第13話 王都にお出かけ
エミリア視点です。
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「エミリア、今度観劇に行こう」
ラインハルト殿下は、目をキラキラさせながら突然そう切り出した。
「観劇ですか?」
「ああ、最近話題の劇団が王都に来るそうだ。演目は……」
美しい銀色の瞳を輝かせて演目の説明をする殿下は、とても楽しそうだ。
この劇団が来るのを、余程楽しみにしていたのだろう。
「それで、観劇の時間は昼間と夕方、どちらにしようか? 私としては昼間は買い物をして、カフェで一休みして、夕方になったら劇場に行って、それからレストランでゆっくりディナーを……」
「ふふ、楽しそうですわね、殿下」
「ああ、楽しみだな、本当に」
「殿下がそんなに演劇がお好きだとは、知りませんでしたわ」
「君と出かけるのが待ち遠しいよ」
「うーん、会話が微妙に噛み合ってない気がするのは俺だけですかねえ……。それに殿下、そもそもの目的、忘れてません?」
「おいアレク、台無しだ」
アレクの言葉に、殿下は一瞬で不機嫌な表情に変わる。
目的とは……観劇ではないのだろうか?
「何の話ですの?」
「プリシラ嬢に次の予定を聞き出したんですよ。そしたら街に繰り出せるっていうんで殿下が張り切り出しまして」
「街……街……なんだったかしら」
私はなんとか思い出そうと記憶を探るが、全く出てこない。
「俺は、夕方までにとある店に殿下が立ち寄るよう仕向けろとだけ言われましたが、心当たりはおありですか? えっと、店の名前は……『さん爺のおやつ』」
「中々のネーミングセンスだな」
「それ、今話題のパティスリーですわ。ご令嬢達の間で噂になっていました。小麦粉の生地で甘い豆のペーストを挟んだお菓子と、緑色のお茶を出すお店だと聞いていますわ」
どら焼きと緑茶の事だが、まだこの王国には馴染みがない。
店主のお爺さんは海外から移住してきた方で、故郷の味を再現して販売したところ、斬新だと話題になっているようだ。
転生者としては、そのお爺さんの故郷というのが一体何処なのか、気になる所である。
「へぇ、緑色のお茶とは珍しいですね」
「私は一度だけ飲んだことがあるな。確か海の向こうの国で飲まれている茶で、こちらで飲んでいる紅茶と元々は同じ品種なのだが、発酵や抽出の方法が違うのだそうだ」
「殿下、お詳しいのですね。流石ですわ」
「ふふ、エミリアに褒められると嬉しいな」
私が誉めると殿下はすごく嬉しそうにしている。
お茶会のテーブルの仕掛けを作っていた時にも思ったが、殿下は本当に博識で頭が良いのだ。
あの緻密な計算は、見ているだけで気が遠くなりそうだった。
それはさておき、プリシラが指定したお店は、物語の中に出て来た記憶がない。
もしかしたらうっすら出てきたかもしれないが……何だろう。
単純にプリシラが行ってみたかっただけだろうか、プリシラも日本人だし。
「それにしても思い出せないわ……困ったわね」
「当日になれば、何とかなるんじゃないか? この間の茶会も、結局私達が用意した仕掛けがなくても予定通りになったのだし」
「うーん、ですが相手はあのピンクの悪魔ですよ」
プリシラの話をするとアレクは身震いをする。
余程怖いのだろう。
「指定されている日付はいつなの?」
「明後日です。……あ、そういえば明後日は流星群が来るみたいですよ。夜空がよく見えるオープンテラスのレストランを予約しておきましょうか」
「お、アレクいい仕事するじゃないか」
「あ、そういえば……流れ星といえば、学園の屋上で一人で夜空を眺めている殿下がいて、一緒に流れ星に願い事をするシーンがあったわ。明後日起きるイベントかしら? うーん、でも殿下がどうして夜の学園なんて行くのかしら?」
「殿下が学園に行く理由は書かれていなかったんですか? プリシラ嬢はどうして学園に?」
「プリシラは、確かバイト先の店主が飼っている猫が逃げてしまって、追いかけているうちに学園に入ってしまったのよ」
「そのイベントにはエミリアは出てこないのか?」
「出てこなかったと思いますわ」
「そうか……」
「今見るからにやる気なくしましたね、殿下」
殿下は肩を落としている。
そもそもヒロインとの絡みがメインなんだから仕方ない。
あくまで、悪役令嬢はスパイスなのだ。
「まあでもエミリア様が関わらないイベントなら危険な事も起こらないんじゃないですか? プリシラ嬢は殿下には危害を加える事はありませんよ、多分」
「……それもそうだな。適当にちゃちゃっと済ませるか。ところでそのイベント、ディナーの前と後どっちだと思う?」
「……まったくこの人は……」
私は小説を思い出す事に集中し、殿下は当日の計画を楽しそうに考えていて、アレクは殿下に時々ツッコミを入れている。
なんと平和なんだろう……。
こんな日々が続いたらいい……いや、私達の手でこれから掴み取るのだ。
プリシラなんかに、負けないわ――。
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「いい天気ですね。風が気持ちいいわ」
「本当によく晴れているな。これなら流星群も良く見えるかもしれないな」
私と殿下は、ただいま王都でお買い物中である。
今日の殿下はお忍びスタイルで、ラフな格好をしている。
目立つ銀髪は一つに結び、大きめの帽子を被っている。
それでもやはり高貴なオーラは隠し切れるものではない。
……要するに、目立っている。
一方、私は殆どいつもと変わらない髪型とメイクだが、歩きやすいように膝丈の清楚なワンピースを着ていて、日差しを遮るため、つばの大きい帽子を被っている。
普通に見かける、お忍びの貴族令嬢スタイルだ。
だから、なんだかいつもより視線を感じるのは絶対に殿下のせいだ。
「殿下、今日のお召し物は普段と違ってカジュアルですわね。よくお似合いですよ」
「エミリアこそ、そのワンピース、よく似合っているよ。可愛すぎて他の男に見せたくないな……ほら、また。さっきからすれ違う男共の視線を独り占めしているよ」
「そんな事ありませんわ。殿下こそ、目立っておいでですわよ。ほら、あちらこちらのご令嬢が殿下を見ていますわ」
ちなみに、今日はアレクはいない。
近くにはいるだろうが、デートを邪魔したら馬に蹴られると言って、陰から護衛をしてくれている。
学園の外で不特定多数の人間がいるから、アレク以外にも何人もの騎士が陰ながら見守ってくれているらしい。
「エミリア、危ない。よそ見してるとぶつかるよ」
「あ、申し訳ございません。殿下、ありがとうございます」
いつの間にか私は人にぶつかりそうになっていて、殿下がすっと肩に手を回して引き寄せてくれた。
くるりと殿下の方を見ると、殿下もこちらを向いていて、予想以上に近い所に顔があった。
……破壊力抜群……!
私は赤面してしまったが、殿下も耳がほんのり赤くなっている。
殿下は前を向き直すと、肩から手を離した。
離れていく体温が、少しだけ寂しい。
殿下もそう思ってくれたのか、単純に街が混雑しているからか、すぐに嬉しい提案をしてくれた。
「エミリア。人が多いから手を繋いで歩こうか」
「は、はい……!」
私が頬を染めておずおずと手を差し出すと、殿下は指を絡めてしっかりと私の手を握った。
……こ、こ、恋人つなぎである。
王都には何度か足を運んでいるが、実は手を繋いで歩くなんて初めてで、ドキドキしてしまう。
「殿下の手、大きいですね」
殿下の手は私より一回り大きくて骨張っている。
剣を握るからか、皮膚も固くなっていて、私の手とはまるで違う。
殿下は中性的と言ってもいい美しいお顔立ちだが、やはり男性の手なんだなと改めて思ったのだった。
「エミリアの手は、小さくて柔らかいな」
そう言って、殿下は優しくきゅっ、と手を握った。
私も殿下の手を握り返すと、殿下はとろけるような微笑みを浮かべたのだった。
「さて、ここが例の店だな。一体何を企んでいるやら……」
私達は、パティスリー『さん爺のおやつ』の前に来ていた。
話題になるだけあって、お店はかなり繁盛しているようだ。
お店の中にも沢山客がいるし、外にも行列が伸びている。
「……並びましょうか。プリシラはもう来ているのかしら」
並んでいる中にはピンクの髪はいないようだ。
だとしたら、店内にいるのか、これから来るのか。
「殿下、エミリア様。プリシラ嬢はどうやらここでバイトしているみたいですよ。ほら」
「あ、アレク、いつの間に」
気付いたらアレクが真横にいて、私は驚いた。
そして、アレクが指差す方を見ると、待機列を整理するために店員が出てくるのが見えた。
ピンクの髪の、店員が。
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