第7話 夜闇を発つ

 『パラディオン』はエルフにとっては未知であり、その存在は腫れ物の様に慎重に扱われていた。

 解っているのは、神に創られ、【天地戦争】にて数多の神を葬ったとされる神殺しであると言うこと。

 それが何故、ライン大河にいるのか。離れようとしないのかは一切の謎であった。


「マリス!」

「ね……姉様……」


 多くのエルフの戦士達が警戒する中、舟をエルドラドに戻した正十郎には友達が増えていた。


「諸君! 紹介しよう! 我が新たな友、パラディオン君だ! パラディオン君! 自己紹介は出来るかね!?」

『私は言葉を発する機構を持ち合わせていません』

「そうか! ならば私が代弁しよう!」

「今、紹介したでしょ」


 舟を降りるローズから適切なツッコミが入る。


「お兄さんも、その耳に着けたパラディオンの一部が無いと意志疎通は出来ないでしょう?」

「ふむ。言われて見ればそうだね!」

「あ、あの……」


 皆が物怖じする中、代表するようにマリアが近づいてくる。渡されたパラディオンの一部を介して、言葉は解る様になっていた。


「『パラディオン』を御されたのですか?」

「それは違うよ! 彼は私の友達さ! 此度の異界放浪を手助けしてくれる事になってね」

「そ、そうなのですか……」


 浮かぶ球体とその周囲に存在するユニットは、相当な威圧感がある。そもそも、『パラディオン』に意志があった事もエルフ達は知らなかった故に驚きしかない。


 エルフ達に『パラディオン』が無害であると説明する正十郎。そんな彼を見ながらローズは問いかける。


「物好きね。アナタも」

『私としては貴女様の方が気になります』


 『パラディオン』はローズが最後に会った時から見る影もなく弱っている事に驚いていた。


『何があったのですか?』

「お前には関係ないわ」


 色の無い瞳を向けるローズ。

 弱っていても『パラディオン』を壊す事は不可能ではない。神々は現地生物に直接手を下さない事は鉄則であるが、神によって創られた『パラディオン』は別の話である。


『……出過ぎた発言でした。申し訳ありません』

「距離感を間違えない様にしなさい。私はエクスみたいに甘くないわよ」

「二人とも、食事と行こうか! ローズ君もお腹が空いただろう?」


 集まるエルフ達にひとしきり状況を説明していた正十郎がこちらへ向き直る。


「私は別に――」


 すると、ぐ~、と可愛らしくローズのお腹が鳴る。


「……」

『わ、私は正十郎の捜し人の検索に回ります』


 すー、とローズから離れる『パラディオン』は上空へ姿を消すように逃げて行った。


「ふむ。パラディオン君には気を使わせたかな。彼には悪いが、存分に空腹を満たすとしようか! ローズ君!」

「別に今から満たされ――」


 と、そこで強烈な“死相”が里から消えている事に気がつく。

 バカな!? 運命に近いレベルの“死相”が消えた!? 何をしようと変えられない死の原因が……何故だ!? 何が起こっ――


 そこで本来ならこの世界にいるハズのない正十郎が居る故にこの変換が起こったのだと察する。

 恐らく、多くの死を撒き散らす起因は『パラディオン』だったのだろう。それが、正十郎によってエルドラドに及ぼす未来が変わり死相が消えたのだ。


「……はぁ……お兄さん。やっぱりアナタ、全然面白くないわ」

「またまた酷いな! ローズ君!」






 正十郎が『パラディオン』を制御したと言う話は瞬く間にエルフ達に伝わった。

 それによって正十郎は、神族なのではないか? と言う話まで持ち上がる。


「思った以上に君は傑物らしいね。セージューロー」

「ふっはっは! とんだ見込み違いと言うモノですよ、ヒイロ殿! 私は声のでかいだけの男です!」


 食事を終えて、他に片付けを任せている間、エルフの長――ヒイロと正十郎は星空を見ながら会話をしていた。


「『パラディオン』は我々からすれば触れてはならぬ神のようなモノだった。かつては怖いもの知らずの若者が下手に刺激してね。里が半壊する程の被害を被ったのだ」

「しかし、里に目立った傷痕は在りませぬな!」

「『命の神』が降臨なされたのだ。彼女は里の命を甦らせ、『パラディオン』を静めた。そして、かの遺産には二度と近づかぬ様にと言伝てを残してね」

「……どうやら、その誓いを私が破ってしまったようですね」


 正十郎はヒイロに身体を向けると、謝罪するように頭を下げる。


「申し訳ない」

「止めてくれ、セージューロー。アレは息子のせいだ。どうも、里の皆は『命の神』を見てから、何かあればまた何とかしてくれる、と思っている様でな。今回の件は身を引き締める結果となってくれた」

「怪我の功名と言うにはあまりにも大味過ぎますな」

「怪我のコーミョー? 食事の時、君は異界人と言っていたが、そちらの世界の言葉かい?」

「傷を負った際に、偶然得る物があった、と言う意味の言葉です」

「ふむ。君と話していると実に身のある会話ばかりだ。どうだね? 君が良ければこの地に留まる気は無いか?」

「ふっはっは! それは魅力的な提案ですな! しかし、何の能力を持たぬ者を抱えるコストとしては割に合わぬと思いますよ!」

「そうかね? 私は十分に君の価値を理解しているのだがね」


 一族を束ねる長として、他の見極めに秀でているヒイロは正十郎が人の上に立つ器であると気づいていた。


「ふっはっは! それは過大評価と言うモノです! それに私には迎えに行かねばならぬ者がおりましてね」

「そうか。ならば、我々も尽力しよう。その者の特徴などを教えて――」

『正十郎。お話の所、申し訳ありません。少し宜しいでしょうか?』

「ヒイロ殿、少し失礼。パラディオン君からだ」


 正十郎は、耳のインカムに手を当てる。


「なんだい?」

『貴方の捜し人である『轟甘奈』様を見つけました。ここより、海を隔てた北の大陸『セルア』にて、ご存命です』

「セルア大陸? しかも、ここよりも北とは……中々な場所にいるな!」

「セージューロー、今セルア大陸と言ったかい?」


 ヒイロはまだ自分が世界を旅していた頃、セルア大陸に行った事があった。


「あの大陸は四人の魔王が互いの領地を狙って臨戦態勢にある群雄割拠の大陸だ。危険な場所でもある」

「なんと! それならば急がねばならないな! 轟君は睡眠不足の秘書だからね!」

「しかし、ここからでは半年はかかる。それまで、君の捜し人が無事であるかどうか……」

『ソレは問題ありません』


 すると、パラディオンは不可視迷彩を解いて降りてくる。


『轟甘奈様は、魔王として喚ばれた様です。頭部に角を確認しています。トロイメアでも最高位として扱われる待遇を受けている様です』

「なに!? 轟君に角があるのかい!? これは……是非ともシャッターチャンスだね!」

『それに、私ならば一週間で正十郎をセルア大陸へ運ぶ事ができます』

「では、早速発つとしようか!」


 目的がハッキリと解った今、この地に世話になり続ける理由はない。正十郎がそう言うと、パラディオンは形態を変え、戦闘機となり、目の前に浮く。


『正十郎の記憶から最も慣れ親しんだ飛行体を選定しました』

「良いチョイスだ! トップガンを観てて良かったよ!」


 正十郎は、よいしょ、とコックピットに乗り込む。


「待ちなさい。私も行くわ」


 そう言って現れたのはローズだった。


「良いよ! 君にも轟君を紹介したいと思っていたのだ! 後ろに乗りたまえ!」


 正十郎がそう言うと、パラディオンは少し形態を変換させ、ローズの乗る後部座席も作る。


「まったく……3割でも力が戻れば……こんなのに乗らなくても良いのに……」

「ふっはっは! 乗り物は人に許された醍醐味だよ! 車よりも自転車が恋しくなる事はないかね?」

「無いわ。そもそも、トロイメアに自転車なんて無いのよ」

「ふっはっは!」

「まるで君は旋風だね」


 既に出発する流れにヒイロは止めること無く戦闘機(パラディオン)に乗る正十郎を見上げる。


「ヒイロ殿! 僅かな間とはいえ、世話になりました! 礼を出来ないのは心苦しいですが……」

「気にしなくて良い。我々は君に助けられている。捜し人に出会える事を祈っているよ」


 正十郎は、グッと親指を立てて窓を閉める。戦闘機(パラディオン)はゆっくり浮上していく。


「セージューロー!」


 そこへ、マリアが駆けて来た。その手には彼女が成人前に編んだ“草の冠”が握られている。


「これを……受け取ってください!」


 パラディオンを介して外からの音声は聞こえている。


『マリア君! 君たちからは多くを貰ったのでね! その冠は良いお土産だが、これ以上は受け取れないよ! ふっはっは! アディオス!!』

「あ、アディおす?? セージューロー! これはそう言う意味のプレゼントではなく――」

『GOだ! パラディオン君!』


 そう言うと、戦闘機は光の尾を残し、北の彼方へと去って行った。






「……お兄さん、今の“草の冠”の意味……」

「マリア君の手作りだったね! しかし、いつ元の世界へ戻れるかわからない以上、受け取ると品質を損なう可能性がある! お土産は別の物にするよ!」

「あ、いや……ま、いっか」


 ローズは自分が教える事でも無いと、座席に深く座った。

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