第7話

 ゴダンからランパチの居場所を聞き、二人から分かれた後、ウズマは自宅に戻るなり、サクのつくった玄米と焼いた小魚を味噌汁と共に掻き込んで毛束棒と塩で歯を磨くなり寝た。


 翌朝改めて、陰陽寮を訪ねた。


「お早うございます」


 寮の扉を開けたのはキヨアキラだった。目の下にクマが出来ている。


「おはようございます。ランパチの所に向かうつもりですが、その、お疲れのご様子…」


「ああ、これですか?」キヨアキラは目の下こと皮毛の下のクマをこすった。


「鵺の事や、ご禁制である妖魔に関する本を入手しましてね。どう使役するのか調べていたのですよ。ランパチが鵺を操るとしたら、彼は間違いなく異界の魔神と通じています。」


「異界の魔神?」


「はい。」キヨアキラはあくびした。


「阿島の神話時代に封印されたヨモツガミや異界の神々、あ、貴族が格好つけにつけるカミでなく、本当の意味での神と契約をかわした者が妖魔を使役すると、ものの本には書かれてありました。鵺が苦手とする隕鉄銀につきましては、一部の犬豪が小太刀としてもっているそうで…。」


「某は持っておりませぬ。」


「そう思って手配しておきました。」


 訝しげにキヨアキラを見るウズマに、キヨアキラはクスリと笑って黒い漆塗りの小太刀を差し出した。


「隕鉄銀の小太刀です。朝廷から譲り受けました。」


「フジ様でも手に入れる事が出来ない様な小太刀を、何故貴方が手に入れられたのですか?」


 ウズマは信じられないといった面持ちで、目の前の小太刀を受け取った。


 抜いてみると白く鮮やかに輝き、独特の照りがあり、乱れ波紋が美しい逸品だ。その上、小太刀とはいえとても軽い。


 そっと鞘に戻すと、左手に大事に持つ。後で腰に差すつもりだ。


「フジツチカノカミ様は京の一帯の犬士や犬豪をおさめる謂わば頭領の役職に過ぎません。その身分だけに必要だと朝廷に請うても、一介の犬士には隕鉄銀の小太刀を貸すことさえ叶いません。が、陰陽寮には与えられる。無知ゆえに、重要な占いや儀式の道具と言えば官僚は何でも与えてしまうのです。」


 世の中そんなものです。と結びつつ、眉間に皺を寄せ憮然とした顔のウズマと、面白そうな目でウズマをみるキヨアキラは修羅護法門へと足を進めた。




 修羅護法門は羅刹門とは正反対の所に立っていた。修羅門と呼ぶのが正式であるが、朝日の昇る方を東、沈む方を西と定めた上で、鬼門の方角にあり治安も悪いことから護法の字をつけて『ましな』名前で呼んでいた。




「少々お待ちを」


 キヨアキラは門の手前で、袖の中で印を組み片目を閉じ、暫くぶつぶつと呪文を唱えた後、人の形に切った紙を体に擦り付け、「式神しきじん、我と代われ」と唱えた。


 紙をそっと地面に置くと、あっという間にキヨアキラは姿を消し、代わりに麻の小袖に小袴姿の狸人が現れた。


「これなら、貴族と間違えて襲うこともありませんよね?」


「初めからそうして化けていれば良かったのに。」


「いえ、今朝ものの本から見つけたこの術は便利なようでいて、他の術がかけられなくなる欠点があります。つまり、鵺が出た時、手助けできなくなる。気をつけて参りましょう」




 修羅護法門前は、鬼門を忌避する貴族達によって少しは区画整理されており、羅刹門ほど臭くは無かった。


 だが、政として内裏の事しかやらない貴族達の杜撰な仕事のせいで、夜は野盗や妖怪がでるとも言われている。




 ウズマは、門前に住んでいるらしい小汚ない男に思いきって尋ねてみた。


「もし。失礼ながら尋ねたいことがあるのだが…」


「犬士様がここに何のようで?」


 明らかに警戒する男に、ウズマはキヨアキラの柔らかい物腰を真似したお辞儀をした。


「トヨダランパチという陰陽師がここにいると聞いてやって来たのだが、ご存じないだろうか?」


「ああ」男の顔が明るくなった。


「ランパチ様なら門の外れの川辺におられます。いつも我々の様な者の話を聞いては、不思議な術であれこれと助けて下さる。陰陽術と言ったかな?」



「おんようどうなのに術ときたか」独り言で文句を呟いたらしいキヨアキラを無視して、お礼を言うなり二人は川辺に向かった。




 川辺では、色褪せた狩衣を着た狸人がいた。


 立烏帽子を被り、ウズマの眼には、その様がどこかマキビに似ていた。



 儀式を行った後らしく、川に向かって祭壇がこしらえてあった。


 壇には御幣が並んであり、御幣の前に米と中身が酒らしき盃が置いてある。



「疫病退散の類いか。大方合ってはいるが、何故、川に向かって反対側に御幣を立てたのだ?」キヨアキラがまたボソッと独り言を呟く。




「失礼ながら、トヨダランパチ殿ですか?」


「その通り」ランパチは甲高い声をしていた。


「そちらは?」


「ミナモトノウズマと申す。こちらは付き人のアキラ。少し伺いたいことがあって参りました。」


キヨアキラはウズマの言葉に合わせて礼をした。



「犬士が何用かな?」キヨアキラには分かったが、ランパチは袖のなかで既に印を組んでいた。


「それと身代わり人形の式神まで!」ランパチがオゥンと唸るように唱えると、御幣の一つがざわざわと震え、邪気が黒い槍となってキヨアキラの身体を貫いた。




「キヨアキラ殿!」思わず真名を叫んだ時、ランパチの顔が歪んだ。




「キヨアキラ?アベノキヨアキラか!俺を追放した奴等の仲間ではないか!糞!」


 ランパチは懐から大きな黒い勾玉を取り出した。


 勾玉は色と同じ黒い邪気に満ちていた。




「鵺鳴きて こちらに来たし 急急如律令」


ホーゥ



 呪文一つで不気味な声と共に、鵺が川からガバリと起き上がって顕現した。


 元来、疫病退散の儀式では御幣の先に疫病の神々がいる。その疫病神が合体して鵺の構成要素になっていたのだ。



「ランパチ!ミカドの五弦の琵琶、返してもらうぞ!」


 言うがはやいか、ウズマは恐れも知らずに鵺に突撃した。



ホーゥホウ!


 口をすぼめて鳴き声をあげていた鵺が今度は吠えた。


ゴアアァア!



 眼は黄色に輝き、老人の顔に青い体毛、虎の身体にびっしりトゲの生えた蠍の尻尾。

 その姿はチカラヲや犬士達を殺害した鵺と完全に一致していた。


 そして、ウズマが距離を詰めたのには理由があった。近くに召還主であるランパチがいれば、トゲを全方位に発射しないとの算段を踏んでいたのだ。




 左腰にさした小太刀の柄に手を当てて、ウズマはギリギリまで詰め寄ると引き抜いて鵺の顔面に小太刀を体当たりに似た勢いで刺した。



ギャウッ!


 ジュッという音をたてて鵺の顔面を貫通する。




「まだまだぁ!」


 小太刀を逆手にし顔面から引き抜くと、今度は半身になり、そのままぐいと鵺の喉笛を描ききった。




ゴゥ




 風の様な音と共に呆気なく鵺は絶命し、地面に倒れると共に霧散するようにかき消えた。




「な、何だ。お主は何者じゃ。」狼狽するランパチに、そのまま小太刀を向けた。



「ミナモトノウズマと言ったろう!貴様が盗んだ琵琶の守りをしていた者だ。汚名を注ぐ為、参上した!琵琶は何処だ!」




「琵琶?そうか。殺し損ねがいたか。」


ホホホホホホホ


 ランパチは不気味に笑うと両手を前に付き出した。


 両腕が何と大蛇の上半身に代わり、くねりながら二匹とも伸びてウズマを襲った。




 だが、ウズマの鍛練はランパチの邪法を越えていた。


「ちぇええええええい!」


 半身のまま素早く空を切って二匹の大蛇の攻撃をいなし、反転してランパチに回し飛び蹴りを見舞った。




ぐぅっ!


 言葉を失いながら後退したランパチを睨みながら、左手に小太刀を持ち替え右手に太刀を抜いた。


 二刀の構え。戦いに応じて柔軟に型を変えて戦えるのは日頃の鍛練の成果だった。


ビョオオオオ!


 遠吠えの型独特の声をあげて、大蛇に向かって切り込んだ。


シャアアアァア


 ウズマは二匹の大蛇の襲いかかりに、太刀と小太刀の二刀を取り回し、器用に対処してみせる。



ゾン!バサッ!



 隕鉄銀の小太刀が輝くと、切断された左の大蛇が地に落ちた。


「ぐあぁ」


 怯んだとみるや狂暴な狼人の様に、歯を剥き出して右腕を切り落とす。


「うああぁあああ!」


 切れた大蛇は腕に戻り、両腕を失ったランパチは膝から崩れ落ちるように倒れた。


 ウズマは両太刀を血ぶるいして鞘におさめると、邪気に貫かれていたキヨアキラの方を向いた。


 キヨアキラは元の姿に戻って、何事も無かったかのようにウズマに手をふると、ランパチに近づいた。

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