線上のレコンギスタ
たんぼ
第1話異邦者
「ミカ・エスペランザ候補生」
「あ・・・は、はい!」
人々がせわしなく行きかう廊下で、ミカ・エスペランザと呼ばれた、桃色がかったサラサラとした長髪と淡いブルーの瞳を宿した少女は立ち止まり、声がする方へ振返った。
「スペンサー教官・・・」
ミカの前には、顔に数多の癒えない古傷をもった、身長180cm程の武骨な大男が立っていた。切れ長で獲物に狙いを定めた様な鋭い瞳は少女を捉えていた。
「候補生、明日は分かっているな」
「は、はい」
「本来であれば、候補生の実戦投入などは避けられねばならない。しかし1人でも多く人手が欲しいと言われている。お前たちが配置される戦場は、比較的安全な地帯だ。チームメンバーと常に連絡し、連携しろ。そうすれば生還する確率も高くなる」
「は、は!教官殿!」
「エスペランザ候補生、お前をはじめとする他の連中は優秀だ。特にお前とシン・クサナギ候補生は、好む好まざる関係なくコンバットアームズの操縦技術がずば抜けている。18であの腕前は大したものだ。私としてもいたずらにその命を無駄にして欲しくない。最後の教えを忘れてくれるなよ。」
「は!」
ミカ・エスペランザと呼ばれた少女は力強い敬礼を、スペンサーに返した。それをみて、スペンサーは満足気に小さく頷くとその場を去って行った。
「明日か・・・本当に行くんだ・・・」
ミカは少し肩を落として、自室のある宿舎に戻った。
宿舎の中では、ミカの目に映る人物が皆、口を揃えて明日の事を話していた。
「生き残れるかな・・・」
「故郷に還りたい。両親に会いたいよ」
「いやだ!!俺は戦場になんか行きたくない!!!」
既に憔悴しきっている者、泣きじゃくる者、恐怖に怯える者。中には「一思いに暴れてやるぜ!!」と声高らかに自身を鼓舞する者も居た。
「あれ、ミカじゃん。どこ行ってたの?」
ミカが自室へと歩いていると、目の前にすっと顔を出してきた少女がいた。
「あ、カレン」
「なんだなんだ、またシミュレーションでもしてたのか?」
カレンと呼ばれた、赤毛のポニーテールで、これもまたスペンサー負けず劣らずの鋭い瞳を持つ感じの良い少女の後ろから、まとまりのない長髪で眼鏡をかけた、口元に無精ひげを蓄えている青年が姿を現した。
「ダイゴも。うんそうなんだ。コンバットアームズの実戦訓練Vをやってた」
「ご熱心な事で。見ろよ周りの連中」
ダイゴと呼ばれた青年が親指で後ろの方を指さした。
「景気づけに仲間内で飲んで騒いでやってるのが大半よ。中には泣きじゃくったり現実逃避してる連中もいるけど」
「皆死にたくないんだよ。私もそう」
「まあ死ぬのは嫌だよね。あんなキモイやつに襲われてなんて。サイテー」
「ってことで」
ミカとカレンの話を遮る様に、ダイゴが2人の方に手を回す。
「俺らもどうよ?死ぬつもりなんてこれっぽちもないけど」
「どうって?」
ミカが少し目を細めて笑いながらダイゴに聞いた。
「どうせ酒でも持ってんでしょ」
「流石カレン。御名答」
ダイゴはニッとした表情をしながら、上着をはだけた。内側にはアルコール飲料の瓶がズボンに挟まっていた。
「あたしは良いよ。同じく死ぬつもりはないけど。ミカ、どうする?」
「じゃあ私も。その前に着替えてくるね。ダイゴの部屋?」
「イエース」
「じゃあたしら先に行っとくね」
「うん」
「早めになー」
そう言うとカレンとダイゴは歩いて行った。
「ふふ。お調子者」
2人が何やら語らいながら歩いて行く姿を少し見届けた後、着替えるべくミカは自室へ戻ってきた。整えられた清潔だが殺風景な部屋。
ミカは入るなり着ていた衣服を脱ぎ捨てバスルームへと向かった。
シャワーを浴びている時も、鏡に映った自分の姿を見ている時も、明日の実戦への不安と恐怖心は拭えなかった。「死ぬつもりはない」あの2人の言葉が脳裏を反芻する。
「とりあえず今を楽しもう」
着替えを済ませ、ダイゴの部屋へと向かっている道中、半ば無理やり明るさを保っていた。
「お、きたなー」
ダイゴとカレンに合流し、3人で騒ぎ始めた頃になると、ネガティブな感情は濁流に飲み込まれたかのように消えていた。あるいは、ダイゴとカレンと一緒に居る時、その様なことを考える余裕を脳に与えなかったのかもしれなかった。
「そういえばさ、シンは?」
カレンが口を開く。
「さあ。ミカ、シミュレーションルームに居なかったか?」
「見てないな。どこ行ったんだろ」
「連絡してみるか」
ダイゴが通信機のデバイスを取り出して文字を入力し始めた。
「送信っと。まあ時期に来るんじゃねえの」
それから暫くしてダイゴの部屋に、栗色の髪と淡い緑色の瞳を持った青年が入ってきた。透き通るような白い肌と、はっきりとしていて少し柔和な表情は、彼が軍人の候補生である現実を忘れさせる程だった。
「おい。明日はいつもの訓練じゃないぞ。分かっているんだろうな」
シンの声を聞く度に、顔に似合わず迫力のある声だなとミカは思っていた。これはミカだけではなく、ダイゴとカレンも同じであろうとも。
「わかってるって。まま、ここは一杯」
ダイゴがシンの言葉を受け流す様に脇へ反らし、コップに酒を注いでシンに差し出した。
「ん。すまない」
ダイゴの横におもむろに腰を下ろすと、差し出されたコップを手に取り、一気に飲み干した。
「ダイゴにしては上々だな」
「だろ。盗んできた」
「え、どこから?」
目を丸くしてミカが尋ねる。
「スペンサー教官の所から」
ニタニタと笑うダイゴの表情には意地の悪さが滲みあがっていた。まるで、お前らも共犯だと言わんばかりで3人の顔を見回した。
「まったく・・・お前といると飽きないよ」
シンもすぐさま二杯目に口を付けた。ミカはシンの口元が笑っている様子を見逃さなかった。
その後4人はすぐに談笑を始めた。話をするのは専らダイゴであり、その話にカレンがささやかながらも鋭い突込みを入れる。その様子をミカとシンは笑いながら見ていた。これが4人集まった時のいつもの状態だった。しかし、今回はミカもシンも普段より口数が多くなっていた。
「そういえばな。明日、俺はお前らと同じ後方ではなく前線に配備されることになった」
シンがそう言うとその場の雰囲気は一気に現実へと戻った様だった。
「そんなに人手が足りてないのか?」
「らしいな。コンバットアームズを扱える奴は、直ぐにでもと言った感触だった。だがミカとカレンは後方だ。勿論ダイゴお前も」
「そっか」
ほっとした様子でカレンは胸を撫で下ろした。
「大丈夫なの?」
「分からんな」
ミカの問にシンはきっぱりと返す。
「お前がクサナギだからか?」
ダイゴが刺々しい語気で言った。これはシンに対する嫉妬心や恨みではなく、上の決定が気にくわないからであろうと3人は察した。
「関係ないだろう。俺がクサナギであることと明日の陣容は。ミカか俺が候補にあって、たまたま俺が内定しただけだよ」
「まあでも」
カレンがコップに酒を注ぎながら続ける。
「クサナギが前線に来てくれるって、それだけで安心する人も居るだろうしね。私達はちょっと不安になっちゃったけど。まあ後ろの方だし」
「名前に負けたくないものだよ」
余計なことをと言わんばかりの表情で、シンは酒を口に運ぶ。
「ごめんごめん。プレッシャー?」
「いやいい。俺は自分の役割を果たすだけだよ。死ぬつもりもない」
死ぬつもりもない。その言葉を聞いた時ミカ、ダイゴ、カレンの3人は笑ってしまった。
「何かおかしいことを言ったか?」
「いや。いやいやいや。俺らもさっきそうやって騒いでたのよ。誰が死ぬもんか。死ぬつもりなんてねえ!って」
「そうか」
シンはフっと微かに笑みをこぼした。
その様子をみたダイゴは更に盛り上がり、カレンも最早突っ込まなくなってしまった。しかしそれが原因で、執拗に絡まれることになった。
「こういう日が永遠と続けばいいのにな」
誰にも聞こえない様に口に出したその言葉は、シンの耳が捉えていた。
シンは無言でミカに淡い瞳を走らせて頷いた。シンのその頷きにミカも小さく返した。
それから約1時間後、4人は解散した。ダイゴを除く3人はそれぞれの自室へと引き上げていった。自室に戻ってきたミカは、水を飲み歯を磨いてベッドに入った。意識がどこか別の世界へと誘われる様な、心地よい微睡みの中で、「俺たちは生き残る」と声を張り上げていたダイゴの言葉を思い出していた。そう。私たちは生き残る。何があっても。絶対に・・・。
次第に意識が遠のき、ミカの身体は夢の世界の支配下に置かれた。
ミカが目を覚ましたのは、午前5時の事だった。けたたましく鳴り響くアラームがミカを夢の世界から現実へと連れ戻した。
掛け布団を払いのけベッドから起き上がる。立ち上がると、眠気を一切感じさせないような、てきぱきとした動きで準備を始めた。
支度を終えて自室を出ると、候補生の群れが慌ただしく動いていた。
「急げよ!」
「遅刻するな」
などと四方八方から聞こえてくる。宿舎を出る為に出入口へ向かっているとカレンと鉢合わせた。
「おはよ」
「カレンおはよう。ダイゴとシンは?」
「シンはもう出たみたい。連絡着てた。そっちには着てない?」
ミカはダイゴが操作していたのと同じデバイスを取り出して、シンから何か着てないか確認した。画面には、前線に行く為皆より早く出立することになったという内容が表示されていた。
「あ、ほんとだ。今頃ドロップシップに乗ってるのかな」
「かもねー」
「それでダイゴは?」
「さあ?知らない。まだ寝てんじゃない?これから戦地に向かうのに、お気楽な奴だから。遅刻だけはしないんじゃない。とりあえずあたしらは集合場所に行こ」
「そうだね」
午前6時、ミカを含めた養成所の学生180人が校舎の外にある、広いグラウンドに集合した。普段なら良く晴れている時間であったが、今日は雲が厚く僅かばかりの陽光が差し込んでくる程度だった。彼らにはそれが有り難かった。戦地に赴く前に、余計な体力を消費しなくて済むからであった。
ミカは小さく辺りを見回した。生徒たちは姿勢良く直立している。まるでロボットの様に表情一つ変えるどころか、瞬きもしていない者も居た。人間とマシンが融合した技術、ヒューマノイドではないのだろうかと疑わずに居られなかった。
しかし全員がその勇壮な姿勢を維持している訳ではなかった。脚ががくがくと小刻みに震えている者も居たし、顔面蒼白で今にも気絶しそうになっている者も居た。カレンとダイゴの姿は見えなかった。
間もなく、生徒たちが並んでいる前方に置かれた簡素な壇上に1人の男が登壇した。
「何百年も前には、学校と呼ばれる場所で、そこの長があんな風に壇上に上がってさ、偉そうに喋ってた国もあったらしいぜ」
誰かの声が聞こえた。
「そうなんだ。同じ事をしてるのかな」
物知りな人も居るもんだと、変に感心しながら、ミカは登壇した男が話し始めるのを待った。壇上で小太りな口ひげを蓄えた男が話し始めた。
「諸君。待ちに待ったこの日が来た。諸君らはこれから前線へ赴き、長きに渡る国土回復戦争に身を投じることとなる。いいか、これは何より尊く、他の何よりも優先されるべきことである。我々人類が創り上げてきた、文明・文化を守り抜き、焦土と化した土地を復興せねばならない!あの醜悪な化物共を駆逐し、世界を浄化するのである。」
こうした出たしから始まり、男の演説はそれから10分間におよんだ。終わると男はそそくさと壇上から退き、続いて武骨な大男スペンサーが壇上に立った。
「スペンサー教官も話すんだ」
ミカは一瞬だが目を丸くした。
「これよりドロップシップが諸君らを拾う為にここに降り立つ。諸君らが配備されるのは主には後方であり、前線部隊への補給が任務である。部隊の護衛として、ミカ・エスペランザ、カレン・サングゥイン、デュード・エンドロー以上3名が駆るコンバットアームズを配備する。残り177名の歩兵部隊は3チームに分かれる。チームの総指揮はセルゲイ・ノックス少将が行う。また各チームの指揮官は・・・」
スペンサーが戦闘配置を説明している途中、空から轟音を上げ数隻の船が降りてきた。
「あれがドロップシップ」
ガラドと名付けられたドロップシップは、全長320m、全幅485m、最大積載量9600tと連邦軍が有するものの中でも超大型に分類される輸送機である。白を基調としたカラーリングで、左右に向かって悠々と伸びている翼には、大型のスラスターが備え付けられていた。
「総員、ガラドへ急げ!」
スペンサーがスピーカーを通して怒鳴ると、今まで石の様に固まっていた生徒たちが一斉に走り出した。
「ミカ・エスペランザ!カレン・サングゥイン!デュード・エンドロー!集合せよ!」
また違う怒鳴り声が3人の名前を呼んでいた。
「カレン!」
「ミカ!!」
声の元へ向かっている道中ミカとカレンは出ぐわした。
「ダイゴは!?」
「あそこ!」
カレンが、強風から守る様に髪の毛を押さえながら指さした方向にダイゴは居た。僅かに見えた横顔からは、いつもの様なおちゃらけた雰囲気は完全に失せていて、シンに向けた様な鋭い瞳と険しい目つきでドロップシップ、ガラドに向かっていた。
「とにかく急ぐよ!」
「うん!」
デュード・エンドローはミカとカレンより先着しており、2人が駆け付けてくると、無言で軽い会釈をした。2人もそれに会釈で返した。
「揃ったな」
スペンサー教官に勝るとも劣らないスキンヘッドの大男が、鋭い眼光を3人に向け放っていた。
「貴官らはこれより少尉階級となり、待遇もそれに倣ったものとする。戦死した場合、二階級特進となる」
戦死という言葉に3人は息を呑んだ。そしてその言葉が、これから向かう場所は戦地であり、訓練の様に何回もコンティニューすることができない、死んでしまえばそれで終わる現実であることをより実感させた。
「さて、まずは状況を説明する。今回の作戦は、アンノウンの巣、つまり化物共の拠点を壊滅することが主な目的である。前線に派遣される先鋒部隊は既に出立した」
この先鋒部隊にミカとカレンの友人であるシン・クサナギが加わっていた。
「養成所上がりの新兵には、その先鋒部隊を支援するべく後方に補給拠点を構築してもらう。現地での指揮はアレックス・カーター准将が務める。
エスペランザ少尉、サングゥイン少尉、エンドロー少尉、貴官ら3名はまず、コンバットアームズで拠点となるフィールドへ先行・降下する。必要があればアンノウンの殲滅を行え。周囲の安全が確保できた後、補給部隊が降下し拠点の構築を開始する。その間索敵を怠るな。そして作戦完了まで部隊の掩護が主な任務となる。
連絡および連携を決して欠かすな。補給がままならない軍が勝てたためしはない。比較的安全な後方任務だが、心してかかれ!」
「は!」
「説明は以上だが、質問は?」
「・・・・」
3人とも無言だった。
「・・・よし。行け!」
「はっ!」
3人は敬礼し、ガドラへと駆けて行った。
「エスペランザ少尉ー!?エスペランザ少尉いますかー!?」
コンバットアームズが格納されているという、格納庫に辿り着いてから間もなく、ミカは自分を呼んでいる声を聞いた。
「はい!」
「あ、居た!エスペランザ少尉、僕は整備班のニコル・リヒター伍長です。少尉のコンバットアームズの整備を任されております!機体は万全で、いつでも出撃出来ちゃいますよ!」
「ありがとう」
元気のいい男の子、というのがミカがニコル少年に感じた印象だった。
少年は誇らしげな表情をして、2人の側面に佇んでいる兵器を眺めていた。それにつられてミカも視線を移した。
「これが私の」
コンバットアームズ。全長3.5m、基本重量1.2tの対アンノウン用に開発された人型汎用歩行兵器。今は胸部が開いており、そこにパイロットが乗り込む。操縦はパイロット自身が手足を動かして行う。操縦席にはハッチが付いていて、これはアンノウンの攻撃からパイロットを保護する役目とモニターでサポートする役目がある。頭部があり、古い西洋の兜を思わせる部分には、薄い鶴翼の形をしたバイザー下方向に弧を描くように取り付けられていた。
機体には人間と同じ様に両手とそれぞれに指があり、携帯する武器の種類と形状を認識して、自動で手に取る、離すといった設定も可能であった。しかしこの機能は熟練者の間では評判は良くない。ミカ自身もシミュレーション時は設定をオフにしていた。実機の方でも使う予定はなかった。
また外付けの装備、降下作戦に用いるパラシュートや、組み立て式の長距離ライフル、ミサイルランチャーなどを格納するためのランドセルは、音声入力でそれを使用することが可能であった。
コンバットアームズは自分の身体にまとって戦う兵器であり、全体が銀色で塗装されていることからパイロットの間では『鎧』や、『甲冑』などと呼ばれていた。
元々コンバットアームズ・シリーズの前身が、人間と同じく様々な動作を汎用的に実行でき、小回りが効いて生身では危険な作業を安全に且つ効率よく行う目的で2100年代に考案された。しかしアンノウンの出現と、それに伴う人材の減少と資源の枯渇で開発は見送られた。コンバットアームズがはじめて世に姿を現すのは、西暦2348年であった。
「少尉、武器は何にします?」
「武器か。おおざっぱになるけど、ブレードと拡散式のライフルで連射できるものをお願い」
「了解です!承りました」
元気よく返事するとニコルは猫の様に駆けて行った。
「本艦はこれより離陸体勢に入る、各員持ち場に戻り備えよ。繰り返す、本艦はー」
「生き残って、また皆と・・・」
ミカは、自身のコンバットアームズの前で、右手を固く握りしめていた。
ガラドが離陸してから約40分が経過した頃、ニコルと共にコンバットアームズの最終確認を行っていたミカの耳に、けたたましいサイレンが飛び込んできた。
「いよいよですね」
先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、神妙な口調でニコルは言った。
「少尉、絶対に生きて帰ってきてくださいね」
「うん。約束する。私もまだ死にたくないから」
ミカのその言葉を聞いたニコルは、歯を見せる様にニッっと笑い、言った。
「チェックは完了です!またこの機体に会えることを楽しみにしてますよ!勿論少尉さんにも」
「ありがとう」
そのやり取りから間もなく、コンバットアームズを駆る3名は呼び出された。
ミカ、カレン、デュードの3人はまた一堂に会した。
「アレックス・カーター准将だ。もう、オイゲンの奴から聞いてると思うが、」
アレックスと名乗った、短い茶髪に穏やかな濃いグリーン色をした瞳を持つ男はここで言葉を切った。3人がオイゲンという名前に聞き覚えがない、とでも言いたげな表情をしていたからだった。
「まったくあいつめ。あのーなんだ、つるっぱげの大男」
アレックスのその言葉で合点がいった様子だった。3人に地上で状況と作戦説明をしたあの男の名前だった。
「あいつとは昔馴染みでな。最もあいつは前線、俺は後方勤務でそれをいびられるがね」
やれやれといった感じで話しているアレックスの様子をみて、3人とも少し気が楽なになったように思えた。
「まあそのオイゲンから作戦の説明は既に受けていると思うが、もう一度簡単に伝えておく。念のためにな」
アレックスから聞いた内容は、オイゲンから知らされたものとほぼ同じだった。ただ先鋒部隊は、約10分前から既にアンノウンとの戦闘を開始している部分を除き。
「お前さんたちには直ちに鎧で、コンバットアームズのことだ。俺たちは結構そう呼んでいる。その鎧で降下してもらう。最終チェックは済んでいるか?」
3人は小さくだが、はっきりと頷いた。
「よし。私も後から歩兵部隊を率いて降下する。よろしく頼むぞ」
「は!」
オイゲンと違いアレックスは自ら先に敬礼をしてきた。3人もそれに敬礼で返し、それぞれの機体の場所へと戻った。
ミカが戻るとニコルがピシっとした姿勢で待っていた。
「いつでも動かせます。ご武運を」
まだ少しあどけなさが残るニコルの姿に、ミカは頷いて見せた。
開かれた胸部へと足を踏み入れる。正面を向き、丁度腰の高さにあるハッチを開閉する為のボタンを押した。間もなく、静かにハッチが締まり、ミカは暗闇と静寂の世界に抱かれた。両腕、両脚をそれぞれ指定された箇所に滑らせる。
「認証開始」
抑揚のない機械音声が鳴ったかと思うと、前面に光が灯り、様々なインターフェースがミカの前を流れていった。
「認証完了。パイロット、ミカ・エスペランザ少尉に操縦権を委ねます」
「シミュレーションと同じ。よし」
ミカはゆっくりと右足を動かして一歩前にだした。外ではコンバットアームズも寸分の遅れなく、ミカと同じ動きをしていた。
顔を左右に振ってみる。すると前面に映し出された格納庫の景色も、顔に合わせて映し出された。左手にニコルの姿が認められたので、ミカは左手を動かしてピースしてみせた。
「ちゃんと動いてる!」
ニコルは目の前の鉄の塊が歩きながらピースしてきたのを見て、一層喜んだ。
「通信テスト。エスペランザ少尉、サングゥイン少尉聞こえますか?こちらデュード・エンドローです」
出撃用のハッチへ歩いている時、ミカの機体に無線が入った。
「エンドロー少尉、聞こえてます」
ミカはそうはっきりと返事をした。
「こちらカレン、聞こえてるよー」
続いてカレン。
「よかった。お2人ともよろしくお願いいたします。この戦いが人類にとっての大きな一歩となる様、尽力しましょう」
「コンバットアームズ、所定の位置につけ。これより降下させる」
別の男の声が聞こえてきた。3機のコンバットアームズは位置についた。それぞれの機体を囲む様に上から隔壁が降りてきた。
「よし降ろすぞ」
「了解。ミカ・エスペランザ少尉、出ます!」
足元のハッチが開いたかと思うと、既に3人は空中に居た。嵐が来ているのか、雲は厚く、垂直方向に落下している3人の周囲を砂塵が渦巻いていた。
眼下では時折、マズルフラッシュの様な閃光が断続的に姿を見せており、それはミカとカレンの友人であるシン・クサナギの居る先鋒部隊が、既にアンノウンと戦闘状態にあることを物語っていた。もっとも地表に近づくにつれ加速度的に砂塵が濃くなり、彼らの姿を視認するまでには至らなかった。
「そろそろね。パラシュートを」
その瞬間、がくんと強い衝撃が走り、先ほどまでと違い落下速度が緩やかになったのが感じられた。パラシュートが開いたのだ。
それからほどなくして、3人は地表に降り立つことができた。
「索敵、スキャンモード」
右手に拡散式ライフル、スプレッドライフルを構え慎重に周囲を見渡す。砂で作り上げられた霧は濃くなる一方だった。
「視界が悪すぎる。カレン、状況は?」
「こっちは今んとこ何もないよ」
カレンが居る方向に視線を移すと、対アンノウン用として開発されたブレードソードを左手に持ったコンバットアームズが慎重に一歩一歩前へ歩いているのが見えた。
「エンドロー機、こちらも異常はありません。このまま索敵を続けます」
エンドローは右手にスプレッドライフルを、左手には機体の大部分を隠すことのできるシールドを持ち、注意深く周囲を見回していた。
「あの人だったんだ」
エンドローの装備を、ミカは以前目にしたことがあった。養成所のプログラムの一つである、対コンバットアームズ用のシミュレーション訓練である。相手は人間ではないからという理由で、プログラムから消去されそうになっていた時、シンが「共に戦う仲間の得意なこと、そして弱点を知ることはチームワークの幅を広げ、結果的に任務を遂行できる確率と、生存率を高めます」と直訴して、残したものだった。
そのシンの相手をシミュレーションでしていた機体が、ほぼ同じ装備をしていたのだった。結果はシンには勝てなかったが、シールドを自由自在に操り、攻守ともに堅実な運用をしていたことをミカは鮮明に覚えていた。
「カレン、あまり前にですぎないでね。エンドロー少尉、頼みたいことがあるのですが・・・」
「ああ、壁役ですね。承りました。掩護は任せます」
「あ、はい。ありがとうございます」
ミカとカレンの間を、エンドローが駆るコンバットアームズが盾を構えながらゆっくり通り抜けていった。
地表について索敵を行うこと5分余りが経過した頃、周囲に敵影も認めらないと判断した3人はアレックスに状況を報告した。
「了解した。これよりメイン部隊を降下させる。引き続き警戒をしていてくれ」
「は」
間もなくして、上空から歩兵を乗せた降下用ポッドが1つ、また1つと姿を現した。ポッドの他に装甲車も何台か確認できた。
ポッドが地上に降り立つと、鉄板の扉が勢いよく開き、ぞろぞろと蟻の群れが巣穴から這い出てくるように生身の人間が姿を現した。
「壁役と言っても」
戦場はただっぴろい平地になっており、倒壊した建物や、丘陵地帯、森林と言った身を隠せるようなもの一切なく、この砂塵さえなければどこを向いても地平線を臨むことができるであろう程だった。
カレンとデュードは主に、先鋒部隊が戦っている方面に意識を向けていた。その方角からアンノウンが出現する確率が最も高く予想される為であった。
「前面は2人に任せよう」
ミカは補給拠点を構築している歩兵部隊を取り囲むように、ぐるっと歩きながら索敵を続行した。その間に、ダイゴの姿を見ることが出来てホッとした気分になった。
拠点構築が開始されてから10分余りが過ぎた頃、設営も殆ど終盤に差し掛かり、多くの者のピアノ線の様に張った緊張の糸が僅かな間緩んだ時にそれは起こった。
「敵影!数・・・4!9時の方向!」
デュードが駆るコンバットアームズからもたらされた通信だった。このことはアレックスにも直ぐに伝わった。
「おいでなすったか。総員備えろ。こちらでもスキャナーを使って周囲を警戒しろ」
一瞬恐慌状態に陥りそうだった部隊、養成所上がりの新兵たちはアレックスの落ち着いた言動を見て、自らもそうあろうとした。アレックスは肌でそれを感じ「何人、生きて帰してやれるだろうか」と小さく呟いた。
ミカ、カレン、デュードの3人は自然と、デュードが敵影を捉えた方角に意識を集中させた。外は相変わらず砂塵が宙を舞っていて、アンノウンの姿を3人からひた隠していた。
ドクン、ドクン、と脈打つ心臓の鼓動が、各々の聴覚を支配していた。それはパイロットの3人も同じことだった。それ以外の音は何も耳に入ってこなかった。だがその静寂はおぞましい悲鳴により破られることになった。
「ぐぎゅ・・・・・ぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ!!!!」
耳をつんざく形容しがたい叫び声だった。それは3人の後背から聞こえてきた。
「なっ・・・・!」
振返ってみると、1人の青年が腹の部分を、先の尖った鋭利な物体に貫かれていた。それは砂塵の中から伸びているものだった。いとも容易くそのまま青年の身体を空中に持ち上げたかと思うと、砂の壁の向こう側から現れた『物体』によって彼の上半身は食いちぎられた。ゴリュゴリュと、聞くに堪えない不愉快な音が聞こえてきた。部隊の全員は本能的に理解した。彼の身体が咀嚼されていることを。
《ヴァァァァ!!!!!》とけたたましい咆哮を上げながら、それは姿を現した。体長5mはあろうか、爬虫類を思わせるぬらぬらとした光沢がかった漆黒の身体で、胴体から伸びた丸太程もある首と思われる先には、今もなお鮮血が滴り落ちている口があり、その上に水色をした禍々しい目が2つあった。
捕食された青年の下半身は、嚙み千切られた筋肉の繊維が絡まって、まだ鋭利な物体によって捕らえられていた。それは同じく胴体から顔と逆方向に延びる尻尾の一部分であった。
《ヴァァァァ!!!!!》ともう一度吠えながら、捕食者は絡みついていた餌の残りの部分を無造作に振り払った。その際、まだ残っていた血や腸と言った内臓が回りにばら撒かれ、何人かの新兵がそれを浴びる事になった。
「ひっ・・・・・・!!!!」
それが契機だった。今までただ茫然と、仲間が捕食される光景を目に焼き付け、動くことが出来なかった彼らが、一斉に半狂乱になりながら慌てふためきだした。
「ち捕食型か・・・落ち着け!隊列を乱すな!」
アレックスは指揮をしていたが、その声は新兵たちには届かない。その間も次々と捕食され餌となり、周囲を自らの血と内臓で装飾する者が後を絶たなかった。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
怒号を上げながら捕食型アンノウンに突進するコンバットアームズがあった。ミカの機体だった。
ミカは続けざまにスプレッドライフルでアンノウンの頭を殴った。ゴンと、鈍い音がなっていたが、致命傷を与えているとは言えなかった。だがわずかに、体勢を崩すことができた。
「このッ・・・・・!!!!!!!」
その隙に銃口をアンノウンの胴体に押し付け、そのまま引き金を引いた。一瞬、機械が回転する独特な音を聞いたかと思うと、銃口から弾丸が連射された。青白い粘り気のある液体がアンノウンの胴体から、放出され声にもならない声を上げながら、それは地面に仰向けの状態で倒れた。
「隊列を整えながら一旦距離を取れ!・・・ガラド、こちらカーター准将だ。アンノウンの奇襲を受けた。現在コンバットアームズが交戦中。専用のブレードソードを4、5本落としてくれ。今すぐだ!」
「まだ!!!」
砂塵の中からもう一匹、ミカが撃ち殺したものと同じアンノウンが飛び出してきた。同様にスプレッドライフルで頭部に打撃を加えようとしたが、間に合わずアンノウンの突進をもろに喰らうことになった。
「ぐっ・・・・・」
すさまじい衝撃がミカの身体を襲う。胃酸と交じり合ったものが食道を逆流し、今にも口から溢れ出しそうになっていた。それを必死に抑え込みながら立ち上がろうとした。
「て、敵は・・・・?さっきのは・・・・?」
振返ってみると、あの鋭利な尻尾で機体ごと自分を刺し貫こうとしているアンノウンがスクリーンに映し出されていた。
「ミカ!!!」
雑音交じりにカレンの呼ぶ声が聞こえた。
「カレン!」
ミカが答えるより早く、どこからともなく疾走してきたカレンがブレードソードでアンノウンの首を切り落とした。切り落とされた断面からは、人間の脚がその姿を覗かせていた。
「カレンありがとう。エンドロー少尉は?」
ミカは素早く立ち上がるとカレンのコンバットアームズの肩に手を置いた。
「んーん。無事でよかった。少尉はあそこ」
カレンが指さした方向に視線を移した。そこには、あの大きな盾で自分自身というより、隊列を整えようとする生身の歩兵部隊を守るように立ちはだかりながら、アンノウンを撃ち殺している姿があった。
「あ!!!!」
デュードのコンバットアームズを視認したのも束の間、また別のアンノウンが姿を現した。それは先ほどのモノより一回り以上も小さく、球体でどういう原理かは分からないが、空中を漂いながら歩兵部隊に殺到しようとしていた。
「突撃型だ!うち漏らすなよ、各々自分が向いている方面をカバーしろ!」
アレックスの怒鳴り声が聞こえると、歩兵部隊はアサルトライフルをその球体の群れに銃口を合わせた。
「ッてぇ!!」
その掛け声と共に、一斉に銃口から弾丸が発射された。弾丸が命中したアンノウンは中に水の溜まった風船が破裂する様に、ぶしゃっと黒い液体をまき散らしながら一匹、また一匹とその姿を消した。
デュードもスプレッドライフルで、その突撃型と呼ばれたアンノウンを一気に殲滅しようと試みたが、新手の捕食型アンノウンがそれを許さなかった。
「エスペランザ、サングゥイン、エンドロー、聞こえるか?カーターだ。ガラドに追加のブレードソードを要請した。時期にこのポイントに落としてくる。それを使って、接近してきた捕食型を殲滅してくれ」
「了解!」
スクリーンには自分達にほど近い場所が小さな赤色をした丸いマーカが点滅している様子が映し出されていた。
アレックスからの通信があって間もなく、上空からブレードソードが落下してきた。ミカは空手の左手で地面に突き刺さったブレードソードの一本を握り、引き抜いた。右手にスプレッドライフル、左手にブレードソードを持ちミカはまた戦地へ向かった。
新兵たちにとってはじめとなった戦場は、今や惨憺たる状況で、主を失った手足や生首、辺りに飛び散ったどす黒い血で戦場と言う名のキャンバスを彩っていた。
次から次へとアンノウンは出現した。一体どれだけの弾丸をあの醜悪な化物共に浴びせたのか、どれだけの数をこのブレードソードの錆にしたのか。ミカもカレンもデュードも検討が付かなかった。
「まるで途切れない!なんなのこれ!近所に巣でもあるっての!?」
アンノウンを袈裟切りに払いながらカレンが叫ぶ。彼女の機体は敵の返り血を浴びすぎて、若干青みがかっていた。
「これじゃあきりがない・・・我々も限界です」
盾でアンノウンを払いのけ胴体を突き刺しながらデュードが言う。
「・・・・・」
ミカは一心不乱に視界に入ったアンノウンを悉く葬っていったが、彼の言う通り、体力面においても精神面においても既に限界だった。新たに支給されたブレードソードも刃こぼれしており、スムーズに切れなくなっていた。
ガラドも通信が繋がらなず徹底することもできない。歩兵部隊は隊列を維持できず、さんざんに蹂躙されていた。
「もう・・・死んじゃうのかな」
虚ろとなった瞳でスクリーンを眺める。捕食される者、貫かれる者、バラバラにされる者、踏みつぶされる者、真っ二つにされる者、そして自らを撃ち殺す者。
「べぶ!」
ミカの機体は捕食型のアンノウンにはたかれ、地面にうつ伏せになって倒された。
「ごめん皆・・・何も出来なかった・・・ごめんなさい・・・」
とうとうこらえ切れなくなり、食道から逆流してきたものをミカは吐き出した。鼻をつく酸味の臭いが広がる。
「さっきと同じだ・・・あぁ・・・・」
今度はカレンも来ない。生きているのかすら分からない。他の人も。ダイゴは無事だろうか。シンは。そう思案している最中にも、アンノウンはミカの機体を貫こうとその尻尾の先端を伸ばしていた。
その時、ミカとアンノウンの機体の間に突如として球体が現れた。濃い紺色をしたその球体は断続的に周囲へ、バチバチとした音を立てる稲妻を発生させていた。
「なに・・・・?」
ミカも異変に気付き、自分と化物の間に前触れもなく現れたその奇怪な現象に視線を向けた。
「え・・・?」
ミカは見た。その球体からゆっくり、人としか思えない手が伸びてきた瞬間を。ここが惑星であるかを確認する様に、両足を地につけた男が立っていた。
「・・・・人?」
それは自分たちと同じ人にしか見えなかった。そしてその人らしきモノは、アンノウンに向き直り、駆け出して行ったかと思った刹那、あの怪物の首を破竹の様に両断したのだった。
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