異世界不眠 ~今夜こそ勇者はぐっすり眠りたい~

一石楠耳

第1話 眠れない夜には眠り薬を飲むよ

「と言う訳だ、異界の勇者よ。貴方が得たその力によって我々は、999日後に復活する魔王を滅ぼさねばならない」


 荘厳なる神殿にて私にそう語ったのは、聖騎士団長の女性だ。

 どうやら私は異世界転移というやつをしたらしい。ついさっきまで締め切り間際の原稿を書いていたはずなのに、突然ファンタジーっぽい世界に呼び出されてしまった。

 いつでも寝れるように、ゆるっゆるのパジャマ姿でいたので恥ずかしい。向こうはガッチガチのかっこいい鎧なのに。


「あの……もう一度確認してもいいですか? 私が与えられたのは、魔物召喚のチート能力ってことですよね」

「ああ。午前と午後に一度きり、一日に二度だけ、どんな魔物も召喚して従えることが出来る。我々聖騎士団に足りない戦力を、貴方の力で埋めるのだ!」

「魔王の城までは7日間かかるんですよね」

「そうだ。魔王の城までのバックアップは、聖騎士団長のわたくしめが引き受けよう! そこまでの移動や食料に関しては心配することはない」

「魔王を倒すまでは元の世界に戻ることは出来ないんですよね……」

「それに関しては申し訳ない、異界の勇者よ……。だが! 『伝説の竜エンシェントドラゴン』や『不死の王ノーライフキング』すら使役するその類まれなる力を持ってすれば、復活前の魔王を倒すことは容易いであろう。我ら俗人には及ばぬそのチートスキルがあれば!」


 私に与えられたチートスキルがどれだけ素晴らしいものかを、熱っぽく語ってくれる聖騎士団長。『午前と午後で一回ずつ、一日に二度だけ』のルールさえ守れれば、代償とかMPとか基本いらないらしい。チートスキルって楽でいいな。


「なるほど……私が与えられた力があれば、魔王に勝つのがそんなに難しくないっていうのはわかりました。なんですけど、その……。魔王を倒さないと現世に帰れないっていうと、問題が……」

「急にこの世界に呼び出したものな……。着の身着のままの姿でもあるし、異界の勇者にも色々と事情がおありか?」


 彼女は「ンンッ」と低めに咳払いをした後で、神妙に耳打ちをしてくる。


「聖騎士団長の名誉に誓って、秘密は厳守する。言いにくいことであってもわたくしめに申し付けてもらえれば、可能な限りは善処しよう。身の回りのことでもなんでもだ! そのために同性であるわたくしめが、異界の勇者の世話役に任命されたというところもあり……」

「いやいや、そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫です。多少、他人には言いにくいかも……ぐらいのシンプルな問題なので」

「一体どんな問題が?」

「私、どうやって寝ればいいんでしょう」


 聖騎士団長は首を傾げた。


「……寝所であれば、用意できる中でも最高のものを手配するが……? ああ、今夜はゆっくり眠ってもらってかまわないぞ? 魔王を滅ぼさねばならないとは言え、復活までは999日ある。よく休んでこの世界にも慣れてもらって、万全の体制で」

「いえそういうことではなくて。急に呼び出されたので、今夜寝るための薬がないんですよ」

「今夜寝るための薬……?」

「あの私、不眠症を患っていまして。眠るための薬を処方してもらってるんですね。それが手元にない状態で呼び出されたので、今夜眠れるかどうかが不安で」


 聖騎士団長は更に首を傾げた。


「野営などで眠らないように、苦い茶を飲むようなことはあるが。眠れないので薬を飲む……などということもあるのか……?」

「異世界だとそんなにポピュラーでもないんですかね、不眠症って。向こうの世界では多かれ少なかれこの症状に困ってる人が多くて、不眠症で通院している人の20人にひとりは睡眠薬を服用し、厚生労働省によれば国民病とも言われています」

「コーセーロードーショー……?」

「私はそれほど症状が重くもないので、少し薬を飲めばぐっすり眠れるんですけど……。だけれど! その薬が手元になくて今夜飲めないと言う事実だけで! もう既に眠れる気がしない!」

「異界の勇者はナイーブだな」

「あ、そうだ。だったらこの世界にある方法で眠ればいいってことになりますかね? 処方されたお薬はなくても、魔法があるし……? スリープの魔法とかなら、すぐに眠れたりしませんか?」


・ケース1 スリープ


「異界の勇者からのご要望で、我が聖騎士団の魔法使いをお呼びした」

「イーッヒッヒ! 勇者様にスリープの魔法をかければいいのかえ?」

「うわっすごい魔女っぽいおばあさん」


 ベタ過ぎる魔女のおばあさんにびっくりしつつ、私は頷いた。

 異世界の初魔法という心躍るシチュエーションで、かけてもらう対象が私自身で、夜寝るための魔法になるなんて。

 魔法のかけられ心地って、どんななんだろう。楽しみ。


「では、スリィープ!!」

「うわっ暗……」


 私は眠った。

 ――――。


「――あれ?」


 ベッドの中で私は目を覚ました。

 眠りのこの感じ、さっきからそんなに時間も経っていないような……?


「目が覚めたのかね異界の勇者」

「わあ、隣に聖騎士団長!」


 私が寝ていたベッドの横で剣を携え、聖騎士団長が座り込んでいた。


「貴方の身に何かあってはならないのでな。そばで眠らせてもらっていた」

「座ったまま寝てたんですか……。腰とか悪くしますよ……?」

「しかし早く目覚めたな。2時間ほどしか寝ていないんじゃないか」

「やっぱり……これは……中途覚醒ですか……!」


 そう、魔法をかけてもらってからのこの目覚めで、私には思い当たるところがあった。

 床についても眠りが浅くて、寝ている途中で目覚めてしまう。これは典型的な不眠症のタイプのひとつでもある。


「かけられてわかりました。スリープの魔法は、入眠作用はすごく強いんですよ。でも、一晩中眠り続けるような長期的な睡眠には向いていない気がします」

「言われてみると……スリープの魔法をかけられた人間がそのまま眠りっぱなしでいることはない……か? 誰かに起こされなくとも、戦闘が終わった頃には自然に起きている」

「今日のお昼はスリープをかけられて寝ちゃったから夜眠くないな~、みたいなお話も読んだことない気がします! 聖騎士団長の実体験ではどうですか?」

「たしかに……そんなケースはないな……。スリープは一時的に眠らされるだけの魔法だと認識している」

「私が思うに、これって眠りって言うより失神に近いと思うんですよね。スリープの魔法がかかると、眠りに抵抗する間もなく目の前が暗くなって、その後は短い時間で目が覚めちゃうっていう……」


 聖騎士団長とそんな話をしている間に、私の目はみるみる冴えてしまった。

 会話、考え事、湧いてくるアイデア、半端な2時間睡眠。私が不眠症を患った理由が詰め込まれた夜を過ごしている間に、夜が明けてしまう。


「朝になってしまったな、異界の勇者よ」

「すみません聖騎士団長! 眠れない一夜に付き合わせてしまって……」

「なに、鍛えた体でどうとでもなる。貴方が眠れないほうが困るのだ。我々は万全を期して魔王の復活を阻止しなくてはならないからな」

「あのー……。一応お伺いしたいんですけど、眠る用のお薬の手配ってできます?」

「薬師か。探してみるとしよう」

「よろしくお願いします! 私はダメ元でもう一回寝てみます……」


・ケース2 ポーション


 朝になってから寝てみたがやはり眠れず、寝不足で迎えた昼。聖騎士団長が薬師を連れてきた。


「異界の勇者からのご要望で、我が聖騎士団の薬師をお呼びした」

「イーッヒッヒ! 勇者様に眠り薬を用意すればいいのかえ?」

「えっ、この魔女っぽいおばあさん、昨日の?」

「魔法使いと薬師を兼ねとるのさ! イーッヒッヒ! でも安心するといいよぉ? 魔法とは違ったこの世界のとびっきりの医療で、薬を作らせてもらうからねえ!」


 ベタ過ぎる魔女のおばあさんは、怪しげな品をゴリゴリとすり鉢で擦って、大釜で煮はじめた。謎の毛とか、虫の足とかが見える。

 嫌だこの薬……飲みたくない……。見栄えも臭いも衛生的にも喉越し的にもオール嫌だ……。

 そもそも睡眠薬って、昔と今で製法も違っているし作用の仕方も違っているし、禁止されている成分とかもあるんじゃなかったっけ? ネットでお薬の詳細を検索したときにそんなこと書いてあったような。

 この世界の薬学ってどのぐらいのレベルなんだろう。私が薬学に詳しいわけでもないから余計にわからない。いわゆるこういうファンタジー世界って、医療分野はあんまり進んでいないイメージだけど。


「この薬を飲めば三日三晩は死んだように眠れるさぁ! イーッヒッヒッヒ!」

「ちょちょちょ、やめます! なんか怖いので薬飲むのやめます! 他の方法考えさせてください!」


 とっさに止めておばあさんにお帰りいただいたはいいものの、魔法も薬もダメとなると、どうやって寝ればいいんだろう。

 そうだ、チートスキル……! 私のチートで魔物が呼び出せるなら、魔物に眠らせてもらえばいいんじゃ?


「眠らせる魔物って言うと、例えばザントマンとか?」


 そうつぶやく私の前に、砂袋を背負った老人がすーっと現れる。

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