーからいーから。ほら、風呂入って来なよ」
促されてお風呂に入った私は、その間に用意されていたご馳走を見て驚いた。
普通の貴族の食事には到底及ばないが、庶民からしたら普段は手が出ない肉料理まで用意されている。
更に驚くことに、小さい物ではあるが、有名店のホールケーキが一つ、用意されていたのだった。
「エディ、これ……どうしたの?」
「ふっふっふ、実はな……ボーナスが出たんだよ! しかも、来月から昇給になったんだ!」
「へぇ! すごいじゃない! おめでとう! いつも頑張ってたもんねー」
「へへん、もっと褒めてくれていいんだぞ」
エディは物凄く得意気な顔で、鼻を擦っている。
が、ふと緊張感を滲ませると、真剣な目で私を見つめた。
「……それで、さ。今まで碌に祝ってやれなかったけど、ようやくちゃんと出来るな。……プリシラ、誕生日おめでとう」
「……えっ……」
私はイベントをこなす事に夢中で、忘れていた。
それに記憶が戻ってからは、前世の人格の方が少し強くなっていたのもあるかもしれない。
「そっか、今日、私の誕生日だ……」
「ぶっ! お前、忘れてたのかよ! 緊張して損したー!」
「あはは、何でエディが緊張すんのよ! ……でも、ありがと」
「……おう」
私は、その日の日記に初めてエディの事を書いた。
ラインハルトと見た流れ星が綺麗だったこと、猫を追い回して疲れたこと、エディとご馳走をお腹いっぱい食べたこと、それで元気が出たことを、私はしっかり書き記したのだった。
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