第15話 ラインハルトの受難
ラインハルト視点です。
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私はパティスリー『さん爺のおやつ』に十分程並んで、ようやく入店する事ができた。
……しかし何人も騎士を連れてきていて、アレクは何故一番むさ苦しいのを選んだんだ。
絶対にわざとだ。面白がっているに違いない。
「あーっ、殿下ぁ、いらっしゃいませぇ。あれ、今日は大きいお連れ様がご一緒ですねぇ? アレク様はぁ?」
「事情があってな……アレクはエミリアと一緒だ」
ああもうやる気出ない帰りたいなんでむさいおっさんと一緒なんだ私はエミリアと一緒が良かったアレクずるい甘いもの食べた時の天使の微笑み見たかったせめてお土産に包んでもらって一緒に食べようかなそれより早くエミリアと劇を見てエミリアとディナー行ってエミリアと流れ星を見たい。
「まあ、お可哀想に……! そんなに暗いお顔をなさらないで下さい、私が精一杯おもてなししますよぉ。さぁ、あちらのお席へどうぞぉ」
プリシラ嬢はパティスリーに併設されている喫茶スペースに私達を案内すると、何故か私の隣に座った。
プリシラ嬢はメニューを広げると、私にぐいぐい近寄ってきて、腕を絡ませてくる。
……正直やめてほしいが、これがどういうイベントなんだか分からないから無下に振りほどくこともできない。
「おすすめはぁ、この定番のどら焼きセットですぅ。あとはぁ、今の季節だと栗のどら焼きも美味しいですよぉ。個人的には生クリームとあんこのダブルサンドも好きなんですけど抹茶どら焼きもぉ……」
隣には愛しのエミリアの天敵、正面にはむさ苦しいおっさん。
隣のプリシラ嬢は体をすり寄せてくるし、正面のおっさんはやたら目を輝かせながら夢中になってメニューを見ている。
何の拷問だ。
私は何か悪いことをしただろうか。
「……ねぇ殿下。私、小耳に挟んだんですけど、アレク様はエミリア様の事が好きなんですって。きっとお二人は両思いなんですよぉ。殿下、私ならずーっと殿下を愛し続けると誓いますぅ。どうか、私を選んで……」
プリシラ嬢は、私に引っ付きながら耳元でそう囁く。
その妖しい声色に、私はゾワゾワとした寒気に襲われた。
……気持ち悪い。
この生物は、何を言っているのだろうか。
私がエミリア以外を選ぶ訳がないし、エミリアも私以外の男を選ぶ訳がない。
私は返事をせず、そっとプリシラ嬢の腕を解き、拒絶を示した。
「……今はいいですぅ。でも、私の気持ちは変わりませんから、覚えていて下さいねぇ」
プリシラ嬢は立ち上がり、正面のおっさんの注文を聞いている。
むさいおっさんは三つもどら焼きを注文して、食べて行く気満々のようだ。
だが私は食欲が無くなって、緑茶を一つと、定番のどら焼きを三つ、テイクアウトで注文したのだった。
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店を出た私達は、エミリアとアレクの姿を探すが、まだ戻っていないようだ。
すぐに席を立ってしまったから、あれからまだそんなに経っていないし、もう少し時間がかかると思っているのだろう。
仕方なく、店の近くの石段に腰掛けて二人を待つことにした。
騎士のおっさんは先程買ったどら焼きを美味しそうに頬張っている。
勤務中だろうが、というツッコミを入れる気力も残っておらず、私は緑茶を啜るのだった。
「殿下、お待たせしてしまい申し訳ございません……!」
しばらくしてエミリアの声が聞こえてきて、私は一瞬にして元気を取り戻した。
しかし、彼女の顔を見た瞬間、すぐさま何かあったであろう事を悟った。
隣のアレクも青い顔をしている。
私がエミリアに尋ねると、すぐさまアレクが深く謝罪し、エミリアはアレクを庇う発言をした。
「……何があった」
「実は……」
そうしてエミリアは、事の一部始終を話してくれたのだった。
エミリアの話を聞いて、私は怒りが込み上げてくるのを感じた。
どう考えても、こんなに可愛いエミリアを一人にして側を離れたアレクが悪い。
大体、清楚で品の良いワンピースが見事に似合っているエミリアは可愛すぎてめちゃくちゃ目立ってたじゃないか、一人にしたらすぐにナンパされるに決まっている。
エミリアに怪我もなく、何もされなかったから良かったものの、マクレディ先生が来なかったらどうなっていたか。
さらに助けてくれたのがマクレディ先生ではなく悪い男で、礼をしろとエミリアに嫌な事を強いたりでもしたらどうするのだ。
考えただけで恐ろしい……!
もしそうなったら私は権力を振りかざして関係者を全て探し出して処刑しただろう。
付いていた騎士も、アレクでなかったら許さなかっただろう。
……更に悪いことに、アレクはわざわざむさ苦しいおっさんを選んで私に押し付けたことを、私は忘れていない。
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アレクに一通り文句を言い、アレク曰く今日来ている騎士の中で唯一甘い物好きだからという理由で私の護衛についていたらしいおっさんが持ち場に戻り、プリシラの話した内容を共有した後、私はエミリアとのデートを再開した。
「何だか疲れてしまったね……。エミリア、色々済まないな」
「いえ、大丈夫ですよ。確かに先程は怖かったですけれど、こうして無事でしたし……またこうして殿下とお出かけする事が出来て、嬉しいです」
そう言ってエミリアは、自分から手を伸ばして指を絡めて来てくれた。
先程プリシラ嬢に触れられた時とは全く違う、暖かく幸せな感情が指先から全身に伝わっていく。
エミリアは恥ずかしそうに、はにかむような笑顔を私に向けてくれている。
「エミリア……。私は、幸せ者だな。君がこうして側にいてくれる」
私は疲れも黒い感情も全てほどけていくのを感じていた。
エミリアにふっと笑いかけると、彼女も幸せそうに目を細めた。
劇場に到着してロイヤルシートに着席すると、すぐに開演の時間になった。
予想外の事でスケジュールが押してしまったが、何とか間に合ったようだ。
上演中も、私達はずっと手を繋いで過ごした。
時折エミリアの方を見ると、エミリアはすぐに私の視線に気が付いて笑いかけてくれた。
絵に描いたような幸せが、今ここにある……。
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「演劇、とても面白かったですね。流石は殿下おすすめの劇団ですわ。特に主演の御二方がとても素晴らしくて、引き込まれてしまいましたわ」
「ああ、楽しんでもらえたなら良かった。また演目が変わったら観に来よう」
「ええ、是非!」
エミリアは目を輝かせていて、楽しんでくれた事が伝わってきた。
私自身はそれほど演劇に興味がある訳ではないが、エミリアがこれほど喜んでくれるのならまた連れてこよう。
「確か、先生との約束は七時だったな。まだ少しだけ時間があるから、何処かで軽食を取ろうか」
「そうですわね。この辺りにはカフェが沢山ありますし」
「カフェに入るのも良いが、実は土産があるんだ。……ほら」
私は肩に下げていた鞄から、紙袋を取り出した。
先程買ったどら焼きである。
「まぁ! 嬉しいですわ、一度いただいてみたかったのです」
「プリシラ嬢の働いている店の物だから、一応毒味をさせた。だから少し欠けているが、毒の心配はないよ」
「ありがとうございます……! プリシラの姿が見えた時、自分では買いに行けないと半ば諦めておりました」
「それは良かった。じゃあ、飲み物を買って何処かに座ろうか。……アレク、出てきていいぞ」
私はアレクの気配がする方を向いて声をかけた。
アレクは恐る恐る出てきて、ぴしりと敬礼をする。
「……もう怒ってないよ。ほら、お前の分もあるぞ、どら焼き」
「……ありがとうございます。恐縮であります」
「だからもう怒ってないって」
「コーヒーでいいですか」
「ああ、気が利くな」
「エミリア様は何をお飲みになりますか?」
「じゃあ、カフェオレをお願いしてもいいかしら」
「承知致しました。人が多く暗い場所は警護が難しいですので、馬車で待っていていただけると助かります」
「分かった。さあ、行こうかエミリア」
「はい」
そして私達は馬車の停めてある所へ向かい、それに乗り込む。
馬車で食事をすると車酔いしてしまうからという事で、結局どら焼きは学園に着いてから食べる事にした。
飲み物を買って戻ってきたアレクを乗せて、馬車はゆっくりと学園に向かって動き出したのだった。
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