第13話 勇者の課題

「ハザル、明日から新しい仕事だ! 採用活動を開始するぞ!」

「さ……。は?」


 俺たちがこの国にやってきて、一週間。

 唐突にそんなことをそう言い出したのはソフィアである。


「採用活動って……あれか? 人を雇うっていう」

「そうだ。このままでは、私たちは時間を一方的に浪費する一方だ」

「いや、そりゃ……そうかも知れねぇけどさ。この店のオーナーはココットちゃんだろ? 許可取らねぇで良いのかよ」


 時刻は夜中。俺たちがいるのはキッチン。

 ココットちゃんは、ポーションの下準備に追われているので、俺たちはその代わりに皿洗いをしているというわけだ。


 まぁ、《水魔法》を使えば一瞬で終わるんだけどな。


「ココットさんからは既に許可を取ってある。最終的な判断は彼女が持っているが、ある程度の裁量を私たちに任されている」

「ふぅん……。それなら俺が反対することはねぇけどさ」


 俺はそういうと、《風魔法》を使って全ての食器を乾燥させた。


「人を雇って何をさせるんだ?」

「ポーションの販売、下準備などだ。流石にポーションを作るのは錬金術師アルケミストの見習いでないと問題が生じるだろう。まだココットさんに誰かを教えられるほどの許容値キャパはない。だから、やってもらうのは雑用だ」

「ポーション瓶の水洗いとか、薬草からエキスの抽出か。やってもらえるなら助かるけどよ……」


 ちなみに、ポーションの瓶洗いは俺。

 薬草からのエキス抽出も俺が現時点でやっている。


 また、売り子はソフィアとココットちゃん。

 しかも、ココットちゃんはそれだけではなく魔導具の手入れや、治療院に足を運んで子どもたちからポーションの味についてインタビューを取り改良するなど明らかに働き過ぎている。


 ソフィアの言う通り、人を雇って代わりにやってもらうことが増えれば……楽になるだろうが、


「いや、駄目だろ。人雇ったら」

「なぜだ?」

「だって、俺たちはポーション配達とか瓶洗いでココットちゃんから金を貰ってるわけだろ? 雑用を雇ったら俺たちの仕事がなくなっちまうよ」

「それについても問題はない」

「え、なんで」

「私たちは既に雑用以外のところでココットさんに価値を提供できるからだ」

「価値?」

「商売の基礎はWin-Winだ。つまり、私たちが金を得ようとするならば、ココットさんにも利益を提供する必要がある。この理屈は分かるな?」

「あぁ、一応な」


 こう見えても一週間、ずっと商売に携わってきたのだ。

 なんとなくだが、その性質は理解しつつある。


「俺たちは今まで、ココットちゃんの作業を手伝ったり、ポーションをより多く売ったりして利益を得てたってわけだ」

「そういうことだ。だから、この雑用というのは私たちでなければ出来ないものではないだろう。時間はかかるが、誰でもできるはずだ」

「……まぁ、そりゃ」


 ソフィアの言うことは理解できる。


「私たちは私たちの出来ることで、彼女に貢献する。それにハザル。私たちの最終目標を忘れたわけではあるまい」

「金貨200万枚集めんだろ。忘れてねぇよ」

「一週間で集まった『目標達成資金』は?」

「……金貨30枚」


 それは確かに平民の日常的な稼ぎからは、大きく離れている。

 だが、1日で手に入る金貨は4、5枚にいかないくらいだ。


 このままだと100万枚どころか、1万枚集めるのも夢のまた夢である。


「そろそろ私たちも次のステージに立つべきだ」

「次、ってのは?」

「私たちも自分の商売を持つ必要があるということだ」

「商売」

「そうだ。仕組みと言ってしまっても良い。金を稼ぐには困りごとを解決する仕組みづくりが大事なんだ」

「……いまいち理解できねぇな。なんで仕組みなんだ?」

「継続性があるからだ」

「……?」


 未だに理解できない俺の顔を見て、ソフィアはわずかに考え込むように表情を曇らせると、まっすぐ指を向けてきた。


「例えば……そうだな。マグレで儲けたとしよう。例えば、冒険者としてダンジョンの中で希少な宝物を見つけたり、ドラゴンを倒したり、魔王を殺したりだ」

「あぁ」

「そのときに手に入ってくる金は、一時的なものだろう。毎日、毎週、毎年でも良い。そんな高頻度でダンジョンから宝を見つけられるか? ドラゴンを殺せるか? 魔王を殺すことはできるか?」

「無理だな」


 俺はすぐさま否定した。


 それが出来るなら、今ごろ冒険者は金持ちばかりだ。

 だが、現実はそう簡単なものではない。


「そうだ。もっと言ってしまえば、そんなマグレで私たちの目標である金貨200万枚を集めようとするのは計画とは言えない。博打バクチだ」

「……心がいてぇよ」

「だから、私たちは継続的に安定して金を稼げる方法を考えなければ行けない」

「策はあるのか?」

「ぼんやりとだがな。そのためには、まず時間と金がいる。それを生み出すためには私たちのしている仕事を他人に任せなければ行けない」

「なるほど。だから、人を雇うのか」

「そうだ。それに、これはケジメでもある」

「ケジメ?」


 とてもソフィアから出てきたとは思えないような言葉に俺は首をかしげた。


「ココットさんのポーションは、確かに同業製品と比べて差別化が図られていたが……はっきり言って、これから先も同じように売れるようなものではない」

「おい。失礼だぞ」

「いや、事実だ。ここまで売れるようになったのは、私と君の力がかなりあるだろう。つまり、言い方を変えれば私たちはココットさんに介入しすぎたんだ。現状は彼女のキャパシティーを超えている」

「お前はともかく俺がなんかしたか?」


 当たり前に俺の名前があがったので、ソフィアに尋ねると「何を言っているんだ?」と逆に尋ねられた。


「ポーション製造を実質2人でやっているのにも関わらず、1日あたり数百本なんていう馬鹿げた回転数を出せるのは、君の力だ」

「……そう、なのか。そうか」


 俺は頷くと……ふと、尋ねた。


「褒められてるのか?」

「褒めてるんだ」

「悪い気はしねぇな」


 ソフィアは「話を戻すぞ」と言うと、続ける。


「だが、味付きポーションでは稼ぎの柱にはならない。この先、ココットさんは魔力ポーションや身体強化ポーションなどの新しいポーション開発に手を付ける必要がある」


 ソフィアの言うことも……認めたくはないが、一理あるとは思った。

 味がついていて、飲みやすい。確かに子供たちには人気が出るだろうが、果たしてそれだけで一生食っているかと言われると、俺は疑問に思う。


「ポーション開発ねぇ……。そりゃ、良いんじゃねぇの? ココットちゃんも、余力があれば新しいポーション開発したいって言ってたし」

「私も聞いた。だがな、私たち3人ではココットさんが新しいポーションを開発するのに回せるだけの時間を作れない。だから、人を雇うんだ」

「そういうことか……」


 俺はソフィアの説明に納得すると、ふと生まれた疑問を尋ねた。


「でも、なんでそれを俺に言ったんだ?」

「君が採用活動の担当者だ」

「……はい?」

「君もある程度は商売について学んできたはずだ」

「学んで……。まぁ、お前と会う前と比べりゃ、ちょっとは知識がついてきたと思うが……」


 俺は不安になるが、ソフィアは笑顔のままで、


「学んだことは活かしてこそ価値がある。だから、君に任せる」

「大丈夫なのかよ。人を雇うってのは……大事なことなんじゃねぇの?」

「無論、何もかも1人でやれとは言わない。分からないことがあれば、なんでも聞いてくれ」

「それはほとんど丸投げだぞ」

「ふむ。では、ワンポイントアドバイスだ」

「おぉ、助かる」

「『商売の基本はWin-Win』だ」

「は?」

「まずはここまでだ。そこからは自分で考えてみろ」


 ソフィアはそこまで言うと、「風呂にいく」と言って消えていった。

 後に残されたのは、アドバイスになってないようなアドバイスを投げかけられた俺だけ。


「あれ? どうされたんですか? ハザルさん」

「採用の担当になった」


 と、思ったらポーションの下準備を終えたココットちゃんが戻ってきたので現状を説明する。


「あ! その話、ソフィアさんとお話しててハザルさんが一番だなってなったんです!」

「……なんで?」

「だって私は……ほら、子供ですから。真面目に受け取ってもらえません」

「……うーん」


 否定できないのが辛い。


「あと、ソフィアさんも同じです。やっぱり、ソフィアさんも女の人ですから……どうしても、金払いが悪いって印象がつくから宣伝するのも難しいっておっしゃってて、一理あるなって……」

「んなことねぇと思うけどなぁ……」

「でも、ハザルさんにやっていただけるなら安心です! お願いします!」


 ソフィアと違って真正面から応援されてしまい……断れるはずもなく、俺は困ったように唸った。A

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