第72話 変わる感情
▷▷▷▷プリリア◁◁◁◁
サングラニト王国の王妃、プリリア•リル•サングラニト。
『王国信頼度調査』が発表されたあの日、娘であり、第一王女のクロエが言い放った言葉。
「このままでは、お母様をマルティナ様に差し出すしかなくなりますよ」
私と夫である国王のガブリエルは、自他共に認めるおしどり夫婦だ。
今でも夫を愛している。
しかし、あの日、クロエが言い放った後、私は自室にクロエを呼んで話をした。
そこで聞いたのは、元勇者パーティーのマルティナのこれまでの功績と、第二王女のミーシアがアーロンに恋するあまり、マルティナの実力を見誤っているということ。
俄に信じられなかった私は、クロエが普段から行なっている魔物の被害状況を把握するための調査に同行した。
思えば、ガブリエルと結婚して依頼、殆ど城から出た事もなかった。
訪れる街や村は、どれもサングラニト王国領内にも関わらず、初めての訪問となった。
訪問先で聞いたのは、マルティナが魔物を討伐し、命が救われたこと、マルティナの寄附によって育まれている命があること、どれもクロエの話の通り、いやそれ以上だった。
マルティナを知れば知るほど、自身の過ちと、後悔が大きくなる。
力も優しさも有し、聖人君子なマルティナを、ミーシアの話を聞いただけで、形的に追放してしまった。
国にとって、民にとって、どれだけの損失だろうか。
いいえ、1人の人として、マルティナへの接し方がとれだけ酷いものだったのだろうか。
この旅が始まってから、そのことばかりを考えている。
「少し離れた魔物がいます」
次の村に向かう馬車の中で、草木が風で揺れる光景を眺めていると、クロエが緊張を帯びた声で話して来た。
クロエは隻眼鏡を使い、北の方角を見ている。
その方角は次の訪問予定の村がある場所だ。
この旅の間、ほとんど魔物に遭遇しなかたった私達一行に緊張が走る。
「距離はまだありますが、魔物は村に向かっているようです」
そう報告するクロエは、何かを考えているのか、眉間に皺を寄せ、顔を左下に傾けた。
「この位置と、魔物が来た方角から、あの魔物はティーレマンスから流れて来たのかも知れない」
「そう言えば、ティーレマンスの新たな支配下に入ったミリアム王女が近々、我が国に来るのですよね?何か関係があるのかしら?」
「きっと、いえ、必ず関係があるはず•••」
緊張からか口調が王女から娘へと変わったクロエは確信を得ているように迷いなく言った。
コンコンッ
「魔物が村に近づいています。どうしますか?」
馬車の扉がノックされ、外から騎士の言葉が聞こえる。
娘のクロエは悔しそうに唇を噛むと、静かに俯いた。
「あの魔物はデビルエレファント(A+)•••。しかも、群れを成しています。我々ではどうしようも•••」
「クロエ•••」
悔しさを押し殺し、その場に俯くクロエにかける言葉がなかった。
私の目から涙が流れた。
私が城で夫と仲良く過ごしている間、娘は毎回、このような悔しさと、危険に遭遇していのだ。
私は一体、何をしていのか•••。
「クロエ様!!魔物が次々と倒されていきます!!」
騎士の声に顔を上げたクロエは隻眼鏡で確認を始めた。
私も自身の隻眼鏡で魔物がいる方角を確認する。
そこには一撃で魔物を倒して行く男の姿があった。
次々と倒されていく魔物を見て、村人の顔は希望に満ち、声は聞こえないが、仕草から男に向かって声援を送っているようだった。
再び私の目から涙が溢れ、隻眼鏡を曇らせる。
心臓の鼓動が大きくなり、息をするのも忘れるほど男の戦う姿に目を奪われ、同時に謝罪を口にしていた。
「本当に•••、ごめんなさい•••。私は、今まで一体、何をしていたのかしら•••」
「お母様•••??」
私が城で温温と過ごしている間、あなたはこんなにも自身の命を掛け、他の命を救っていのですね。
「マルティナ•••、いいえ、マルティナ様•••」
▷▷▷▷マルティナ◁◁◁◁
スタッド村の再建に向け、サングラニトの冒険者ギルドを訪れた。
サングラニトに入る際、例の人相書のことで警戒していたのだが、王都の馴染みの兵士にあっさり検問所の通過を許された。
王都の街中にも私の人相書は掲示されておらず、街行く人も気軽に話しかけてくれる。
冒険者ギルドのギルドマスター、セリア曰く、私と関係の深い人物は尋問されたらしいが、それ以外の人は人相書が貼り出されても魔物討伐の急務で探しているのだろうくらいに捉えているらしい。
セリアもミーシアに尋問され殴られたらしく、謝罪すると、代わりにデビルエレファント(A+)の討伐をお願いされた。
ティーレマンスの国境付近の村が危ないらしく、私は快諾し、討伐を完了して戻ってきたところだ。
デビルエレファント(A+)討伐後、村人からの歓迎を受け、2日も滞在してしまった。
冒険者ギルドに早く戻り、今度こそスタッド村の再建、冒険者の育成についてセリアと話さなければならない。
街に入り、冒険者ギルドに向かって歩いていると、豪奢な馬車が数台私の横を通過し、停車した。
すると馬車の中からミリアムとフェルナンド、それにアーロンが降りて来た。
「あ、アーロン!!アーロンじゃないか!!」
「ま、マルティナ様•••」
アーロンは笑顔を見せた後、すぐに表情が青ざめると、その場で深々と頭を下げてきた。
「マルティナ様。申し訳ありません」
「ど、どうした?」
「私は、マルティナ様を裏切ってしまったのです•••」
そう言ってアーロンは、勇者パーティーで共に行動していた時には見せたことのない、苦悶の表情を浮かべたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます