電車の広告

灰月 薫

電車の広告(ショートショート)


気がつけば、俺は電車に乗っていた。


何の変哲もなくただ無機質な……通勤の時に乗るような、電車。


そのドアに背をもたれ、俺はただ揺れに身を任せていた。


――そういえば、なんで俺電車に乗ってたんだっけ。


思い出したいような、思い出したくないような。


考えるのが面倒くさくなって、俺は後頭部をドアに任せた。


俺以外には乗客はいないようだ。


左右を見渡しても、ただ無機質な座席と手すりの羅列が続いていくのみ。


よく見ると、電車内の広告も剥がされている。


――つまんねぇな。


動いているものと言えば、ドアの上の広告スクリーンの映像のみ。


だが、それも吐き捨てたくなるほどにつまらなかった。


面白味もないちんけな映画が、淡々と流れているだけだからだ。


――こんなの、誰が見るかよ。


冴えない人の、冴えない日常。


青春だとか、恋だとか愛だとか。

そんなものの欠片もない、ただのホームビデオみたいな映像。


――本当に、つまんねぇな。


「あぁ、つまんないね」


俺の横から、声がした。


声の方に目をやると、一人の青年が座席に腰掛けている。


――どこから湧いてきたんだ。


そいつは、俺の知っている人だった。


腐れ縁、とでもよぶべきだろうな。


別に仲良くしようとか思ってた訳じゃないのに、結局一緒にいる奴。


「酷いな、僕らは友人じゃないか」


――お前は友人っていう柄じゃねえだろ。


「つれないね。

それより、いいのかい?

ストーリーが続いてるよ?」


――いいんだ、あんなクソみたいな映画は。

駄作だ、駄作。


「辛辣だね。

いつから君は批評家になったんだい?」


――うるせぇな。

それに、これのラストは分かってるんだよ。


映像が、段々と終盤に近づいているのは、よく分かっていた。


映像の主人公は、大切な理解者を失うのだ。


その人は、病死だった。


「ねえ、君」


――なんだ?


「この後、主人公がどうなるか知ってる?」


――……まあな。


俺は、この主人公がどうなるかを知っていた。


この後、彼はホームセンターに行く。


ホームセンターで、縄を買う。


そして。


「そう、大正解だよ」


首を吊る。


そう答えた俺に、彼は笑った。


「ちなみに、この映像の題名は分かるかい?」


――あぁ、当然だ。


「……それじゃあ、君は僕と一緒にいるべきではないと解るね?」


――そうだとしても、別にこのままでいい。


「……そっか」



この映像が恐ろしくチンケな理由。


それは分かっていた。


未だに残る、首に紐をかける感覚。

段々と酸欠で苦しくなる感覚。

それでも死ぬには足りなかった……虚しさ。


だってこれは。


「いい映画だよ、これは」


彼は座席から立ち上がった。


映像の中で、主人公はロープを天井に設置していた。


そして、そのロープを輪にする。


主人公の顔は、俺が恐ろしく知る顔だった。


「だから、君はこれの続編を作らなきゃいけないんだよ」


青年は、その痩せ細った脚で飛び上がった。


映像の中の主人公が首を吊る寸前、彼はその液晶を叩き割った。


粉々になった画面は、あたりに散る。


それは美しく光を反射して、宝石のように舞った。


「嬉しいね、君に“大切な理解者”だなんて思ってもらえてたなんて」


――うるせぇな。


「面白かったよ、君の映画走馬灯は」


――まだ、お前は俺を死なせてくれねえんだな。


「当たり前でしょう。

あと100年はだめだよ」


――それまで、生きられるかよ。


「生きられるとも。

だって君は僕の友人だもの」


――だから、お前は友人って柄じゃねえんだよ。


「今くらいはカッコつけさせてよ。

……それじゃ、待ってるよ――」

















「―― みなみじゅうじサウザンクロスで」






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