第7話 それ食べるのか
コンビニのバイトから帰ってきて部屋に入ると、驚きの光景が待っていた。
「朝倉さん!」
なんと朝倉真由美が勝手に上がり込んで、猫人間、木島トラ男の頭に抱きついていた。
「何してるんだ!」
研一はトラ男に掴みかかった。
「ちょっと待ってください!」
真由美は二人の間に割って入った。
「私が悪いんです。彼は悪くないの」
その台詞だけ聞くと不貞がバレた女が吐く様な台詞だった。
「ちょっと我慢できなくって」
真由美はペロリと舌を出した。
つまりはこういう事だった。
気味の悪いトラ男を置いて出たくなかったがバイトで仕方なく家を空けたあと、そこに真由美が猫用のスティックおやつを持って現れた。
呼び鈴を押したら普通に出てきたトラ男に入れてもらっておしゃべりしていたらしい。
そのうちどうしてもトラ男の頭の臭いを嗅ぎたくなってきたので嗅がせてもらっていたのだと言う。
「で、どうでした?」
「もう、たまりません!」
やや変態的なちょっと可愛い真由美に呆れながらも嫉妬してしまった。
「何かされてませんか」
研一はそれが一番気になっていた。
「何って何です?」
逆に訊かれて困り果てる。
「いえ、忘れてください」
トラ男のやつ……後で聞かせてもらうからな。
「もふもふで最高でした」
まだ言ってる。
「おやつを頂いたんで、これぐらいなんでもないですよ」
「また持ってきますね」
俺は蚊帳の外かよ。
カサカサカサ。
「何の音ですかね」
トラ男の耳が音のする方向に動く。
立ちあがったトラ男の目が大きく開かれる。
全神経を集中しているようだ。
台所の方に向かって音もなく歩いていくトラ男を二人は見送る。
「どうしたんでしょう」
「さあ」
そして二人から見えにくいところで何やら動きがあったようだった。
トラ男が戻って来た。
「捕まえました」
手にネズミを持っている。
トラ男はなんだか一仕事終えた感を漂わせていた。
「キャーッ」
真由美が座ったまま後ずさる。
どうやら苦手な様だ。
「早くどっか捨ててくれ」
そう言われながらも、トラ男は捕まえたネズミを放さない。
そして……。
パクッ。
一口で食べた。
「キャーッ!」
真由美が再び叫び声を上げた。
「やかましい!」
ドアを勢いよく開けて御年八二歳島津ハツ江が姿を現した。
ネズミを頭から呑み込んだトラ男、恐怖におののくちょっと可愛い真由美、青筋を立てる大家さん、そして特に何もしていないこの部屋の主。
夕闇迫るアパートの一室で薄っぺらい人間ドラマが繰り広げられる。
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