第三話:荒療治
寒さに歯をカタカタ言わせ、その場に倒れ伏しているアイリとエル。
まさかこいつら、この雪の中ここまで来たってのか!?
「ティアラ! 手を貸せ!」
「は、はい!」
俺は急ぎあいつに声を掛けると、扉に
「一旦暖炉の前に寝かすぞ!」
「はい!」
アイリに肩を貸しつつ、上半身を起こしたティアラの反対に周り、俺も手を貸す。
ずっしりとした重さ。くそっ。ガチガチに
思わず舌打ちしたくなるのを堪え、俺達はアイリを引きずりつつ、何とか二人を部屋に入れると、リビングの暖炉の前に並べて寝かせた。
「悪い。扉を閉めてくれ。それから、俺とお前の部屋のベッドから毛布を取ってきてくれ。すぐにだ」
「はい!」
ティアラへの指示もそこそこに、俺は二人の額に手をやる。それでも目覚めはせず、意識のないまま、苦しげな顔で荒い呼吸を繰り返すだけ。
……くそ。完全に冷え切ってやがる。
これは凍傷の前兆か。
俺も昔、ここに来た矢先、最初の大雪の時に外を甘く見て、痛い目を見た記憶がある。
あの時は荒療治で何とかしたが、あれは正直薦められるやり方じゃない。
あの対処は別な意味で危険。だが、このまま放っておきゃ、こいつらの命に関わる。
なら……。
ふぅっと息を吐き、俺は迫られた選択に対する答えを決めると、まず二人のコートを脱がし、身につけている武器、防具、バックパックなどを急ぎ外し始めた。
「毛布をお持ちしました」
「助かる。次は俺の部屋の暖炉に火を付け、鍋の湯を沸かせ。それから、風呂の湯の熱さを確認しろ。多少
「承知しました」
俺は衣服だけになった二人を順に毛布でくるむと、一人ずつ両手で抱え上げ、俺のベッドに運ぶ。
俺のベッドは大きめだから、二人を寝かすのくらいの余裕はある。
そこにアイリとエルを並べて寝かせた後、ベッドの横のサイドテーブルに鍋敷きを置いた。
次に、部屋の戸棚にある液体の入った瓶を二つ手に取り、部屋のテーブルの上に置き、その足でそのままキッチンに向かうと、
そして、近くの棚に仕舞っておいた少し底の深い皿と、引き出しに仕舞っていた乾いた布を手に取り、俺の部屋のテーブルの上に置き、自分も椅子に腰を下ろす。
俺はじっと二つの瓶を眺めると、まず透明な液体の入った瓶の栓を抜き、液体を皿の半分位まで注ぎ入れる。
そして次に、毒々しい程に赤い液体の入った瓶を手に取った。
さっき皿に入れたのは、毒の効果を抑える緩和剤。
そして、今手にしているのは、
こいつは血管に吸収される毒で、血液に混じって身体全体に回り、血液を熱くさせる。
毒が回り切るまでには時間が掛かる遅効性。だが、効果が出れば身体に強い熱が起こり、そのまま全身焼けるような痛みを伴って死んでいく、結構エグい毒だ。
これだけ聞けば、暗殺に向いてそうな毒なんだが。実際は臭いが強い為バレやすく、狩り以外での実用性は殆どない。
だが、こいつをうまく使えば、凍傷に効果を発揮する。
悲しいかな。これは自分の身体で実証済みだ。
そもそも凍傷ってのは、雪や寒さから身体に氷の精霊が宿ってしまい起こる病気だが、厄介な事に、有効かつ安全な治療法がない。
病気故に、神術なんかじゃ治せない凍傷の一般的ば治療法は、とにかく身体を温めて、うまく氷の精霊が体外に出るのを祈るだけ。
だが、より体の奥に精霊が籠もってしまい、結局身体が冷え切り凍死する事も多い、寒い地域じゃ最も厄介な病気だ。
体内から直接身体を熱くするこの毒には、そんな氷の精霊を追い出すだけの力がある。が、直接盛れば、今度は毒が効きすぎて命を落とす諸刃の剣。
だからこそ、うまく薄めなきゃならねえんだが……比率を間違えば、毒なり凍傷なりでこいつらの命を奪う事になる。
結局は綱渡り。
だが、身体に触れた限り、こいつらの症状はかなり進んでいる。このままじゃ見殺しだ。
俺は過去の記憶を元に、分量を考える。
こいつらは若いし体力もある。とはいえ、流石に盗賊や暗殺者のように、毒に免疫を持つような訓練は受けてないはず。
この方法で、いけるのか?
……いや。悩むな。
このままじゃ、貴重な時間が失われるだけだ。こいつらを信じて、覚悟を決めろ。
じっと瓶を見ていた俺は、意を決して中和剤の入った皿に、毒を三滴垂らす。
三滴目でほんのり赤く色づく緩和剤。この量であっさり色が付く辺り、この毒の強さが分かる。
……もう一滴だけ。
皿にぽたりと一滴垂らすと、緩和剤の赤みがもう少しだけ増した。
……よし。これでいく。
俺はそれぞれの瓶に栓をし直すと、暖炉にある鍋を見た。
既に湯気が上がり、沸騰し始めたそれを見て、近くの鍋掴みを使って鍋を持ち、それをサイドテーブルに移す。
「お風呂の準備ができました」
と。そこに息を少し荒げながら、ティアラが部屋に入ってきた。
寒さで少し震えている。本当は休ませてやりたいが。今はこいつらの為にも、もう少し踏ん張ってもらうしかない。
「分かった。悪いがここからは流れ作業だ。段取りを言うから覚えてくれ」
「はい」
集中をは切らさず、真剣に頷く彼女を見て、俺も頷き返すと、毒を入れた皿をサイドテーブルに置き、
「いいか。これから俺が、こいつらに毒を盛る」
「毒をですか!?」
「ああ。細かい話は後でする。俺が
「分かりました」
「それが終わったら、急ぎ風呂に入れる。服を着たまま放り込むからな」
「はい。その後は」
「俺が合図したら、今度は二人に
「試した事はございませんが……やってみます」
「頼む。あとは
「……はい」
頷くティアラから伝わるのは不安。
毒を盛るなんて言われりゃ、誰だってそんな表情をちらつかせるだろうが。それでも何も言わず頷いたのは、俺を信じると言い切ったこいつの強さか。
……ちゃんと応えてやらないとな。
「じゃあ、いくぞ」
俺は
ほんの僅かに刺した鋒の先から、じわりと血が球のように現れ大きくなる。
「
青白い肌に少し血の色が戻ったの見て、肌から刃を離しティアラに術を促すと、先程同様言葉もなくアイリの傷に手を
そして、小さな傷はみるみる消え、血の球だけが残った。
……よし。
タオルで二人の血を拭った俺は、そのまま二人を順番に両肩に抱えると、ティアラと共に風呂場へと向かった。
風呂場に入ると、外の寒さのせいか。かなりの湯気が出ている。
これは……湯加減は大丈夫か?
ティアラに手伝ってもらいつつ、二人をゆっくりと床に下ろすと、風呂に手を入れてみる。
「如何でしょうか?」
「……上出来だ」
不安げだった彼女の顔が、俺の言葉で安堵に変わる。が、まだ気を抜かせるわけにはいかない。
「ここから順番に湯船に浸ける。悪いがエルの足側を持ってくれ」
「は、はい」
俺の指示に表情を引き締め直したティアラと共に、エルの身体をゆっくりと湯船に入れる。
「……う……うう……」
湯船に入れてすぐ。彼女は苦しげな声をあげる。俺はそんな彼女の額に手を付けた。
湯船に浸からせる事で、血液の循環を良くし、少しでも毒を早く身体に巡らせ、身体に熱を戻すつもりだったが、早速効果が出てきたか。
冷たかった額が少しずつ温かくなり、顔や肌の色にも色が返ってくる。
が、止めるにもタイミングが肝要。頭が熱くなり過ぎないよう、俺は細心の注意を払う。
血の気の戻った顔。だが、未だ苦しげ。
エルの額が汗ばみ、熱を帯びてくる。
「……ティアラ」
俺が短く名を呼ぶと、彼女は先程同様に、何も言わずエルに手をかざす。すると、全身を淡い光が覆い、彼女の表情から苦しさが消えた。
「よし。風呂から出して、次はアイリだ」
「はい」
俺達は急ぎエルを湯船から出し床に下ろすと、今度はアイリを湯船に浸しす。
待っている間に、毒の巡りが加速しなかったのは助かった。
勿論これを想定して、遅延性の高い
俺は再び沈黙し、額で彼女の熱を計る。
「……し、しょう……すい、ま……せ……」
と。あいつはうなされながら、そんな言葉を弱々しく口にする。
……ったく。
そんな事を気にしてるんじゃねえ。今は生きる事に全力を尽くせってんだ。
内心でそう愚痴りながら、俺は額に伝わる熱を敏感に感じ取ろうと必死になる。
そして……。
「ティアラ。頼む」
その言葉を合図に、アイリもまた
顔色もいい。これなら大丈夫だと信じたいが……。
俺とティアラは同時にふぅっとため息を漏らすと、はっとして思わず視線を合わせる。
そして、互いを労うかのように、ふっと笑い合った。
「よし。こいつも風呂から出す。一旦更衣室にあいつらの荷物を持ってくるから、そうしたら着替えを頼む」
「承知しました」
こうして、一旦仕事を終えた俺は、あいつらの荷物を取りに風呂場を後にしたんだ。
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