明かされた機密情報

 話の途中でこの風呂でのぼせた出来事を思い出した。

 幸いなことに今日は控えめな温度なので、長風呂になっても大丈夫そうだ。

 

 もしかしたら、リリアがあの時のことを誰かに話してくれて、お湯の温度が調整されたかもしれない。

 俺は気を取り直して会話を続けた。


「……指揮官の立場だと大変な一日でしたね」


「うん、そうだね。今日は兵たちがよくやってくれたし、指揮官冥利につきるというものだよ」


 クリストフはしみじみと振り返るように言った。

 命がけの戦いで兵士を指揮するのは厳しい状況だっただろう。

 戦いの場において、穏やかに見える彼がどんな顔を見せるのか想像できなかった。


「今後の情勢はどうなるんでしょう」


「そうだね、どうだろう」


 クリストフは核心に触れることを避けるような言い方をした。

 その表情から真意を読み取ることは難しい。

 彼は中心的な立場である以上、重要なことは話せないと思った。


「この城とは無関係の君と話せて、気晴らしになった。君になら話してもいいかな」


 その言葉が独り言であるのか、こちらに向けられたものなのか判断できなかった。

 とはいえ、黙ったままでいるのも気まずいので、反応を返すことにした。


「……何かあるんですか」


「ここだけの話だけれど、ランスとロゼルにデュラスの三国で、ベルンを……具体的には暗殺機構を攻めることになる」


「えっ!?」


「当然の反応だよね。僕も決定がなされた時に驚いた。ちなみに他言無用で頼むよ」


「……ということは、クリストフさんが決めたわけじゃないんですね」 


 クリストフは会話をしながら愉快そうな様子だった。

 よほど、誰かに話したかったのだろうか。


「ははっ、そんなのムリだね。僕にそんな権限はない。おそらく、ロゼルとデュラスとは交渉が進んでいたんだと思う。今日の件は攻める口実には十分すぎる」


「三カ国とも平和な国なのに、ベルンや暗殺機構に備えていたんですね」 


 最近の状況を考えれば一定の警戒はしていたはずだが、打倒することまで想定していたとは予想外だった。


「平和な時代が長かったから、誰も戦いは望んでないはずだけど、こうなってしまってはね……」


 話を聞きながら、一つ気がかりなことがあった。

 クリストフが答えを持っているかは分からないが、たずねておきたいと思った。


「そこから、大きな戦乱に発展することはあるんですか?」


「うーん、その可能性は低いね。ランスからはリリア。それに加えてロゼルとデュラスが精鋭を出すみたいだから、短期間で解決すると思う。万が一のことがあっても、三つの国の冒険者は自国を援護するから」


 やはり、リリアは優れた衛兵だったようだ。

 他の国の精鋭というのも気になる。

 

「暗殺機構相手にそこまで通用するということは、リリア以外の人たちも腕利きなんですね」


「もちろん。特にデュラスは公にしてないだけで、精鋭を育てるための仕組みがあるから。そこで優れた兵士や冒険者が腕を磨いているらしいよ」


「それじゃあ、暗殺機構は眠れる獅子を起こしてしまったことになると」


「間違いなくそうだね。リリアだけでも強力なのに、ロゼルとデュラスはそれを上回る隠し玉を投入するわけだから」


「クリストフさんは指揮官として行くんですか?」


 俺がたずねるとクリストフは残念そうな表情を見せた。

 それ自体が答えのようにも思えたが、話の続きに耳を傾けた。


「いや、リリアだけでも持て余してしまうから、合同部隊には同行させてもらえないよ。ロゼルとデュラスは今回の戦いに乗り気だから、どちらかの国の身分の高い人が統率するらしいよ」


「すごいスケールですね」


「ベルンもとい暗殺機構は『始まりの三国』をなめすぎたね。英雄エリアスの平和の誓いによる結びつきは今でも有効だったというわけだ」


 クリストフは自分自身に言い聞かせるような言葉を発した後、湯船を出て縁に腰かけた。


「さて、僕はそろそろ上がるとするよ。色々と話せて楽しかった」


「あの、最後に一つだけ質問が……」


「うん、どうぞ」


「暗殺機構の狙いは何だったんですか?」


「ああっ、そこか……」


 クリストフは少し驚いたように背中をのけぞらせた。

 それから、姿勢を元に戻して話し始めた。


「王族の方々を狙ったことからも分かるように、ランスという国を攻め落とそうとでも考えたんだろうね。こっちからすれば迷惑極まりない話だけど」


「それじゃあ、暗躍していたのは下準備だったというわけですか」


「おそらく、その可能性が高いかな。謎の多い連中だから、本当のところ何がしたいのかは想像するしかないかもね」


「ありがとうございました」


「それじゃあ、また」


 クリストフはさわやかな表情で去っていった。

 彼が入浴中には分からなかったが、遠ざかる背中は鍛え上げられたものだった。


 俺はクリストフが去った後、洗い場で髪の毛と身体を洗って、大浴場を後にした。

 それから、脱衣所に用意されたタオルで全身を拭いた。

 着替えを済ませて廊下に出ると、先ほどの兵士はいなくなっていた。


 風呂上がりに冷えたワインでも飲みたい気分だったが、どこに何があるか分からないので諦めることにした。

 ここまで歓迎されている状況で頼むのも気が引けてしまう。


 俺は廊下を歩いて、客間へと向かった。

 風呂に入ったおかげでさっぱりした状態が心地よかった。


 客間の扉を開いて中に入ると、歯を磨いて寝間着に着替えた。

 やるべきことは残っていないので、そろそろ眠るとしよう。

 目まぐるしい一日だったので、しっかり休んでおきたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る