第4話 氷結の魔王 轟甘奈

 目を覚ました甘奈は困惑していた。

 社長の正十郎と海外支部の顧客先へ挨拶をしに行った帰り、JALの中で一眠りした所、起きたら別の所に居たのだ。


「え、えっと……」


 跪くのは、ネズミと侍と狼と巨大な木人と半魚人。

 映画でしか見たことの無いラインナップ。

 そうか、これは夢だ。自分の頭に角も生えてるし、飛行機の中で『指輪物語』を見ていて寝落ちしたから、こんな夢を――


「魔王様」

「はひぃ!」


 すると、半魚人の人が話しかけてくる。『指輪物語』にこんな種族いたっけ?


「突然の召喚をお許し頂きたい。我々の事を説明致したいのですが……お心はまだ困惑されていますか?」

「え? あ……えっと……」


 おどおどする甘奈は、周囲を見回すが正十郎の姿はない。その代わり、彼の声が心に甦る。


“轟君! 堂々としたまえ! 君は私の側近だよ? ふっはっはっ!”


 緊張で声が詰まる時はいつも正十郎が彼女の背中を押していた。

 仕事配分が上手く行かず、退職も考えていた甘奈を秘書に取り立てた正十郎。それからはいつも彼に助けられっぱなしだった。

 夢でも彼を頼るのか、と甘奈は一度、自分の頬をパンッと両手で叩いて気合いを入れる。


「らいひょうぶです。だ、大丈夫です!」


 自分の一撃で上手く喋れなかったのを言い直す。

 半魚人はその様に、にこ、と優しく笑い、四天王の面々は、可愛い、と感じていた。


「それでは説明致します」






「ここはトロイメアと言う世界で……私はアナタ方に喚ばれた、と」


 甘奈はウォルターの自己紹介と一通りの説明を仕事モードの凛とした様子で聞き、柔軟に呑み込んでいた。


「はい。お恥ずかしながら、前任の魔王様はあまり政治が得意ではなく、我々の補佐でも対象しきれない程に国は荒れてしまっているのです」

「それはどの様に?」

「もはや、説明のつかぬ程に。あなた様の世界で最も凄惨な時代、それの数倍荒れていると思っていただければ」


 WW2後の日本みたいな感じかな? 私も父も産まれて無かったけど、その時代を知る祖母から良く話を聞いていた。


「魔王様。我々はあなた様を新たな主として迎え入れました。一方的な都合で申し訳ありません。せめてもの贈り物として、その双角をあなた様に授けました」

「この角ですか?」


 甘奈は自分の頭にある角を触る。なんか、頭蓋骨に直接繋がっている感じがして、ぞわぞわする。


「その角はトロイメアにおいて、魔力を蓄え己のモノへと変換する高位の存在である証です。その角があると言うだけで数多の者があなた様に跪くでしょう」

「えっと……ありがとうございます」


 人外な彼らに恐怖を感じないのは、この角によって高位な存在であるが故であるとのこと。

 甘奈は少し集中すると、周囲のキラキラとした魔力を視認できた。


「わっ、わっ、凄い――」


 何でも出来そうな気がする。そして、ふと横に意識を強めると、視線の先がピキピキと凍る。


「!? なんと! もう、魔法を使えるのですか?!」

「え?!」


 ウォルターは驚く。何故なら魔法の概念が無い世界から来た者は、こちらに順応するまで時間がかかるからだ。


「えっと……なんか凍りました」

「素晴らしい。我らの主に相応しき力です」


 四天王の面々も冷や汗が出る。視界の先を凍らせるなど規格外も良い所だ。もし、彼女が炎の魔王の様な傲慢な存在であったら……


「魔王様。貴女様はまだ困惑しているでしょう。いま暫くはあの玉座に座してお待ちいただければと」


 甘奈はウォルターに言われて玉座を見ると、すたすたと歩き、ぽて、と座る。そして頭を垂れる五体を見て。


「や、やっぱり恥ずかしいので遠慮します!」


 自分の器ではないと立ち上がった。社長なら、ふっはっはっ、て座りそうだなぁ。と正十郎の事を思い出す。


 そんな甘奈の様子を見て四天王は、可愛い、と思った。


「魔王様、早速ですが一つ許可を頂きたいのですが」

「なんでしょうか?」

「税を下げて頂きたいのです」


 ウォルターは魔法の誓約書を甘奈へ、スッと手渡す。

 そこには細かな国費の内訳と国が年に蓄える国庫の割合が記されていた。


「……えっと……これ破綻してません?」


 角のおかげか、トロイメアの文字もスラスラと読める。


「先代が少々挑戦的な方でして。我々の舵取りも虚しく、このような事態に。どうか、ご再考をお願い致したく」

「ああ、良いですよ。全然良いです。皆さんが過ごしやすい様に税を整えてください」

「おお……」


 サラサラと甘奈は契約書にサインするとウォルターは、くっ、と涙を流す。相当苦労してたんだなぁ、と甘奈は同情した。


「まだまだ見てもらいたい案件がありますが……本日はお休みに」

「いえ。皆さんの様子を教えてください。私に出来る事があれば手伝います」

「おお……なんたる慧眼」


 ウォルターは甘奈の手を取り涙ぐむ。本当に苦労してたんだなぁ、と甘奈はまた同情した。


「これより、我々は貴女様を“氷結の魔王”様としてお仕え致します」

「よ、よろしくお願いします!」

「ちなみに、魔王様」

「はい?」

「私は魚臭くありませんか?」

「? 全然そんなことありませんよ?」


 やっぱり気にしてたのか、と四天王の面々は揃ってそう思った。


「大変です!」


 その時、バァン! と謁見の間の扉が開かれる。開けたのはスケルトンと言う魔族。城の近衛兵である。


「わっ?! ホラーマン!?」

「え? ホラ? 誰です? 角!?」


 スケルトンは、ザッと跪く。これ、そんなに凄いんだぁ……と甘奈は改めて自分の角を触る。ゾワゾワ。


「ウォルター様! この御方は……」

「新たな魔王様だ。“氷結の魔王”。新たな時代を築く御方である」

「ウォルターさん。大袈裟ですよ」


 私なんかが、と慌てる甘奈にウォルターは、ほっほっ、と笑う。

 その様子を見たスケルトンは、炎の魔王に比べて相当な人格者であると、くっ、と涙ぐむ(眼はないがそんな雰囲気を出す)。

 皆苦労してるなぁ、と感じる甘奈の前で持ってきた情報を告げる。


「国境をドラゴンライダーが越えました! その数六騎! 先頭は……“騎士の魔王”です!」

「なんだと!? 動きが早すぎる!」

「迎撃は無理です! 消耗した国力では到底――」


 その時、謁見の間のステンドグラスが叩き割れると、一人の騎士が中に入ってくる。

 映画の主人公のようなド派手な登場に甘奈は驚く。


「どうだい? ウォルター卿。私は早かっただろう?」

「くっ、魔王様! お下がりください!」


 着地した騎士はカシャカシャと甲冑を鳴らしながら歩いてくると兜を取る。


「“騎士の魔王”……フェルグラント・アーサー!」


 ウォルターが視線を向けた先に立つ魔王の名を口にする。


「おまたせ」


 そう言うと、アーサーは甘奈へ視線を送る。

 協定下に無い魔王同士の接触は戦闘行為を意味していた。

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