第31話 女の子……だよ?
どんどんどんどん。
何者かが、けたたましく自宅のドアを叩いている。
眠い。まだ寝たい。
それに昨日飲み過ぎて、かなりの二日酔いだ。
今日は日曜日だし、もう少し布団に横になりたい。
布団をかぶり、恐らく予測がついている何者かを無視しようとするが、そんな俺を逆に無視するようにドアは叩かれる。
どんどんどんどん。
ドアを叩くのが飽きたように、ピンポー、ピンポー、ピンポーと呼び鈴の連続タッチに変わる。
ドアアイを確認しなくてもその正体がわかった。
となると、居留守は使えない。正直、木掛さんにフラれた姿を、あんな情けない姿を見られて、今は会いたくはなかった。
だが、感傷に浸ることは許されず、どんどん、ピンポー、ピンポーは続く。
はいはい、出ます出ます。
俺はむくりと起き上がりドアを開けた。
「遅い!」カナコはむすりと腕を組む。「入るね」とだけ鋭く言い放ち、ずんずん部屋に入ってきた。
「ちょっ、いきなりどうしたの?」
「ん?」カナコは意外とでも言いたげに、「掃除だけど。部屋も散らかってるでしょっ」とやけに可愛く答えた。
服装もメイド服を模している。白と黒のツートンカラーではなく、当然グリーン一色のメイド服なのだが。どこで売ってるんだ、これ。
「毎回毎回、部屋の掃除なんていいよ。なんか悪いし」
「いーの。わたしがやりたいだけなんだから。こう見えて、結構きれい好きよ」
カナコは金髪を緑のシュシュで結び気合十分。ちゃぶ台に散乱した空き缶をひょいひょい掴み上げて、持参したビニル袋に放り込んでいった。
「エイジさん飲みすぎちゃったね」と、ぽつりつぶやく。
なぜだか、その一言に妙に胸をくすぐられてしまう。
カナコは水族館での俺の惨めなザマを見て、飲んだくれたことを理解している。それを笑うのでもなく、優しく包み込んでくれている、そんな気がした。当たり前のことだが、カナコは普通に優しい女の子なんだなと思ってしまった。
まあ、普通っていうのは語弊があるが。
まだカナブンの妖精設定を100%受け入れたわけではないが。
「エイジさん今日はどうするの?」
カナコは台所に溜まった食器を洗いながら、振り向きもせず俺に尋ねた。
「そうだな。どうしようかな」
正直、何にも考えてなかった。
昼頃起きて、適当にファミレスで飯食って、夜、多少涼しくなったら里山に差し入れでも持っていこうと考えていただけだ。
「もしかしないまでも暇してる?」
「暇だな、うん」
「あのさ……」カナコはそう言うと、みるみるうちに耳が赤くなった。「わたしってば、行きたいところがあるんだよね」
「そうなの? どこ行きたいの?」
「えっと……、映画」
「映画?」
俺は思わず笑ってしまった。
「な、なによ。笑っちゃって」
「いやいや、ごめんごめん。なんか、やけに普通だなって思ってさ。カナコのことだから、森林公園とか、植物園とか、高尾山とか、自然関連の場所に行きたいって言うかと思ってさ。『わたしってば、カナブンの妖精だし、自然が好きよ』って感じで」
「ま、まあ、そこも行きたいんだけど」再び、カナコは、かあああっと顔を真っ赤に染める。「わたしもカナブンの妖精の前に、一人の女の子だしさ……」
またしても可愛らしいことを口にする。
どうした、なんか今日はしおらしいぞ。
「うん、なんてゆうか、その、わたしも思っちゃったわけさ、だって昨日の水族館楽しかったし、なんかそういうとこ行きたいなって……。あっ! 別に変な意味じゃないからね。エイジさんが木掛さんに容赦なくフラれたことが楽しかったってわけじゃないからっ! 気にしないでね。まあでも、完膚なきまで状態だったけど」
カナコは慌てて両手を振り、手に持った食器洗剤をごんと床に落とす。びちゃっと泡が飛び散り、さっきの掃除が無駄になる。
「いいっていいって。なんか気を遣わせて悪かったな」
「あんまり気にしないでね。わたしってば、結構正直ものだし、時にずばっと系だし、まあ裏表ないし、そこが魅力的だし」
あまりに正直な物言いに、昨日までうじうじしていたのが馬鹿らしくなった。俺は軽いため息とともに食器洗剤を拾い上げる。
「じゃあ行く? なんか観たいのある?」
きらんと目を光らせるカナコ。
「やったね」
心なしか、本当に「きらーん」と効果音がした気がした。
同時に、ぞぞぞっと怖気が立つ。
脳裏をよぎる、あの黒い影。
舌なめずりする悪魔的美貌、そして下品な物言い。
これだけは一応確認せねばなるまい。
「もしかして、クワミさんも来るの?」
?マークを頭に浮かべるカナコ。
「てゆうか、来てほしいの?」
「全っ然」
「だよね」
「カナコは?」
腕を組み暫し考える。
そして――
「言わせる、それ?」
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