第3話 やっほー、久しぶり

 ドンドンドンドンドンドン――


 日曜の午後一時。

 休日の睡眠は、招かざる客によって強制的に中断させられた。


 昨夜は深夜二時まで、スマホ片手にどうでもいいゲームの実況動画に夢中になり、ついつい夜更かしをしてしまった。休日も特にやることないし、正直、夕方まで寝ていたい気分だが、さっきからドンドンとドアを叩く音が止まらない。普通、何か用がある時はドアを叩くんじゃなくて、呼び鈴を鳴らすよな。


 なんか非常識なやつだ。


 眠たい目と寝ぐせだらけの髪の毛を気にするでもなくドアを開けると、そこには――全身緑色、金髪ボブヘアの高校生ぐらいの女の子がにっこり笑って立っていた。


 あまりの緑緑に、ちかちかして目を瞬かせる。


 こんなに同一色でレイヤリングしちゃうのってぐらいに見事にグリーン。

 目にも鮮やかなグリーンのカノコポロシャツ。

 ライトグリーンのミニスカート。

 足元はフォレストグリーンのスニーカー(ネオバランスのロゴが見えた。パチモンか?)。

 左手首にはエメラルドグリーンのブレスレッド。

 右の足首にはエバーグリーンのアンクレット。


 髪と肌の色以外は全てなんらかの緑色。


「やっほー、久しぶりー」

「えっと……誰ですか?」


 こんな、ぱっと見、痛いやつも珍しい。玄関越しに訝しんだ目を向けると、彼女は意外といった風に目をぱちくりさせる。


「あっ、そうか。まあ、久しぶりっちゃ久しぶりなんだけど、はじめましてって言っちゃはじめましてか」


 こちらの質問に答える様子もなく、彼女はあごに手をのせてぶつくさとつぶやく。よく見ると、耳元には翡翠のイヤリングがちらちらと光っていた。緑に対する芸が細かい。


「なんかの勧誘なら結構ですので。それに、ここオートロックで勝手に入ってきちゃだめなんで」と、おもむろにドアを閉めようとするが、

「ちょっと、まってまって!」

 慌てた様子で、ドアを閉められまいとドアのへりをがしっと掴まれた。

「なに勝手に閉めようとしてるのよ。ひどいじゃない、いつもは優しいくせに」


 いつも? 優しい? 

 はっきり言って、こんな子は俺の人生において一度も接点はない。


「あの、なにか用ですか?」


 ますます怪しい。俺は不穏な空気と迫りくる何かに備えて、掴んだドアノブの手を緩めない。そのまま後退るようにドアを引くが、残念ながらびくともしない。

 彼女は健康的な見た目そのままに力強く、押さえられたドアは今の状態から1ミリも動く気配もない。

 ぱっちり二重の緑色の瞳(カラコンかな?)をくりくりさせて、「まあまあ、わたしの話を聞いてよ」と懇願してくる。


 まあ、ぶっちゃけ見た目は可愛い。


 小動物のようにころころと表情を変化させて、とても愛らしい。

 だからこそ余計に怪しい。

 しかも、全身緑色って某芸能人じゃあるまいし。この格好で街を歩いちゃうあたり、どこか頭のネジが飛んでいるやつに違いない。だが、ここで押し問答しても隣の住人に迷惑になるし、騒ぎでも起こされたらそれこそまずい。


「もうねー、思わず会いにきちゃったわけさ、エイジさんに。探すのにちょっと苦労したよ。だからそんなに邪見に扱わないでよ。まいっちゃったなー」

 彼女は屈託の無い笑みで、たははと頭を掻く。

「そういえば、なんて呼べばいいの? いきなり名前だとイヤかな?」

「いや、エイジは名字だけど」

「あっ、そうなの」

「俺、名字が名前みたいな感じなんで……」


「ああ、そっかそっか、なるほどね。ケンジは名前の方か。エイジケンジって往年の漫才師みたいな感じだよね。ちょっと紛らわしいけど」


「てゆうか、どうして俺の名前を知っているんですか?」


「そりゃあ知ってるよ。だって、はじめましてじゃないんだし。何回も自分で自己紹介してたと思うよ。『俺さ、エイジって名字で名前はケンジなんだ。なんで、こんな紛らわしい名前を親はつけたんだろうな。こんなんじゃ、初対面の人に挨拶する時に、いきなり名前で挨拶しちゃうチャラい奴だと思われるよな』って、なんかしんみりしてさ」


 こ、こいつ。なぜ誰にも言っていない俺の恥部、隠れたナイーブな秘密を知っているんだ。まさか彼女の言う通り、俺はこの子とちょっとしたお知り合いなのか?


 再び全身を舐めるような目つきで眺める――

 不本意ながら短いスカートから覗く太ももに目を奪われたが、面識はない。

 秒で結論が出た。


「そんなにじろじろ見ないでよ。あっ! でも、もう……わたしの表も裏も、アソコを広げた姿までも、あなたにはっきりばっちり見られてるか」


 彼女はキャッっと小さく悲鳴を上げて、両手で赤くなった頬を押さえた。


 うーん、ますますわけわからん。どうやっても思い出せない。彼女の言う通り、この子と俺がなんかエッチいことでもしたことあるのだろうか。


 いや、ない。断じてない。


 だって、見た目は緑&緑で、痛さ全開だし。

 年は俺よりだいぶ若いし。

 それこそ女子高生っぽい感じだし。

 俺は罪を犯すほど馬鹿じゃないし。

 女性は同世代がいいし。

 てゆうか女性は木掛さんって心に決めているし。

 もしかして新手の美人局ってやつなのだろうか。だとしたら、へたに彼女を刺激しない方がいいな。どこに半グレ集団が息を潜めているかわからない。


 亀のようにぐいと顔を外に突き出して、周囲をきょろきょろ窺う。とりあえず俺を拉致しようと身を隠している怪しい人影は見えない。


「もしよかったら、君の名前とか、俺とどういう関係なのか教えてくれない? 正直身に覚えがなくて……」


「ふーん。そっかあ、わからないのかあ」


 蠱惑的に細めた緑の瞳が妖しく光り、困惑している俺の胸を揺さぶる。

 彼女は微かに笑ったあと、得意気に腕を組んでこう告げた。



「わたしの名前はカナコ。あなたに助けてもらったカナブンの妖精です」



 か、カナブン!?


 妖精!?


 めちゃくちゃ、うさんくせ――!!


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