第6話
「今日はいかがいたしましたか?」
職人らしく笑顔も作ろうとしない男が話しかけてきた。年齢は五十代になろうかという男だ。
「紹介状だ」
父上にもらった手紙を渡す。男はガーシェル公爵家の封蝋を見て目を見開き急いで中身を確認した。
「まさか、坊っちゃまが直々にいらしたのですか?
申し遅れました。ここの職人責任者をしておりますテレストと申します」
頭は下げてくるが媚びたような笑顔はない。高飛車な貴族坊っちゃんなら怒るかもしれないが、俺はこういうのは嫌いじゃない。
「フユルーシ・ガーシェルだ。こっちは俺の付き人兼学友」
「ニーデズ・ティースラです」
ニーデズは丁寧に頭を下げたが、俺は頭は下げない。これは高飛車なのではなく、貴族社会において当然のことだ。公爵令息である俺が頭を下げてしまうとテレストが困ることになる。ニーデズも貴族なので頭を下げる必要はないが、男爵家と平民はその辺りは互いに尊重し合う雰囲気がある。
ニーデズは俺の付き人ではないが、公爵令息と男爵令息という立場上そうしておいた方が何かと揉め事が起こりにくいと、ニーデズと俺で話し合ってある。
「ガーシェル公爵令息様は……」
「名前でいいよ。父上や兄上と混同すると面倒だし」
「わかりました。フユルーシ様は何をお求めですか? クリケットバットでしたらあちらに並んでおります」
テレストは店舗の方を指さした。年代に関わらずクリケットに夢中になるヤツラはマイバットを持っている事が多い。学園でのクラス対抗試合でさえマイバットを持参し、自慢し合う者たちもいるほどだ。
「こだわりがおありでしたら、店舗の物を見ていただいた方が詳細が詰めやすいかと思います」
テレストが店舗へと向かおうとする。
「いや、クリケットバットじゃないんだ」
「では、釣り竿ですか? 木剣ですか?」
この工房は主に棒形状の物を作っている。店舗を覗いてきたが、農機具の柄なども扱っているようだ。
「いや、これまでにない物なんだよ。こういうものを作りたい」
俺の目配せでニーデズがノートを広げる。
「…………なんですか? これは?」
「うーん、球を打って遊ぶための道具っていうのかな」
説明する言葉を考えてこなかった。
「クリケットバットのことでは?」
「いや……」
俺は実際にやってみることにした。クリケットボールを鞄から出して床に置いた。
「これ、借りるよ」
農機具の柄ような形状の棒を手に取り、ボールの前に立った。
「こうやって止まっているボールを遠くに飛ばしたいんだ」
棒をゴルフスイングしボールの近くを通らせる。こんな場所で実際にボールを叩くわけにはいかない。
「なるほど。この先端の部分が当たりやすくするために大きくなっているのですね」
今俺が持っているものはただの棒である。それとの違いを言っているようだ。
「うん、そう。この面でボールを『パーン』って打ちたい」
「ですが、この大きさではクリケットボールは飛びませんよ。柄が折れます」
「なるほどね。でも、あまり大きいと振れないし」
「先程のフユルーシ様の様に振らなければいけないのですか? クリケットバットのように振れば折れませんし飛びますよ」
クリケットしか知らないとそう考えるのは当然だが、クリケットは投げられたボールへの反発力もあるし、止まっているボールはたぶんゴルフスイングの方が飛ぶと思うんだ。
「ボールはもっと小さくしたいと思っているんだ。そうすればボールも軽くなるから柄は折れにくい」
テレストは眉を寄せてノートの図案を睨んでいた。
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