第21話 里山の魔女はクソが口ぐせ
カナコが去ったあと、見慣れたいつもの部屋がえらく殺風景に感じられた。
散らかり放題だった室内がきれいに片付けられたからではない。なぜだか、心にひゅーっとすきま風が吹いた。
来週は木掛さんとデートだ。二人で水族館に行く約束を取り付けた。やっと、ここまで彼女と親密になれた。天にも昇るような気持ちなのに、なぜだか一抹の靄がかかる。心に穴が空いたように思えた。
そういえば、最近忙しかったから里山に登ってないな。今日の掃除のお礼に差し入れを持っていくか。
カナコの来襲ですっかり目が覚めたので、てきぱきと身支度を整えて、近所のホームセンターへ向かった。毎回、大量のコーラをビニル袋に詰め込み、手にぶら下げて持っていくのもしんどいので、簡単な専用リュックと保冷バックを購入。これにコーラを入れれば、キンキンに冷えたまま美味しく飲むことができる。
日中はまだまだ気温も高く、とても里山を登る気にもなれない。夕方になるまで喫茶店や本屋で暇を潰してから、里山へ向かった。
どうでもいいことだが、何回も里山を往復することで足の筋肉が付き始め、若干体形も良くなっていた。里山往復はかなり健康にいいかもしれない。エナジードリンクに健康を頼っていた今までの生活を振り返り、いかに不健康であったか痛感。
軽く虚しさを感じながら里山を登っていくと、いつものようにカナコのテントが見えてきた。
んが。
テントがもう一つあった。
もう一度目をこすり、確認する。
うん、ある。
ライトグリーンのテントの横に、真っ黒なテントが。
禍々しい、その色味。
チャコールグレーとかそんなお洒落なカラーではなく、なんていうか暗黒。
ザ・ブラック。
以上、終了である。
普通、テントってアースカラーとか、黄色や赤といった遭難防止の観点も含めて、周囲から目立ち、かつ楽しげな色をしているはずだが。
黒いテントって……。
里山の魔女? まさかな。
恐る恐る二つのテントに近づき、声を掛けた。
「カナコ―、いるんだろう?」
返事はない。
何処に行っているのだろうか。
とりあえず懐中電灯は持っているから、近くで待機しようと周辺を見渡すと少し離れた場所に切り株のイスと、朽木で作られた簡素なテーブルが見えた。確か、この前まではこんなもの無かったはず。
カナコはこの里山で本格的にアウトドア生活を始めようとしているのか。
よいしょと切り株イスに腰をかけて一息つく。峠を撫でる風に、心地よさを感じていると、
「おーい、エイジさんじゃないの」
甲高い声とともに、尾根の方からカナコがやってきた。
「差し入れ持ってきた……」と言いかけると、カナコの背後の木々が揺れ動くのが分かった。影かと思われたその存在は、やがて形を成し、人の姿へと変わっていく。
「えっと……カナコの知り合い?」
「ん?」
カナコは一瞬きょとんとするが、すぐに理解して背後に控える存在に前に出るように促す。
「はじめまして、クワミと申します。カナコちゃんの友達です」
クワミと名乗る女性に思わず目を見張る。
とんでもない美人だ。
そして肌の色以外は全身、真っ黒。
妖しく上品な装いだが、足元の黒いパチモンスニーカー(NICEのロゴ。靴紐も黒くて芸が細かい)だけがたまにきずだ。
胸元まで伸びた艶やかな黒髪は、誘惑するように巻かれている。
のどかな里山に似つかわしくない存在であることは間違いない。
悪い呪いをかけて、無垢な子供を連れ去る邪悪な魔女――。
一瞬、怖気づいて一歩後ずさるが、
「クワミさんはね、オオクワガタの妖精なんだって。なんか、一年前からこの里山に住んでるみたいよ。わたしと同じってやつ?」
ああ、そっちですか。
自分でも驚くぐらいに冷静な感想。
俺が知らなかっただけで、結構そんな存在っているのね。
さっきの印象は取り消します。
それから俺たちは切り株イスに腰かけて、お互いに自己紹介をした。こちらの自己紹介が終わると、クワミさんは誘うような目付きで、うふふっと笑う。
「エイジケンジくんね。名字と名前が似てるって往年の漫才師みたいでクソ可愛いわね」
俺とカナコは、ほぼ同時にぶっとコーラを噴き出す。
なんだろう、この人。人間離れした(正確には人間ではない)容姿(二度見するぐらいの美人)に、やけに色っぽい仕草と、どこか下品な言葉づかい。
「クワミさんはどうして、この里山に住んでるんですか?」
「どうしてって、どういう意味?」
「えっと……」心を見透かすようなその瞳に狼狽える。「つ、つまり、どうして人間みたいになったんですか?」
「そうね……一言でいえば、ひょんなことかしらね」
「は、はあ」
確か、カナコも同じこと言っていたような気がする。それにしても日本語って便利だよな。納得はできないけど、その一言で全てが丸く収まるというか。
「私もね、カナコちゃんと同じよ。会いにきたの」
「誰にですか?」
「好きな人によ」
ここで、カナコが再びコーラを噴き出した。
「そそ、そうなんですか? で、でで、クワミさんが好きな人に会えたんですか?」
カナコはあたふたしながら質問を浴びせるが、クワミさんは小さく髪を揺らし、遠くを見つめるのみ。
「どこにいるのかしらね、あの人は……」
「会えるといいですね、クワミさんが好きな人に」
「そうね。でも、きっと会えるわよ。私が会いたいって願っているんだから」
「クワミさんって、すごいポジティブですね。羨ましい。わたしなんかと違いますねってそりゃ当然か」
「別にポジティブなわけじゃないわよ。でもね、願うだけじゃ何も掴めないわよ。行動しなきゃね。行動が願いを生むの。結果が原因を生むわけね。私も色々動いてるんだけど、なかなかね……。人生ってクソ難しいわね。まあ、私は人じゃないけど。うふふ」
なんだかよく分からないが、この人(妖精)から発せられる一言一言がとても深い感じがする。悪しき魔女――もとい、森の賢者なのか?
「エイジくん」
「は、はい」
急にクワミさんから声を掛けられ、背筋に緊張が走る。
「私、この里山以外、あまり知らないのよ。もっと、この世界のことを知りたいと思ってるの。だから、何処か楽しい場所教えてくれないかしら」
「楽しい場所ですか」
「そう。クソ楽しい場所。例えば、男女が初めてのデートで行きそうな場所とでも言うのかしら。男と女が親密になれるような場所って、何処かしらね。私もね、そういうとこをリサーチしたいの」
初めてのデート……。
ぱっと思いつくままに口を開く。
「水族館とかですかね。あそこなら今の暑い時期にぴったりですし、デートするなら最適だと思いますよ」
「水族館ね……」クワミさんが妖しく目を光らせる。「もしかして、エイジくんはそこにデートに行く予定があるのかしら?」
黒曜石を彷彿させるその瞳。正直に言わないと、どこまでも追及されてしまいそうな悪魔の眼差し。何故か、そう錯覚してしまう自分がいた。
俺は正直に、来週、木掛さんと水族館にデートすることを伝える。こちらが話している間、クワミさんは1ミリも俺から視線を逸らさない。この人(妖精)の傾聴スキルは半端じゃない。
片やカナコはといえば、俺が話している間、つまらなそうにずっと遠くを見つめていた。
「ふーん、水族館ね。うふふ」
何故だか、俺はクワミさんよりもカナコの方が気になってしまった。
物語は第五章へ――
営治、木掛、カナコ、クワミ、主要キャラが出揃い、波乱のデートが幕を開ける。
クセの強いクワミが加わるが、更にクセの強さを発揮する木掛。
果たして無事デートは終了するのか。
さあ、どうなる?
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